第86話 フロウラの情報
「はぁ、レオンハルト様とクリスの絡み。尊い」
「おい、いい加減に正気に戻れ。クリスに気づかれる」
「はっ、ごめんシエラちゃん。ちょっとトリップしちゃってた」
だらしない笑顔から慌てていつものすました微笑みへと切り替えるフロウラを見ながら大きくため息を吐く。この癖がなければこいつも使える奴なんだがな。
不審者の密会を私が目撃したことで、下手をすれば殺される可能性も出てきたフロウラに私がした提案はスカーレット家に仕えるということだった。こいつの出身、というか出身とされているのはセルリアン領ではあるのだが、こいつ自身はセルリアン領に仕えている訳じゃない。まあ知り合いも多く、義理もあるようだったがな。
基本的に聖女はどこの領にも属さず、言うなれば王家直属の存在と言えるのだがそれは聖女になってからの話だ。聖女候補の間はどこかの領に属していても問題はない。まあ普通は自分の出身の領になる。それをスカーレット領に変えるという提案をしたわけだ。
フロウラは学園の寮住まいだった。王都に別邸を持っていない貴族などが住む寮だけあって個室でそれなりの広さがあり、学園内に建っているので警備もそこそこ厳重ではあるのだがあくまでそこそこだ。普通に学園の敷地内に入っていたあの不審者の実力を考慮すれば心もとないとしか言えないだろう。
そう考えると最も安全な場所はスカーレット家の別邸なのだ。現在はクリスが住んでいることもあって警備は厳重だしな。さすがに不審者もスカーレット家へやすやすとちょっかいをかけることなど出来ないだろう。私が監視しやすいというのもあるんだがな。
この提案に少しは迷うかと思ったのだが、あっさりとフロウラは乗ってきた。むしろこの提案を私にさせるための演技なのではとも考えたがそれならそれでやりようはある。むしろ監視が出来ない状態で動かれるほうが危険だと考えた訳だ。
で、まあいろいろと汚れていたのでそれを処理し、そしてクリスにフロウラのことを紹介し、そして1週間後には寮からスカーレット家の別邸へと引っ越すなど、とんとん拍子に話は進んでいった。若干セルリアン領から苦情は来たようだが聖女候補者を保護する役目というのは名誉なことらしいから多少は仕方がないだろう。
エクスハティオからも直々に良く引き入れてくれたと手紙をもらうくらいだからな。私は知らないが3大侯爵の間で何かしら事情があるのかもしれない。
で、引き入れてみてわかったわけだがこいつは確実に私の知っているフロウラではない。人前に出るときなどは仮面をかぶっているが、私のことは同類だと見なしているためかかなり地を出してくる。
こいつの性格を簡単に言うならおおざっぱで怠け者だろう。普段取り澄ましている反動かもしれないが与えられた部屋に籠っているときにこいつの姿は人にはとても見せられん。
さらに困ったことにこいつは恍惚とした表情でどこかに意識を飛ばしてしまうことがたびたびあるのだ。レオンハルトやランディ、アンドレアなどと関わるときにそうなることが多いので注意はしているのだが一向に治る気配はない。
意味不明なことを呟いていることが多いので下手にぼろを出すことも出来ないこちらとしてはあまり指摘できないのが難しいところだな。
一応フロウラに聞き取りをしてある程度今後に起こるかもしれない事態については把握した。もちろんそれを完全に信じているわけではないし、フロウラ自身違う点が多々あると言っているので良くて五分五分といったところだとは思うが仮に本当だった場合に対する心構えぐらいにはなるからな。
大小さまざまな出来事が起こるようだが、最終にして最大の出来事が起こるのは2年後。クリスたちが3年になってすぐの時期らしい。まあ現状から考えればそんなことが起こり得るはずがないと断言できるのだがな。
今、フロウラ、私、アレックス、レオンハルト、そしてクリスの5名で連れ立って歩いているのもフロウラの情報が正しいのかを確かめる意味もある。まあ他の3人には事情を話しておらず、フロウラが学園内で見つけたきれいな花畑に案内するという名目で誘っているが。
レオンハルトとクリスは横並びで楽し気に話しながら歩いているので、まあ何もなかったとしても問題はないだろう。
しばらく園舎から歩き学園内にある林をしばらく歩いて抜けると、そこだけぽっかりと木がない直径5メートルほどの花畑が存在していた。その狭い空間に色とりどりの花々が咲き乱れる様はまるで箱庭のようでフロウラの情報が間違いであったとしてもここまでくる価値はあったと言えるだろう。
「わぁ」
「ここはすごいな。学園内にこんな場所があるとは知らなかった」
クリスが感嘆の声をあげながら笑顔を見せ、そんなクリスを微笑ましくレオンハルトが眺めていた。2人はその花園を眺めながらゆっくりとその周りを歩いていく。それを見守りながらフロウラの横へとすっと移動し小声で話しかける。
「ここで良いんだな?」
「そうだよ。ゲームの通りならもうすぐ……」
「あらっ、これは何かしら?」
そんなクリスの声が聞こえ、そちらに意識を向ける。花園のそばでしゃがみこんだクリスが拾い上げたのはシルバーに輝く小さな鍵だった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「いよいよ攻略本チートの始まりだな」
(╹ω╹) 「なんですか、それ?」
(●人●) 「ゲームの知識を使って現実で効率的に強くなろうといういわゆるお約束だな」
(╹ω╹) 「そうなんですか。まあ、効率が良いのは良いことですよね」
(●人●) 「想定外のことが起こったら極端に弱そうだがな」
(╹ω╹) 「どうなんでしょうね?」