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邂逅  作者: みすみいく
4/5

命の縁

 酷い仕打ちを受けても、自分の罪と向き合うブランシュに、自分を拠り所に生きて欲しいと願う私。

 心は通じるのか?!

 初めての夜を境に、夜中にうなされる事も無くなり、穏やかに日々が過ぎていった。柔らかいブロンドは止めて置かなければ目を覆う程に伸びていた。細いリボンで結んでやるとますます女の子にしか見えなくなった。

 これはこれで便利でも在る。デニムやサージのパンツをはかせても、ブロンドを結んでやると女の子になる。

 これもブランシュの不思議なところで、男でも女でも、扱う者はある程度の美貌のラインはクリアしている。が、幾ら美しくとも、私が男女を見紛う事は無い。


 ブランシュのコスチュームは、ポーラが誂えて調達してくる。もちろん私の依頼を受けての事だが、ポーラが楽しんで居るのが微笑ましい。

 身の回りの殆どを自分でこなし、手がかからない。

 これもまた、支配階級の出身者、殊更、継嗣に特有の、戦場に有っても、常に指揮を執れる自分を保つために、衣、食、住、を自分で賄う術を叩き込まれて居るのだ。

 

 ブランシュが出掛けてくると言いに来たので、今日、紫の王子がこちらへ来ることになっているので、迎えに行くと告げると、微笑んで頷いた。

 今思えば、その頃には殆どの記憶を取り戻して居たのだろう。自分が何者かも、胸の傷の意味も。


 グレーのスーツケースを引いて、Tシャツにストレートのデニム、羽織った艶消しのカーフで仕立てた濃いグレーのトレンチは、私が仕立てさせて今日に間に合う様に届けて置いたものだ。

 髪も切らずに伸ばしたままにするように言って居たのを律儀に守っていた。やはり何度見ても極上だった。

 しっとりと揺れる黒髪に、美しい貌が彩られ縁取られて、神秘的な妖しさを秘めて、実に魅力的だった。

 車に乗り込み仕切りを閉じると、隣に座る王子の体が緊張に強ばるのが伺えた。

 「疲れたか?!。」

 絹糸の手触りを感じながら言うと、眼の縁をほんのり染めて見せた。王子の気持ちが私に傾いて、恋を知り初めた時めきが伺えた。私の問いに緩く頭を振る。

 引き寄せて口づけた。

 まだ誰も知らない唇が、戸惑いながら私を受け容れる。

 私はまだ躊躇っていた。このまま唇を重ねて居ると、一気にいき着いて終いそうだった。そうなってしまって、他の誰かに王子を渡すことが出来るのか、判らないと思ったからだった。我ながら呆れる。

 

 アパルトマンに戻ると、居間でブランシュがバラを活けていた。

 「お帰りなさい。」

 にこやかに向けられた笑顔に感じた違和感は、私の引け目だったのだろうか?!。

 「ただいま。言っていただろう?!レオノールだ。レオノール、ブランシュだ。」

 「ブランシュ、そのバラは?!。」

 「公園の管理人に貰ったの。」

 「管理人から?!。」

 「時々手伝ったりしてたから。」

 「そうか。レオノール、この子は…。」

 振り返って見た王子の顔は、複雑な表情が交錯していた。

 「…よろしく、ブランシュ。男の子だよね。」

 「ええ。そう。」

 私に確認の視線を寄こしながら、レオノールの手を握った。頷いてやると、まじまじと見詰め、また、レオノールへと視線を戻す。

 食事を共に終え、レオノールを大学近くのアパルトマンへと送って帰ると、ブランシュが私を引き留めた。

 ここを出て行くという。

 「なぜ?!レオノールの事は言ってあっただろう?!仕事だ。君が気兼ねしなくとも良い。」

 「迎えが来たんで帰るだけだよ。今まで有り難う。」

 危惧が的中した。

 「本当に?!なら、私も会いたいな。会わせておくれ。」

 「君をどう扱う人か確かめたい。私のエゴだと言うのは分かっている。ただ君が心配なんだ。」

 「大丈夫だよ。迎えに来たのは私の執事だもの」

 「執事?!ならどうして今まで…」

 「どうだって良いじゃ無いか!!貴方だって嘘ついてる!!」

 烈火の如く、拾い子の本質はかくも凄まじい。白皙の美貌に載せられた怒りが、峻烈に体を貫いてゆく。

 「嘘?!何が…」

 「あの人、仕事だって?!嘘だ。貴方あの人のこと好きなんじゃない!」

 驚いた。何気ない会話、何気ない所作。何一つ特別な事はしなかった。私もレオノールも、互いのことには何一つ触れもせず、言葉1つ、視線1つ、一瞬として無かったはずだ。

 ブランシュの人を観る目が、その洞察が如何に秀でて居るかと言うことだった。

 「君の目は凄いな、ブランシュ。私が未だかつて、他の者にこんなもの言いをされたことは無かったよ。」

 「君を戴く国は幸せだろう。」

 「王はマーヴだ。私は、オルデンブルク公爵コンスタンツ・アウロオラ。」

 「良かった。記憶が戻ったんだね。」

 私の安堵にうたれたのか、怒りが面から引いた。

 「ここに来て直ぐはっきりしてたんだ。3度目の翌朝、嘘みたいに戻って来た。」

 「…あの人が…レオノールが羨ましい。貴方の傍に居て良いんだもの…。」

 言いながら、頬を幾筋もの涙で濡らして唇を震わせながら、ブランシュは泣いていた。

 総てに見限られて生きる縁を失っているのだ。

 レオノールの事を否定しない私に、怒りと悲しみを抱いて居るだろう。

 「君が国では公爵だろうが、ここで私と居る君は、私の娘のブランシュだ。どうして居てはいけないんだね?!。」

 泣いていた事すら忘れたように、ぽかんと口を開けて、私を見ている。

 「嘘…ほんとに?!。」

 「始めからそうだろう?!娘では駄目か?!。」

 「初めに…レオノールに会う前に君に出会っていたら結果は違っていたかも知れない。しかし、彼に先に出会ってしまった。」

 「君を生涯支えていけない。だが、君を救いたい。それでは駄目か?!。」

 「君がこの世に留まる縁に成りたい。死を見たくないのでは無い,失いたく無いのだ。私の君への気持ち、これでは役には立たないのか?!」

 「…ありがとう…でも…駄目…」

 縋るように手を引き寄せて包み込んだ。失う予感に胸が張り裂けるとはこの事だろう。

 「今だけだ。君が君を生涯支える人に出会うそれまで…」

 「そんな人現れる訳が無い!!現れても…私はその人に値しない!!」

 そう、ブランシュの言うのは、胸に遺る傷の謂われの事だった。

 振り払おうとする手を掴んで引き寄せ、ドレスの裾から手を入れて傷に触れた。触れた体がびくりと脈打ち、表情共々凍り付いた。

 ブランシュの意志はフリーズしてしまって居るが、体は触れる度反応を示す。精神にそぐわぬ反応に混乱を極めて居る。

 「やめて…お願い…いや…いやっ!!」

 「君の体の反応が良すぎるだけだ。だが、これでは男を煽るのと同じ事になる。」

 「捕らえられて逃れられないと思った時には、体から力を抜いて、相手の意のままになって機会を待つんだ」

 「でないと殺されて終う可能性が高い」

 ドレスから手を抜いて、裾を直してやりながら見詰めた。

 「君に出会って、抱き上げようと触れた、その時から判っていた。言ったろう?!私と同じだと」

 見詰める瞳に再び涙が滂沱と流れ、縋る眼差しで見詰めたものの、間もなく俯いき、黙して頭を振る。

 「…なお悪い」

 「殺されてもそいつの罪だ。君のじゃない」

 息を呑んで青ざめた眼差しが痛々しい。

 「…だから、刺したんだろう?!」

 そう言って胸に触れた。


 その場が目に見えるようだった。

 恐れ戦いて恐怖に凍り付いて居るのに、男は情欲を煽られて遮二無二犯しにかかる。引き裂かれて傷つく心にそいつがしゃあしゃあと言う。

 こうされるのが好きなんだろう?!。


 「だから楽しそうに崖に向かって居たんだろう?!」

 「ここを出たら…崖の代わりを探しに行くんだろう?!」


 ブランシュは犯した男を屠ったが、私は母を死なせてしまった。

 飽きるまで慰むと売春宿に私を売った。その金で娼婦を引き込んでいた義父に、嫉妬に狂った母が食って掛かった。母は義父に首を絞められて死んだそうだ。

 

 「私も、死に場所を探して彷徨って居た所を、先代に拾われた。そうして今助けられた事に感謝している」

 「死んでは駄目だ。きっと君にもお互いを求め合う相手が現れる。私にとってのレオノールのような」

 今初めて年相応のあどけなさが、私を見詰めて居た。

 不思議な言葉を紡ぐ私を、なんと理解して良いか分からずに戸惑っているのだ。

 

 「君に会って、過去の私を重ねて、初めて先代の言葉が真実だと思えるようになった。」

 「私を信じて生きてみないか?!。」

 ブランシュの瞳が私に据えられて、翠色の煌めきが往き来する。君の悩みの総てを知ったわけでも、出来事をつぶさに見てきた訳でも無い。

 だが、私の目の前に居る君は、死に値する者とはどうしても思えない。


 「努力するよ。父様。貴方を哀しませないように。」

 本当は私では無く、君のために生きて欲しいが…ともかく。何とか…と、1つ息をついた。

 ブランシュも微笑んでくれた。

 読んで頂き有り難うございました。

もう少し続きます、お付き合い頂ければ幸いです!

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