第82話 動かない聖女
学園に入学して2週間が経過した。何かしら騒動があるだろうという当初の予想を裏切り平穏な学園生活だ。クリスは毎日レオンハルトに会うことが出来るということもあり、学園に通うことを楽しんでいる。勉学に関しては各教科基礎を教えている状況なので復習しているという感覚だし、戦闘系の授業にしてもまだ試合形式の訓練などもしていないしな。
まあ少し驚いたことといえばロザリーが教師として学園にいたことか。薬学の授業を受けるために教室に入った時にウインクを飛ばされたときは別れ際の「待っている」とはこういう意味だったのかと思ったものだ。
今までの人生ではスカーレット領に残ったはずのロザリーが学園にいる代わりと言ってはなんだが、これまでランディのお付きとしてやって来て弓矢の実技を教えていたエルフの男は学園にはいなかった。ロザリーが代わりにお付きになっているのだから当たり前だとも言えるんだがな。
まああの男がいたとしてもクリスにとっては百害あって一利なしだから別に良いんだが。いや、特にエルフに思い入れのない今の状況なら問題はないのか。
今までの6度のクリスとの人生においても最初のころは比較的平穏だったと言える。とは言えもっとあの悪魔の動きは活発で、クリスとレオンハルトが会話を交わしている最中にそれに加わってきたり、エンリケやアンドレアに勉強を教えてもらおうとしたり、強いと言われている先輩などに挑むランディに同行して治療を行ったりしていたはずだ。
しかし現在あの悪魔が何をしているかといえば教室の片隅で真面目に勉学を行い、特に誰とも交友を深めようとはしていない。強いて言えば出身であるセルリアン領の者たちとは話しているのを見かけるし、誰でも話しかけられれば愛想よく対応をしているのだが今まででは考えられないほど消極的だ。
とは言えこれまで6度もクリスを貶めてきた奴のことだ。きっと何か裏で工作をしてるに違いない。早めに釘を刺しておくべきかとも思うのだが、しっぽを見せない限りこちらから動くのは得策ではないからな。しばし我慢するしかないだろう。
「シエラは最近良くフロウラさんを見ているけれどお友達になりたいの?」
「あっ、それ僕も思っていました」
最近ではレオンハルトを含めた4人ですることの多くなった昼食だが、今日はレオンハルトが呼び出されたので久しぶりに3人で食堂へ行き昼食をとっていると、食事を食べ終えたタイミングでクリスから唐突にそんな質問をされた。続けてアレックスにもされたところを見ると私の態度はかなりわかりやすかったようだ。
とは言えそんなふうに思われるのは死んでもゴメンだ。即座に首を横に振り否定する。
「彼女が聖女か。らしくないな、と思っているだけだ」
「シエラ。そんなことを言ってはダメよ。それにフロウラさんはまだ最も有力な聖女候補者というだけなのだから奉仕義務もないし、それに急に平民の身分から引き上げられてこのような場所に連れてこられたのですから私たちが見守ってあげなければ」
「確かに僕も最初は戸惑いましたしね。立場が変わると相手との距離を図るのが難しくなるんですよね」
注意を促すクリスやしみじみと自分の体験を語るアレックスには悪いが私が言ったのはそういったことではない。それが2人にわかるはずはないのだが。
しかしクリスの言うことも尤もだ。フロウラがその才能をセルリアン領で見出され、聖女候補者として扱われるようになったのは確か1年ほど前だったはずだ。それまでは平民として暮らしていたのだから貴族の子女がほとんどである学園で気後れするのは不自然なことではない。
クリスが言ったようにフロウラは正確に言えば聖女ではない。まあ限りなくそれに近い立場ではあるのだが。
聖女というのは王族ではないのに、王族と同等もしくはそれ以上に治癒魔法を使うことのできる者のことを言う。しかも聖女は王族が使うような陣を使用せずとも治癒魔法を使うことが可能だ。実際フロウラが治癒魔法を使うところを見たこともあるが陣を使わず手をかざすだけで骨折を治療していた。それだけの実力があればほぼ聖女だと言っても良いだろう。
聖女として認められたものは王家から聖女位という特殊な地位を与えられる。立場としては子爵相当であり、それに見合った俸給も支払われる。その代わりに慰問義務だったり、戦争時の従軍義務等が課されるが。
現在カラトリア王国で聖女位を持っているのは1人だけ。それも55年も昔にその位を与えられた半分余生を過ごしているような者しかいない。つまりそれだけ貴重な人材ということだ。
視線の先でセルリアン領の者たちと昼食をとっているフロウラはそうと言われなければそんな特別な存在とは思えないほど普通だ。平民出身という事情もあってトラブルを起こしたこともあったはずなのだが、そんなこともなく無難に学園生活を送っているように見える。
(何を考えている?)
これ以上見続けるのは得策ではないと視線を切り、私はアレックスが持ってきた食後のケーキへとぶすりとフォークを突き立てた。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「お嬢様、ついに1,000ポイン……」
(●人●) 「しえらパーンチ」
(╹ω╹) 「ふべらっ、何するんですか!? 僕はただ単に感謝を……」
(●人●) 「バカ者! 昨今の流れを知らんのか。後書きでポイントの事を言うのってちょっと、という流れなのだぞ」
(╹ω╹) 「そ、そうなんですか?」
(●人●) 「うむ、物語の雰囲気が壊されるかららしい」
(╹ω╹) 「………」
(●人●) 「………」
(╹ω╹) 「僕たちには関係ないですね」
(●人●) 「うむ、ポイントはもちろん嬉しいが後書きを楽しみにしてくれている人がいるということが至上の幸福だからな。だからこれからもよろしく頼む」
(╹ω╹) 「お願いします」