第一話 準備
少女は緊張した面持ちで、しかし熱心に商品を見ていた。
ほこりが舞う古ぼけた店内のショーケースには、最新型の銃が陳列してあった。そのなかでもとりわけ携行性の良い、それでいて威力の高そうな銃を見ながら、これが欲しいと、レジの後ろに座って何かの雑誌を読んでいる店主に向かって言った。
店主の老人は眼鏡のずれを直して、発言の主、まだ十六か十七くらいの少女をまじまじと見つめた。
「いくらここが貧乏人とアウトローの都市ジオフロントであっても、君みたいな若い女の子が持つようなもんじゃないね。それともお嬢さん、この都市で詮索するのはご法度だが、何か訳ありかな?」
「えっと……。その、モンスター退治とか……」
店主の老人が疑わしそうに白眉をひそめた。少女の言うことを信じていない様子だった。
店主はしわがれ声で少女を追い払う。
「そんなことは賞金稼ぎどもに任せておけばいい。もう帰ることだな。お嬢さんに売れるものはないよ」
「私、賞金稼ぎ志望なんです。どうしても必要なものなんです。お願いします」絞り出すような声で少女は言ってお辞儀した。
少女の様子に真に迫ったものがあったのだろう。店主は少女の言葉を信じたようだ。
店主は一瞬悲しそうな顔をすると、独り言のように、
「お嬢さんのような若い娘が賞金稼ぎなどとは世も末だな。まあ一攫千金当てて、貧困から抜け出したいのもわかるが……。そういえば明日は勇者のパレードがあるな。くれぐれも伝説になろうとか思うなよ。功績を焦ったところで命を無駄にするだけだ。勇者は目指さず地味な小さい仕事をやっていくんだ」と言って、銃を売ってくれた。
ちなみに銃と言っても普通の火薬を使う銃ではない。風の魔力を込めて弾丸を飛ばす魔法銃だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この都市には朝も夜もない。
街を照らす街灯と、工場のような外見の家々から漏れる明かりが唯一の光源だった。
この都市は青空のない都市。本来青空のあるべき場所にはパイプやダクトが所狭しと複雑な模様を描いてはっている。ここは風も無く、むせるような空気の地下都市なのだ。
人口増加により、およそ百年前、都市の地下に地下都市ジオフロントが作られた。
ジオフロントが長い年月を経て老築化した現在は、空気循環の悪さなど健康面、特に使われなくなった地区に発生したモンスターによる被害が地上都市をはるかに上登っており、安全面の問題から普通の人々は住んでいない。
住んでいるのは地上の都市にいれなくなった者たち、健康を犠牲にせざるおえない貧乏人や、ジオフロントに警察の手が入りにくいことに目をつけたアウトロー、そして地下に住み着いたモンスターを狩ることで生計を立てる賞金稼ぎである。モンスターを狩って手に入る素材は高値がつくものもあるのだそうだ。地下都市は賞金稼ぎたちの都市と言ってもいい。
そのため、武器を取り扱う店もある。
地下では、安全面の問題から武器を持つことが合法なのだ。しかし、子どもが武器を持つことは稀である。
少女は銃の入ったケースを手に家への帰り道を歩いていた。しかし、その顔色は悪い。それもそのはずだった。少女がこれからしようとしていることは一般的に強く非難されるような類のことだったからだ。しかし、少女は必ずやると心に決めていた。どんなに心の善良な部分が少女の計画を咎めようとも、やると決めていた。
ついにこの時が来たのだと少女は何度も頭の中で思った。
いくつもの街灯の冷たい光が歩く少女にたくさんの薄い影をつけていた。少女が歩くにつれ影は濃くなりやがて三つに収束していった。
そう、三人の勇者。私が殺したいのはモンスターじゃなくて、かつて地下だけでなく地上にも甚大な被害をもたらした竜を倒したという伝説の三人の勇者だった。
少女は銃の入ったケースを胸の前で抱きしめると、声を出さずに笑った。嬉しいからではない。苦しいからだった。口元こそ笑っていたが、表情は苦しみを湛えていた。