第83話 進まぬ調査、進む事態
シャルルを救うために死神の薔薇の治療方法を探すために私は王都にある大図書館へと通っていた。クリスは学園が終わると、この大図書館で知識を広めるために様々な書物を読んでいるのでその傍らでだ。
もちろんそれはクリスが大図書館に通う1つの理由ではあるのだろうが、クリスは私の事情を知っている。だからこそ自らの知識を高めるためと称してわざわざ大図書館へと通ってくれているのだ。私の願いが叶うようにと。
「この本もなしか」
読み終わった書物をパタリと閉じて、そしてその本の名前の書いてある紙にバツをつける。大図書館の司書に頼んでリストアップしてもらった古今東西の病気に関する書物を片っ端から読んでいるが死神の薔薇の治療法に関して書かれている物はない。死神の薔薇について書かれているものはあるが、初期症状としては風邪のように咳が続き、吐血を契機に症状が急速に悪化、そして胸に薔薇の花のようなアザが現れて死亡するという既に知っていることしか書かれておらず、治療法についても『なし』の一言だ。
調べが進むごとに現実を突きつけられているようで気分が落ち込みそうになるがまだまだ調べ始めて1か月程度しか経っていない。病気関連の書物についてはまだまだあるし、フロウラも動く様子がない今のうちに手がかりぐらいは掴んでおきたい。こちらに集中しすぎてクリスに被害が及んでは意味がないからな。
そもそもこの死神の薔薇は治療の研究が非常に難しい病気だというのが問題なのだ。
まずなにより発症例が少ない。調べることはできないし、そういった書物も今まで読んだ中にはなかったが私の知る限りこの病気にかかったのはシャルルだけだ。疫病によって母親を失ったクリスは病気や薬学について勉強し、スカーレット領内で発生した珍しい病気などについても報告を受けていたが5年を通して死神の薔薇による死者の報告はなかった。
他にも容態が悪化してから死亡までの時間が短すぎるということもある。初期症状で見つけることは不可能だし、治療薬を試そうにもその時にはもう死亡しているということがほとんどなのだ。つまり治療法の発見が困難ということだ。
「逆に言えばその治療薬はありふれたものという可能性もあるわけだがな」
落ち込んでいきそうな気分を払おうと楽観的なことを口に出してみたが意味がなかった。自分自身の行為の馬鹿らしさに自嘲してしまっただけだ。
その可能性があるといってなんだというのだ。試してみました、ダメでした。では意味がないのだ。やはり確証が欲しい。
その後も書物に目を通していくが特に何も進展はなく帰る時間になってしまった。本を書棚に返しそして1階の机に横並びで本を読んでいるクリスとアレックスの元へと向かう。私がやってきたことに気づいたアレックスが2人分の本を返しに行くのを目で追い、そして立ち上がったクリスへと視線を戻した。
「じゃあ帰りましょうか」
「はい」
クリスはそれ以上何も言わない。でもその言葉の中には確かに私を気遣う心が含まれているのを私は十分に知っていた。だからそれだけで十分だった。
治療法の調査が難航しているのとは裏腹に学園生活は順調そのものだ。ランディが絡んできたり、エンリケが話しかけてきたりと私自身は面倒なことは多少あるのだがクリスの学園生活は充実していると言って良いだろう。私的にはあまり面白いことではないがレオンハルトとの関係も良好のようだしな。
私も当初はこの5歳児のままの見た目やクリスの護衛騎士であること、そしておそらく戦争時の話が広がっていたために腫れもののように扱われていたが、特に何も反応せずに平穏に過ごしていたため危険はないと判断したのだろう。クラスメイトの何人かは普通に話しかけてくるようになってきた。なぜか甘いものをくれることが多いのだが毒ではないので素直に受け取っている。
一番波乱が多いのはアレックスだろうな。既に数人の女子から告白をされたらしい。確かに見た目は良いし、主人の私が言うのもなんだが性格も悪くない。先の戦争の立役者で名誉男爵だしな。告白した女子の1人はその時に一緒にいた者らしいので恩に感じていたのかもしれない。
まあ一番は玉の輿というのがあるんだろうがな。
基本的に学園にいるのは貴族の子女が多いがその全てが貴族位を継げるわけではない。学園を卒業して官職につく者の方が圧倒的に多いのだ。そういった者に比べれば名誉男爵とは言え既に爵位があるアレックスの妻という立場は魅力的だろう。
それに名誉男爵とは言え、必ず1代でその爵位が終わるという訳ではないしな。アレックスの場合は次期国王であるヴィンセントを救ったという功績が評価されたのだから、ヴィンセントが王位に就いた時に通常の貴族として叙される可能性もある。アレックスが望めばという注釈付きだがな。
こういった将来を見通した生々しい動きが出てくるのが学園ではあるのだが、私はあまりこういうことは好きではない。アレックス本人ではなくそれに付属する物を見ているような奴のことを考えていると胸がムカムカするのだ。
まあ幸いにしてアレックスもその辺りのことはわかっているのか、浮かれることもなく告白については断っているようだがな。
私たちの学園生活は本当に順調だ。逆に言えば今まで6度のクリスとの人生においてあれほど関わってきたフロウラがほとんど動いていないということに他ならない。まるでそれが幻であったかのように。
しかし私は覚えている。クリスの絶望を、狂いそうなほどの憎しみを、怒りを。そして悲しみを。幻であるはずがない。
いつかあいつは尻尾を出すはずだと観察は続けているが、それを続ければ続けるほどあまりの変わりように困惑してしまうのだ。いや、私が監視しているからこそ動かないのかもしれない。そうであればこのまま監視を続けるのも手だ。このままであればクリスは幸せな未来を手に入れることが出来るだろう。
裏で何かを企むようであればその時はその時だしな。
クリスの護衛をアレックスに任せ、そんなことを考えながらトイレへと向かっている時だった。たまたま視線の先に人気のない園舎裏へと向かっていくフロウラの姿があった。あの先は何もないし、行き止まりになっている場所のはずだ。
「何をするつもりだ?」
即座にあとを着けることに決める。もしかしたらクリスを陥れるための策を弄している可能性もある。杞憂に終わったならそれで問題ないしな。
園舎の窓からするりと降り立ちフロウラの背中を追って私は歩き出した。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「そういえば学園の成績評価ってどんな感じなんですか?」
(●人●) 「基本は試験によるものだな」
(╹ω╹) 「つまり授業には出なくても良いと……」
(●人●) 「しえらパーンチ アンド キーック」
(╹ω╹) 「けぷらっ、なんでキックまでするんですか!」
(●人●) 「最近お前の回復が早いからな。しかしキックでも足りなかったか。やはり釘打ち機が……」
(╹ω╹) 「いりませんから!」
(●人●) 「そうか? あぁ、ちなみに授業をあまり休んだりすると試験を受ける資格がなくなるぞ。卒業後のことも考えて、しっかりと定時にそこにいることも試されているからな」
(╹ω╹) 「試験採用中みたいですね」