第90話 クリスの幸せな日々
カラン、カラーン。カラン、カラーン。
鳴り響く教会の鐘の音、そして一斉に飛び立つ白い鳥たち。荘厳な教会の扉が開かれ現れたのは純白の花嫁衣裳を身にまとったクリスだった。その顔は幸せに満ちており、こちらを見つけると小さく頷き目を細める。その美しい姿に誰しもが息を飲み、あるいは感嘆の声をあげた。さすがクリスだな。
まあ隣にいるおまけはどうでも良いだろう。
学園を卒業し、スカーレット領へとやってきたクリスとレオンハルトは予定通り結婚式を挙げた。さすがに王は参列しなかったがギネヴィアが王の名代としてやってきて祝福の言葉をかけていたな。
結局フロウラの話通りにはならず、戦争は起こらなかった。レオンハルトを通じて未確認だがそういった話があると伝えておいたのが良かったのかもしれない。
共に切磋琢磨しあった学園の仲間たちも各地へと散っている。ランディには最後まで俺のところに来いと言われてまいったが最終的には拳で黙らせておいた。まああいつの性格からしてあの程度であきらめたとは思えないがな。
天の回廊で強くなったこともあり私たちの仲間は奇跡の世代と呼ばれている。まああれだけ努力を重ねたんだ。どんなことがあったとしてもカラトリア王国は安泰だろう。
「はぁー。綺麗ですねぇ」
「そうだな」
「ああっ、まさかエンディングのスチルをこの目で見ることが出来るなんて!」
共に参列していたアレックスやフロウラと共に2人の姿を目に焼き付ける。これで2人は正式に夫婦になった。それはクリスがスカーレット家ではなく、レオンハルトとの新たな家を築いたということに他ならない。
もちろんクリスの護衛騎士としての役目が即座に終わるわけではない。しかしそれもいつかは終わる。運命を乗り越えたクリスをこれから守っていく者は私からレオンハルトへと移るのだから。
あいつも、あいつなりに努力を重ねていたからな。クリスをしっかりと愛していることも知っているし、いざというときはその命を投げ出しても守るであろう覚悟もある。
好きではないが、嫌いではないくらいには私の中の評価も格上げしているしな。
「さて街中への披露が始まる。仕事にかかるぞ」
「「はい」」
ぼーっと2人の姿に見とれているアレックスとフロウラへと指示を飛ばし、私たちはパレードの護衛の仕事へと向かうのだった。
そしてクリスの結婚から1年が経過した。現在ではクリスとレオンハルトはスカーレット領を支えるために精力的に仕事をこなしている。とはいえ最近クリスは城へは行かず自分の屋敷で仕事をしていることが多いのだが。その理由は……
「ふふっ、また蹴ったわ。ねえシエラ、触ってみて」
「仕事ばかりしてないで休めと言っているんじゃないのか?」
たしなめる私に微笑みながら大きくなった自分のお腹をさするクリスの姿はまるで本当の聖女のように優しさに溢れていた。クリスが妊娠していることがわかってから既に7か月が経過している。あと1、2か月もすれば赤ん坊が生まれてくるはずだ。
クリスのお腹へと手を当てるとうにょっと動いて私の手を押し返してきた。なぜか自然と笑みが浮かんでしまい、そんな私を見てクリスも笑っていた。
今まで6度のクリスとの人生においてはありえなかった、クリスが新たな命を生むという事実がクリスの幸せの象徴のように感じられた。そしてそれを見届けたら私は自分の役目に区切りをつけようとも決意していた。
クリスは幸せだ。レオンハルトに愛され、そして2人の愛の結晶ももうすぐ生まれてこようとしている。これが幸せでなかったとしたら何が幸せなのだというほど幸せだろう。
学園の仲間たちも噂を聞きつけて手紙を送ってきたり、中には直接会いに来てくれた者もいる。先日もランディがロザリーを連れてやってきたしな。まあ半分は私に会いに来ていたような気もするがそれでも祝福の言葉は本心からだった。
今のクリスを包む世界はとても優しかった。
本当なら運命が変わった時点で私の役目は終わっていたのかもしれない。それでもなんだかんだ理由をつけてクリスを見守り続けていたのはこのためだったのかもしれないな。
既にアレックスやマーカス、ダンやヘレンには私の心づもりは話してある。何があるかわからないし、ここに残ったほうが良いとは言ったのだがそれでも皆は着いてきてくれるといった。お嬢様のそばが我々の居場所です、と。
エクスハティオにも話は通しており地位の返上を申し出たが、エクスハティオは首を縦に振らなかった。その代わりにクリスの護衛騎士として長年勤めたことの報奨として長期休暇を与えるという名目にするとしてくれた。そしていつかスカーレット領に戻ってくるようにと。
私は本当に幸せだ。化け物だった私がこんなに幸せになって良いのかというほど良縁に恵まれた。だから私は戻ってこよう。もう1人の本当に幸せになってほしい人を助けることが出来たら、必ず。
「ねえ、シエラ」
「んっ、なんだ?」
「少し耳に挟んだのだけれど私の……」
コンコンコンコン
クリスの言葉は激しいノックの音に遮られた。この屋敷の主であるクリスの部屋をそんな風に叩く者は普通はいない。
「誰だ?」
「アレックスです。急いで知らせたい事があります」
「入れ」
尋常ではない声だったがそれは確かにアレックスの声だった。クリスに視線をやり、そして入るように指示を出す。入ってきたアレックスの服は乱れ、息は上がっていた。普段では考えられないその姿に不安が頭をもたげてくる。
「レオンハルト様が執務中に倒れられ意識が戻りません!」
「そんな、レオンが!?」
「フロウラはどうした?」
「治療を試みていますが思わしくないようです」
先ほどまで幸せそうだったクリスの顔は白く、そして青く染まっていった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「えっと、お久しぶりです」
(●人●) 「6日ぶりだな」
(╹ω╹) 「なんでもインフルエンザにかかったらしいですよ」
(●人●) 「惰弱だな。不摂生な生活をしているから風邪などひくのだ」
(╹ω╹) 「お嬢様はほとんど病気にかかりませんしね」
(●人●) 「鍛え方が違うからな、これとは」
_(。_°/ 「……申し訳ありませんでした」




