ブランシュ
花の原の中で拾った子供は、心身共に大きな傷を負っていた。私は何としてもその子を救おうとする。彼の何がそうさせるのか…
妙な拾いのものの顛末を話すと、森の向こうに療養所が有るという。着ている物や話の内容、物腰から、君と同じ特権階級の子供のようだと言うと、記憶を辿って黙り込み思い切って口を開いた。人づての不確かな噂に過ぎないが、王位継承と権力闘争の狭間で人死にが出る騒ぎが起きたらしい。
確かに、ひょっとすると10にも満たない子供の可能性も有るというのに、統治者の片鱗が見え隠れする。傅かれるのに慣れた鷹揚さが身について居るのだ。
ホテルに戻り、拾い子と共に食事をとると、呼んでいた医師が到着した。立ち会いの下問診を始めた。対応はしっかりしているが、記憶が定かで無いようだった。
近々の記憶ははっきりして居るのだが、背景の話になると定かで無い。どうやら曖昧に成るように回りが意図して居た節が伺えた。
医師が触診のために夜着を開き、薄い肌着をたくし上げて聴診器を当て始めた。と、左の乳の下、おおよそ心臓の真上と思しき鳩尾少し上に、3センチに及ぶ直線の傷跡が有った。
手術の跡では有るまいが、メスで切られたかのような真っ直ぐな線。まだ塞がって間の無い赤い傷跡。
これで王子が語った騒動の真ん中に、拾い子が居ただろう事が知れた。
医師が傷について聞くと、黙って頭を振る。医師は何時どの様にして付いたのかともう一度聞いた。
「…わからない…」
その言葉を紡ぐ間も、みるみるうちに青ざめ体が小刻みに震え始めた。過酷な過去を封印してしまっていた。
「先生。早急に治療の必要は有りましょうか?!」
戸惑う医師は、私の問いかけにホッと愁眉を開き、此方に向き直った。
「傷はどれも大方治癒しております。お体の方はこれと言って異常は無いかと」
片田舎の村医者にしては腕の良い、善良な人物の様だった。拾い子の夜着を直し、震える手を包み込んで宥めている。
「良かったな。先生をお送りして来る。横になっておいで」
夜具の中に寝かしつけて医師と共に廊下へ出た。
「有り難うございました。先生、あの子を探して居る者が居るかご存じでしょうか?!」
「いいえ。隣村には療養所がございまして、出入りをしている者に既知がございます。何か有れば知らせて参りますが、今のところ何も」
「そうですか…思うところがございまして、しばらくは私があの子を預かる積もりで居ります。先生の方に何か情報が入りました時は此方へ…お知らせ下さい」
連絡先を記した名刺を渡すと、驚いた様に顔を上げた。さもあろう。酔狂な話だ。
「先生にもおわかりでしょうが、あの子は心身共に大きな傷を負って居ります。官憲に渡して取り返しの付かない事態を避けたいと思って居ります」
私の言葉に得心したように溜息を1つ付くと、軽く頷きながら口を開いた。
「…承知致しました。或いは私がお預かりしようかと思って居りましたが…何か判り次第お報せ致します」
そう言うと、封筒の礼金も固辞して帰って行った。
よほどの訳が有って、大っぴらに捜すことが出来ないのか、居なくなれば幸いなのか、拾い子の背景から手が伸びて居ないのは明らかになった。
いよいよ放って置けなくなった。やはりこのままパリに連れて戻ろう…部屋のドアを開くと拾い子の姿は寝台の上には無かった。
しまった!!テラスに通じる窓が開いていて、花畑の中を白い夜着が真っ直ぐに突っ切ってゆくのが見えた。
昨日、王子の館から帰る道すがら、森の淵の道がその先にあり、道の向こうはガードレールを境に切り落としの崖だった。その時になって思い至った。
拾い子が私に出会う前、目指して居たのはその崖では無いかと。
迷いの無い足はとても速かった。何処をどう走ったのか、結構な起伏の中を必死に走っても間に合わないと青ざめた。が、一散に走っていた拾い子の足が、何かに捕まれでもしたかのように、つんのめって花の中に転んだ。
ようやく私は間に合った。
足先を掴んで手繰り寄せ腕を掴むと半狂乱で抵抗する。
「いやっ!!いやだ!!離して!!」
「駄目だ!!私の前で死なれてたまるか!!」
怒鳴られて、拾い子は腕を掴んでいる者が私だと認めた。道の向こうの切り落としを見、私を見た。
「お前を診せた医師には私の名を告げてある。私を殺人犯にするつもりか?!」
言われて始めて拾い子は声を上げて泣いた。
「これで2度目だ。3度目はご免だぞ。」
しゃくり上げているのを抱き上げて言った。
「…ごめん…なさい…。」
お読み頂き有り難う御座いました。
まだまだ終わりません。引き続きお付き合いくださいませ。