第87話 天の回廊
投稿が遅れてすみませんでした
クリスの持つ鍵から一筋の光がその花園の中央へと向かって伸びる。そしてそこに見えない何かがあるかのように空中でぷっつりとその光の筋は途切れていた。
「呼ばれている気がする」
ふらふらとした足取りでクリスが花園の中へと入っていく。普段であれば考えられないようなその行動に一瞬呆気にとられたが、すぐに私自身もそこへ向かおうとし、そして手を引かれて止められた。私の手を掴んでいるのはフロウラだった。
「何をする!?」
「待って。これは必要なことだから。このイベントがあるかないかでこれからの難易度が……」
「それは聞いたが、こんな怪しげな状況でクリスを1人に出来るわけがないだろうが」
フロウラの手を振り払い、そして花園を駆けていく。しかしその止められた数秒の時はクリスが中央まで進むのに十分な時間だった。クリスが操られるようにそのシルバーの鍵をその光が終わる場所へと差し出す。
カチッ
そんな音が聞こえ、そしてクリスの姿が見えなくなった。消えたと言う訳ではなく私とクリスの間を遮るように突然白い扉が現れたのだ。怪し気な扉を避けるように回り込むとそこにはしっかりとクリスがおり、その差し出した鍵はその扉のドアノブの上にある鍵穴へと刺さっていた。
「大丈夫か?」
「あっ、シエラ。ええっと、これは何かわかるかしら?誰かに呼ばれたような気がしたのだけれど」
「少し待ってくれ。フロウラが何か知っているようだからな」
一応私自身、どんな場所か説明は受けているのだがいまいちよくわからなかったからな。おそらくフロウラ自身は同じ立場だと思っている私にわかりやすいように好感度がどうとか、ピリオドバーの消費がとか、2週目以降のやりこみ要素などという言葉を使って説明したのだろうが、そんな聞きなれない単語が詰め込まれた説明ではわかるはずがない。強くなるために有効な場所だということはわかったのだがな。
クリスや他の面々がいるこの状況でそんな説明が出来るはずはないから私にとっても理解できるように話すはずだ。それならきっと理解できるだろう。
こちらへと全員が集まり、そしてフロウラを見つめる。フロウラはいつもの微笑みを浮かべながらその扉がある場所を見つめた。
「この場所は聖なる気に満ちていました。何かあるのかもしれないとご案内させていただいたのですがどうやら天の回廊への扉があったようですね」
「天の回廊?」
「はい。神に認められし者だけが入ることのできるという回廊で、わかりやすく言えば神が用意されたダンジョンのようなものです。ただ普通のダンジョンと違い天の回廊内と外で時の流れが違うと聞いています。なんでも内では何十、何百倍もの速さで時が流れるとか」
「つまり、中で経過した時間よりも外では時間が経過していないということになるのか?」
レオンハルトの問いかけにフロウラがこくりと首を縦に振る。うむ、この説明を最初からしてくれれば私にも理解できたのだがな。しかしこれは画期的な場所だ。単純に考えても強くなるための時間を多くとれるということだからな。どの程度、時の流れが違うのかで変わってくるが、フロウラから聞いた未来が本当に来るのであればここで強くなることは必須だ。
「とりあえず私とアレックス、フロウラで中を確認する。中で10分過ごし、外に出てくれば時間の違いもある程度の予測がつくはずだ。それで良いか?」
「はい」
「えっと私は無理ですね。それに鍵に選ばれたクリスティ様抜きでは入ることは出来ないはずです」
即座にうなずいたアレックスとは対照的にフロウラはその首を横に振った。そんなフロウラへとレオンハルトが疑わし気な視線を向ける。
「クリスが必要と言うのはまだわかる。しかしフロウラ、なぜお前は入ろうとしない? 聖女候補者としては神の作った場所へ入らない理由などないだろう」
「ええっと、何と言いましょうか。クリスティ様の私への好感度がまだ……ではなく、そうですね。実際に見てもらった方がわかりやすいかもしれません」
ぼそぼそと何かを言ったかと思うと、フロウラは花畑を回り込み私たちの視線から消えた。ゆっくりと扉越しに足音が近くのが聞こえ、そしてフロウラの頭が突然扉からにゅっと生えた。
「きゃっ」
クリスが可愛らしい悲鳴を上げ、そしてその顔がみるみる赤く変わっていく。レオンハルトもフロウラの顔がいきなり出てきた時は驚いていたが、今はそんなクリスの姿にだらしなく頬を緩めている。無性に蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られるがそれよりも今は優先すべきことがある。
「どういうことだ?」
「そうですね。私には皆さんが見えているらしい扉が見えていないんです。言い伝えによると選ばれし者と真に絆を交わした者だけが中に入ることが出来るらしいですよ。だから私は入らないのではなく入れないのです」
「フロウラ……ごめんなさい」
「気にしないでください。私はこの中では新参者ですし、むしろ入園早々のこの時期に3人もー緒に入ることの出来るほど好感度が……じゃなくて絆を結べていることが素晴らしいのですから」
申し訳なさそうな顔をするクリスにフロウラがいつもの取り繕ったものではない優しい笑みを見せる。それでもなおクリスの心は完全に晴れた訳ではないようだが、それに応えるように小さく笑みを浮かべた。
扉が見えないということはお前のことは信頼していないと言うようなものだからな。クリスの立場を考えれば当然のことではあるがそれを気に掛けないクリスではない。
しかし困ったな。クリスを必ず同行しなければならないとなると、軽々しくこんな正体不明の場所に入ることは出来ない。本当にフロウラの言うとおりであれば是非とも利用したい場所だが、今は準備不足が否めないしな。
「クリス。準備を整えたうえで後日にしないか?」
そんな私の提案にクリスは珍しく首を横に振った。そして扉をじっと見つめる。
「やはり呼ばれている気がする。シエラ、アレックス。行きましょう」
「クリス、私も……」
「レオンはだめよ。私たちが出てくるのを待っていて。それにフロウラの事、疑っているのでしょう? あなたまで行けばフロウラ1人になるわよ」
「それはそうだが……」
ちらりと視線をフロウラに向けたレオンハルトの表情は苦渋に満ちていた。その様子にクリスがくすっと笑う。
「フロウラは少し変わっているけれど良い娘よ。きっとそのうち彼女にもこの扉が見えるようになると思うの。でももしこれが彼女の計略で、私が戻ってこられなくなったのなら……助けてくださいますよね、私の殿下?」
「……ああ、私の命に代えても必ず」
キスをしそうなほどの距離で見つめ合い2人の世界へと飛び去っていくクリスとレオンハルトを眺める私の耳に「ああ、尊い。尊いんじゃー」という不審な声が届いたが、とりあえず無視し私はクリスが正気に戻るのを待つことにした。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「なあ、あれっくす。お前、影薄くないか?」
(╹ω╹) 「なんてこと言うんですか!?」
(●人●) 「いや、かなり初期から出てるはずなのにパッとしないというか」
(╹ω╹) 「うっ、確かに」
(●人●) 「どちらかと言うと後書きのお前の方が印象深い……」
(╹ω╹) 「あー、あー。聞こえません」
(●人●) 「このままいけば乗っ取りも遠い日ではないな。頑張れよ」
(╹ω╹) 「何をですか!?」