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邂逅  作者: みすみいく
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レオノール

 ドラマチックな出逢いが織り成す三様の人生が綾を成す。有り得ない様な展開は何時も普通の生活の中に潜んでいる。


 私はその日、運命から全く別の天使を二人受け取ることになった。それぞれに、私の命運を変える二人で有り、二人共にそれぞれの人生を変えるきっかけを作る事になったので有る。


 二ヶ月ほど前、旧知の友人から人を一人買ってくれないかと、とんでもない依頼を受けた。そう…依頼ではなく相談だったか。友人も何処からか相談を持ち掛けられて、悩んだ末だったのだが。


 ある旧家が、当代の失態から莫大な借財をシンジケート相手に作って、命を絶った。が、借財は大部分残り、通常ならば相続放棄をすればかたが付くのだが、相手が悪い。

 相続人は14歳の子息だと言うのだった。

 どれ程の美貌を備えて居ても、現時点で借財を完済出来るほどの高値が付くはずもなく、稼げなく成れば、ビルの上から堕とされるか、何処かの海に浮かぶか。

 今すぐ命を絶つ方が楽かも知れない。


 だから私に買ってくれないか、と言う事だったのだ。

 「私」は、「リェージェ」と言う源氏名で呼ばれたクイーンだった。パリに有る娼屈で、代々受け継がれる男娼名なのだが、百年の昔から幾層にも重なる娼妓のランクの中でも最高位を占めるのが「リェージェ」なのだった。当然その花代は国1つと言われるほどの高値に成るため、彼が「リェージェ」になり得る素材で有れば生き延びるチャンスが生まれる。


 そして、私は次代の「リェージェ」を探している最中では有るのだ。まぁ、見てからの話だなと、ここへやって来た。屋敷は典型的な地方旧家の屋敷だった。世辞にも手入れが行き届いているとは言い難い。一か八かの勝負に我を忘れた当代の焦りが目に見える様だった。


 過去の中に取り残された子供…と、たかを括って居た私は、見えた途端に呆気にとられた。

 白皙の美貌と、優雅な物腰。上品で洗練された所作。

 何一つ非の打ち所が無い。

 濡れた黒髪を肩の辺りで切り揃え、グレイのスーツに喪のタイを締めた彼は、紫のけぶる様な瞳で私を見詰めた。

 来訪の訳と、身元を明かすと、話は承知していると言う。自分が置かれた理不尽な状況に慌てふためく様子も伺えず、人格の上からも申し分なかった。


 館を辞して、ホテルへと戻る道すがら、何とも釈然としない、訳の分からぬ疑問を反芻しながら歩いていた。資質も教養も申し分無いと思いながらも、自分の中で否を唱える本音が有った。

 その本音が、彼に惹かれていたからだとホテルの部屋に引き取ってから気づいた。


 一晩迷いに迷って、漸く腹を括り、朝を待って出掛けようと、ホテルのバルコニーから眼下に広がる花畑を眺めるとも無しに見ていた。


 そこへ、朝まだき、霞のかかる花の原の射し初めた陽光の向こう側を、ふわりふわりと何かがやって来た。

 まるで羽ばたきで浮いて居るかに見えた。

 重みの無い白い衣と、波打つ淡いブロンドが、スローモーションの画像を見ているかのように、煌めきながら揺れていた。


 目を懲らして見ると、ダビンチの天使が抜け出て来て、人間の子供を真似て、花と戯れて居るようだった。

 年の頃は11、2歳。昨日の私の王子が14歳と言うから其れよりも少し幼いように見える。惹きつけられて食い入るように見詰める私に、その子が気付いて、こちらに視線を向けて立ち止まった。


 溜息が出るほどの見事な造形美だった。有るとすればの話だが、描くことで初めて得られる究極の典雅を、具現する透き通る白い頬。こちらをひたと見詰める2つの見事なエメラルド。

 言葉を失っている間に、ふいと視線を外して行ってしまう。たまらず駈け降りて庭のフェンスを開け捜すが見当たらない。やはり現実ではなかったがと、溜息が出た。

 踵を返しかけて、少し陰になった窪地の花の茂みにその子がうずくまるようにして倒れているのを見つけた。


 駆け寄って声を掛けるが応えが無い。

 よく見ると眠っているのだった。身に付けているのは夜着の様だった。その足は裸足で、暫く土の上を歩いていたように足裏が汚れている。どうやら近辺の療養所から抜け出して来たようだった。

 放っても置けず、取り敢えず抱き上げようと手を差し入れて、触れるか触れないかでその子の体が跳ね起きた。反射的に止めた私の手の中で、恐怖に支配された体が戦慄く。


 「離して…お願い…」


 私にはこれだけで、ごく最近この子が受けた仕打ちに見当が付いた。逃れようと抗うのを抱きしめて、もがく体を強く抱き込んだ。


 「大丈夫だ。判っている。息をして…大丈夫」


 そう言って背を撫でてやると、しがみついて泣きだした。しゃくり上げるのを抱いたまま立ち上がると、思いのほか軽い。女の子で無いことは体に触れて判っていた。だが、12、3と思ったよりはもう少し幼いようだった。

 その子を抱いたまま暫くその場に留まった。

 探しに来る者がいないとも知れないし、追っ手が掛かっている場合もある。

 さやさやと、花の原を風が渡る。

 観光地でも無い片田舎のホテルの裏庭だった。

 通りかかる者とていない。

 泣き声が小さくなったとは思っていたが、その子は再び眠りに落ちていた。これはどうやら、睡眠薬でコントロールされて居る可能性が有った。

 治療の目的の可能性もあった。健やかな眠りに到底就けない状況だからだが、もう一つ、この事件を表沙汰にしたくない輩がいれば眠らせて置けば時間が稼げる。

 追っ手も、捜索も来ないところをみると、この子が居たところは、この子にとって良いところだったとは言えないかも知れなかった。

 

 眠ってしまった拾い子をホテルに連れ帰り、足を拭いてベッドに下ろすとぼんやりと目を開けた。


 「私の宿だ。取り敢えずは休む事だ。お飲み」


 誂えたミルクを手渡すと、一口飲んで私を暫く見詰め、再び口を付けた。

 誰?!とも聞かない。こちらの問いに答えようともしなかった。その内、ミルクのトリプトファンが効いたとは思えないが、拾い子の目が時折トロリと閉じかかる。

 問いに答えないと言ったが、答えられないと言う節もあった。どうも記憶そのものが定かで無いようだった。


 「名前は?!」


 再び聞いてみる。

 言わないのと言えないのは明らかに違っていて、音として出なくとも皮膚の色に、体の動きに何かしらのシグナルが出るものだ。

 聞かれて理解できないのと、返答に迷うのとも明らかに反応が違う。しかも、私の生業は人を観る事と言っても過言では無い。

 私と対峙する者は誰も多くを語らない。

 言葉より体が語ることが多いのだ。

 然して、目の前の天使の反応は、10歳前後の見掛けとはほど遠いものだった。名を問われて私を見た目を、自問するように引き取り、答えを得られずに少し眉を寄せ、首を振って見せた。


 「判らないのかね?!」


 問う口調は出来るだけ始めと変わらないよう心掛ける。口調を変えるのは、意図していれば画策を、意図し無ければ内心の変化を意味する。

 拾い子は、観察によって状況を汲み取る能力を持っている。場合によっては警戒念を抱き、元も子も無くすからだった。


 「出て来たのは病院から…何時から居るのか、何日も何日も同じ事をしていて…いるべき所ではない気がして…」


 記憶が途切れ途切れの様だった。

 この年の男の子が、自分の事を私と言うのも珍しい。


 「外に出たら知らない所で…歩いている内に帰れなくなって…」


 この返答にも少し違和感を覚える。


 「一晩中歩いていたのかね?!」

 「だと思う…」


 言いながらまた、瞼が閉じかけた。


 「良いよ。お休み。起きたらホテルの医者に看て貰おう。病院に居たのなら治療の必要があるかも知れない。良いかね?!」

 「はい」

 「宜しい。食事は?!空腹では無いのか?!」

 「あまり…ミルクを…飲んだから…」


 言いながらかくんと頭が落ちる。

 寝かしつけて夜具を掛けると忽ち寝息を立て始めた。

 拾い子の話した内容に奇異を覚え無かったので、部屋に残して出掛けることにした。


 「私は出掛ける。夕方には帰るよ。心配しなくて良いからね」


 言うと目を閉じたまま頷いた。

 フロントに事情を話して、戻りしだい医者をよこしてくれるよう頼むとホテルを出た。


 紫の王子に、その身を引き受ける旨伝えた。

 話を進める前に伝をたどって、当代が借財を作ったシンジケートに話をしていた。金が戻れば文句は無いようだった。むしろ話が表沙汰になって騒ぎになるのを恐れている様子が有ったという。だいいち、その金自体が、王子を磨き上げねば回収も覚束ない。

 王子は年老いた祖母を抱えていた。年もあるが、病を得ていて、王子を頼りきっていた。


 「秋までにパリへ出て来られるかね?!」

 「こうなる前にソルボンヌに進む事になって居ましたので」

 「大学を卒業するまでは学生だと思っているよ。時間をかけたいと思っている」


 私の返事が思いもかけなかったものだったのに驚いていた。


 「でも…僕は学費免除の申請をしていないんです」

 「必要経費だと思っている。君を磨き上げるひとつの過程だ。だが、君が身に付け無ければならない事柄は山のように有る」

 「はい。有り難うございます」


 きゅっと緊張に引き締まった王子の面が実に良い。

 期待を上回る。

 その緊張が逡巡に変わり、さんざんに迷った末に口を開いた。


 「来て下さらないのでは無いかと…不安でした」


 待っていたと告白して、それが自分の心根を告げたのだと自覚して、白い頬が、項が桜色に染まってゆく。

 そっ…と、その頬を引き寄せて口づけた。

 恐れを含んだ唇が微かに震えていた。


 「…良い子だ。任せておおき」


 そう言って抱きしめると安堵に溜息が漏れた。


 「済まなかった。もっと早くに来るつもりで居たんだが、妙なものを拾ってしまってね」


 言うと微笑んで頭を振る。


 「僕も妙なものの1つでしょう?!」


 そう言って微笑んだ王子に私の心が捕まってしまった。

  「…でしょう?!」

  「え?!あ、済まない…君に…魅惑れていた」


 私に、「リェージェ」にあるまじき事態だった。一目惚れにも程がある。

 お読み頂き有り難う御座いました。

 書きながらテンションが上がりすぎてとんでもないところに転がっていかないかが心配に成りました。

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