第85話 転生者
意味がわからない。なんなんだ、こいつは。これさえ演技とでも言うのか? いや、今までのクリスとの人生においてこいつがこんな醜態を晒すということはなかった。貴族ではないということでその育ちの違いによる失敗はあれど、失禁などという姿を見せたことはなかった。今よりももっと最悪な状況に追い込まれたとしても笑っていたのがこいつのはずだ。
「お前、何者だ?」
思わずそんな言葉が口から出る。いや、その姿からこいつがフロウラであることは間違いない。間違いなどないはずなのにまるで別人を相手にしているようなこの感覚は何なんだ?
私自身にも理解できない感情に頭を悩ませていると、うつむいて泣いていたフロウラがばっと顔をあげ私に詰め寄った。あと一瞬剣を引くのが遅れていたら確実に突き刺さっていたはずだ。何を考えている?
「あなたももしかして転生者なんですか?」
「お前は、何を言っているんだ? 少し落ち着け。そして離れろ!」
「あっ、すみません。少し待ってください」
フロウラが自身の袖口でゴシゴシと涙をぬぐい、そして数度深呼吸を繰り返して落ち着こうとしている。それを待つふりをしながら自分自身の中で状況を整理する。
先ほど詰め寄ってきたときのフロウラの顔は明らかに記憶にある姿とは違っていた。それに「転生者」と言う意味の分からないことを……いや、転生、生まれ変わりか。ある意味で言えば私も生まれ変わりを繰り返しているといえる。今回の人生においては本当に生まれ変わっているしな。
あなたも、ということはこいつも私と同じように繰り返しているということか? とりあえずは様子見するのが得策か。このぶんなら勝手に情報を話してくれそうだしな。
深呼吸を終え、いくぶんか落ち着いた様子でこちらを見るフロウラの姿に意識を切り替える。
「つまりお前も転生者でフロウラではないということか?」
「あっ、やっぱりそうなんですね。私の名前は……」
「いや、待て。その前に先ほどの不審者との関係を教えろ。あれは誰だ?」
「うーん、私にもわからないんですよね。ほらっ、この世界って『よんくろ』に近いですけれど細かい点で違うじゃないですか。そこんとこどう思います。えーっと……」
「シエラで良い」
「そうそうシエラちゃん! だってシエラちゃんも出てこなかったですよね。これだけキャラが立ってれば主要キャラになりそうなものなのに」
腕組みをして考えているふりをしながら話を整理していく。『この世界』『よんくろ』『主要キャラ』いまいち意味が掴みきれない。下手なことを言えば逆に不審がられる可能性が高そうだな。
「悪いがそのあたりの記憶が混濁していてよく覚えていないんだ。初めから丁寧に説明してくれるか?」
「そっか。そういうこともあるんだね。えっとね、まず……」
フロウラに聞いた話は荒唐無稽を絵に描いたような馬鹿馬鹿しいものだった。この世界はこいつが以前に住んでいた世界のゲームという遊戯で出てきた物語にそっくりだというのだ。
シュミレーションRPGというものに恋愛をプラスした物語で、その主人公はクリスとフロウラだというのだ。
「で、クリスちゃんの方は正統派の次々と襲い掛かってくる困難を仲間たちと打ち倒していく感じなんだけど、その、私の方がね……」
なぜか言い淀んだので不思議に思っていたがその詳細を聞いてその理由を理解した。クリスを表の物語だとすればフロウラは裏の物語だ。あらゆる手練手管を使い、人を篭絡していきカラトリア王国を転覆させる。それがフロウラの物語なのだ。
そのせいでクリスは何度も何度も殺されたというのか? いや、待て。これはあくまでこいつから聞いただけの話だ。それが真実だという確証はない。早まるな。
「つまりフロウラは物語通りにカラトリア王国に害をなすということで良いのか?」
「いやいやいやいや、無理だって無理。っていうかこんなの私に出来るはずないし」
最悪返事次第ではこいつを処分しなければと思っていたのだが、フロウラは即座にその首を横にぶんぶんと振って否定した。そこに嘘が含まれているようには見えない。
「だって、無理でしょ。ゲーム通りならいざ知らず状況は違うし。それにこっちの国に来てからの方が明らかに良い生活させてもらってるんだよ。寒くて暗くてひもじくて、訓練漬けだった日々からやっとおさらば出来たのになんでわざわざそんなことを。そう考えるとゲームのフロウラって完全に洗脳されてたんだねー」
「まあそうかもしれないな」
確かにあの女の精神は今にして思えば異常だった。しかし幼いころからそういった訓練をされていたと考えれば納得はいく。転生なんて全てこいつの妄想ではないかと思わなくもないが、そんなことを言ってしまえば今の私の状況も夢物語の類だしな。可能性はあると考えた方が得策か。
ならその可能性を信じてこいつは味方に引き抜いておくほうが良い。裏切りを防ぐ監視がしやすくなるというのもあるが、もしこいつの話が本当なのであればこいつは預言書のようなものだ。クリスの幸せを阻むものを取り除くにうってつけの存在だ。
「ところでフロウラ。お前はこれから大丈夫なのか?」
「えっ、大丈夫って、何が?」
「今回、その裏切り者と密会しているところを私に見つかったのだぞ。それを放っておくほどそいつらも馬鹿ではあるまい」
「えっ?」
私の言葉にフロウラの顔からさっと血の気が引いていき、そして私の襟首をつかむとがくがくと前後に揺さぶり始めた。
「どうしよう、シエラちゃん。私、もしかして殺されちゃう?」
「たぶんな」
「たぶんな、じゃないよ。どうにかならないかな? さすがにこんな若さで死にたくないよ。だってまだちやほやされてもないんだよ」
その言葉に思わず吹き出す。ちやほやされたい。そんなことをあのフロウラが言うはずがない。
こいつの話が本当かはわからない。だがこいつはあのフロウラではない。ならこいつについては別人と考え、利用する。クリスの幸せのために。
「そうだな、良い解決法がある」
私はそのとっておきの提案を笑いながらフロウラに話した。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「ふむ、やっと前ふりが終わったな」
(╹ω╹) 「前ふり? 30万字近くかけて前ふりなんですか!?」
(●人●) 「うむ、散々ヘイトを貯めてきた女にやっと復讐かというところで梯子を外すという作者にヘイトを向ける高等テクだ」
(╹ω╹) 「それ、ただ単に馬鹿なだけですよね」
(●人●) 「そうとも言う。なにせ作者は馬鹿だからな」
(╹ω╹) 「救いがないですね」