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邂逅  作者: みすみいく
3/5

ビスクドール

 舞台はパリに移り、私の正体が明らかになる。拾い子から死の影を拭い去ることが出来るのか。

 荷物をまとめホテルに拾い子の連絡先を言付けて、パリへ向かう事にした。

 夜着のままで連れ歩く事も出来ないので、ホテルの中で子供服を探したが、ろくなものが無い。女の子のドレスが一着、それもウインドウディスプレイに使われていたクラシカルなドレスが有るだけだった。

 ひらひらとしたレースのドレスを着せられ、ブロンドにボンネットを載せられるとさすがにむくれたが、他に着る物が無いのだから仕方が無い。靴を手に入れる迄は抱いて歩くしか無い様だ。

 

 コンパートメントの中に座っているのを見ると、アンティークドールのディスプレイの様だった。一心に車窓を見詰めてるその横顔の造形は、実に見事の一言に尽きる。

 ボンネットを外した柔らかなブロンドは、背の中程に迄伸びていて、ミルク色の頬にかかっている。透き通る額に柔らかい曲線を描いて降りる鼻梁に続いて、まだあどけない桜色の唇が有った。飽きずに眺める車窓から、時折視線が離れ物思いに伏せられた。

 取り寄せた飲み物が届きカップを手渡されて私を見た。

 「何だね?!。」

 「…いいえ。」

 そう答えたきり、何も言わずにカップを口に運ぶ。

 「私が何者か聞かないのか?!。」

 言うと、微かに笑って頭を振る。

 「どうして?!何か魂胆が有って君を連れて行くのかも知れないぞ?!。」

 「ええ…でも、良いかなって。」

 自分が何者かもはっきりして居ないのだろうに、先程は自殺しかけ、今は見放していた。理論では無く本能が自らを否定しているのだ。

 「貴方はホテルと医師に自分の名前を告げているし、私を連れて居るのを隠さない。」

 口の端を少し上げて此方を見るその所作は、見かけの柔らかさとはまるで違う。本物を数多く見てきた私の目に狂いは無い。支配階級の人間で有るのは間違いなかった。

 「女の子の形をさせているし、偽名かも知れない。」

 言うと、再び笑って見せた。


 東駅に着くと、迎えが来ていた。列車のパーサーが降ろす荷物を受け取ると車へと誘う。大きな人形を抱いている様な私を見ても、何の反応も示さ無い運転手を見て、拾い子が不思議そうに私を見たが、敢えて何も言わない。

 後部座席に拾い子を降ろすと、隣に腰を下ろした。ドアを閉めにやって来た運転手が、リボンをかけた箱を手渡した。

 「これをお渡しするようにと、申し使って参りました。」

 「有り難う。君にだよ。」

 「有り難う。」

 開けると出てきたのはフロントベルトの黒い革靴と、レースの付いたソックスだった。ふるって居るとは思ったが、クラシカルなドレスにボンネット迄付けているので、スニーカーとはいかない。 

 不思議そうに、それでも礼を言って受け取った拾い子は、明らかに女の子そのものの靴とソックスにヘソを曲げるかと危惧したが、そうでもなく、素直に履いた。

 抱いて運ばれるのに辟易としていたのか、「私」の正体を見極める材料探しに忙しいのかも知れなかった。

 「店に付けて宜しゅうございますか?!。」

 「頼む。」

 「承知致しました。」

 表通りに1つ、角を曲がった辻にもう1つ入り口が有る。

 2つ目を入った中庭で車を降り、荷物を降ろすのを待っていると、庭に面したフランス窓の1つが開いてポーラが出迎えた。

 「お帰りなさいませ。お疲れになりましたでしょう?!」

 「おいでなさいませ。」

 拾い子に笑顔を向ける。

 「私の秘書のポーラだ。」

 「こんにちは。靴を有り難う。」

 「どう致しまして。サイズは合いまして?!」

 「はい。」

 「それは宜しゅうございました。」

 身に付いた対応は完璧だった。

 どのような状況でどの様な相手でも、その場に合わせた目的を持って終始しなければならない。相手にその場を外させてはならない。

 「リェージェ?!。」

 どう扱えば良いのかと、ポーラが聞く。

 「少しの間預かることにした。記憶が定かで無くて、名前もはっきりしない。」

 「何と呼ぶかな…。」

 背景が拾い子に及ぶまで庇ってやりたいと思った。これ程似合って居るなら女の子のままで良いかなとも思う。

 「ブランシュ…そう呼ぶことにしよう。私の娘のブランシュだ。」

 通常の会社組織の間柄では通用しない事態だが、娼館と言う有り得ない事が起こる生業ではあらゆる事があり得る事になってしまう。

 「承知致しました。お嬢様は此方においででしょうか?!。」

 「リュクサンブールのアパルトマンにしよう。私も暫くあちらから通う。」


 車での移動の道すがら、ブランシュが聞いてきた。

 「貴方の娘と言うなら、聞いても良い?!。」

 「何も気を遣う必要は無いよ。表だって君を連れ歩く様なことはしないからね。」

 「だが、知りたいことが有るなら良いよ。何が知りたい?!。」

 「私を拾った時、他の子を迎えに来てたの?!」

 ああ、そう言う事か。

 「先生が来る前出掛けただろう?!あの時だ。もう1人の天使を迎えに行ってた。」

 「もう1人?!。」

 「1人は君だよ。ブランシュ。」

 「私は天使なんかじゃ無い。」

 そう言ったきりブランシュは押し黙った。シートの隅に顔を背け、背を丸めてうずくまる。何もかもが信じられないのだ。何時も今が何時まで続くかと危ぶんでいる。

 もう1人の天使に嫉妬を覚える位私になつき始めて居るのに自覚が無い。

 だって私は汚いんだもの。だって私は馬鹿だったんだもの。だって私は悪いことをしたんだもの。

 あの頃の私と同じだった。

 総てを否定され、傷ついて、そのまま消えて無くなりたいと何度思ったか知れなかった。汚された体が痛み、許さざるを得なかった己の無力に打ちのめされ、呪い蔑む。

 心もまたズタズタに引き裂かれていた。


 真夜中、明け方に近かったか。絹を引き裂く悲鳴が部屋に響いた。ブランシュの部屋だった。軽い鎮静剤を服用させていたので、昨日のように逃げ出せないはずだった。朦朧として体が効かず目も覚めにくい。

 はたして、部屋に踏み込むとベッドの上に起き上がってもがくもののそこに居た。

 ベッドサイドには灯が入っていて、恐怖に頬を引き攣らせ、幻影におののく姿が見えた。昼間日常に取り紛れているうちは良いが、夜になり眠りに就くと処理しきれない感情が恐怖を呼び起こす。

 繰り返し繰り返し、記憶の中で襲われ犯され続けているのだ。

 「ブランシュ!!私だ!分かるか?!。」

 「…いや…いや!!来ないで!!」

 「ああ、大丈夫だ。行かない。」

 言うと焦点の定まらない目を懲らし、こちらに向けて真実を見定めようとする。

 「崖の傍で合った。覚えているか?!。」

 「君が望んだ結末を邪魔した男だよ!!。」

 言うと、確かめるようにもう一度私を見た。

 「灯りを大きくするぞ。」

 声をかけてから見定めるのに不自由しない程度に明るくした。ベッドから少し離れた所に座り、ミネラルウォーターのキャップを音を立てて切り、サイドテーブルに置いた。

 「喉が渇いたろう?!お飲み。」

 私の所作をじっと見ていたが、喉の渇きを思い出してか震える手を伸ばしてボトルを取った。音を立てて渇きを癒やすと、ようやく一息付いて愁眉を開いた。

 「…3度目だね…ごめんなさい。」

 「いや、私もそうだった。」

 母の留守に義理の父に犯された。幾度か続き、飽きると売られた。程なく母が殺害され、逮捕された義父の供述から、私の行方を突き止めた官憲の手で解放された。

 「何も荒唐無稽な話でも無いし、私の罪でも無いと思えるようになった。」

 「君にも判ったろうが私は男娼だ。元、かな。夕べ寄った店は娼館だよ。そして、昨日君に会う前日、男娼に仕立てるために男の子を買う約束をしてきた。」

 「だが、君を此処に連れてきたのは、傷ついた君にたまたま出会ってしまったからだ。」

 「同じ過去を持ち、人と交わる生業をしてきた私だけが君を救える可能性が有る。」

 「その事を私が自覚しているという事実が、君を留めた理由だよ。」

 私が言う総てを理解した上で、ブランシュは微かに首を振る。同じでは無いと。

 さもあろう。その胸に残る赤い傷跡が:もう一つの悲劇を秘めていた。

 「それだけだ。君の未来が私と同じに成るとは思っていない。」

 否定したがった理由を、私が理解したと言ってやらねば得心しないだろう。


 そう…ブランシュを助けたいと願うのは、己を見放していた自分を重ねて居るからだった。

 傲慢と言えなくも無い。

 お読み頂き有り難う御座いました。

 少し先が見えてきてホッとしています。もうひと頑張り!!


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