第8話 査察官シンデレラ
それから2年の月日が流れた。
2年の月日が流れたにも関わらず私の容姿は全く変わっていなかった。5歳にしては背が高かった私ではあるがその高さは120センチ弱だ。おそらくこれからも伸びることは無いだろう。私を見て9歳だと思う者はいないに違いない。
身長の低さゆえに苦労することはあった。しかし魔力を纏う訓練を続け、つい最近になってようやく透けるような薄い魔力の膜を1日中保つことが出来るようになったので身体能力でその全てをカバーしていた。この力を使えば1人で何人分もの仕事をすることさえ容易だ。例えそれがどんな力仕事であったとしても。
マーカスたちとの夜の交流を続けつつ、時が満ちるその時に向けて私は着々と準備を進めていった。
何をされても従順に誠心誠意仕えているように見せかけて義母や義姉たちの信頼を勝ち取り、私の邪魔をするばかりで自分の仕事さえ満足に出来ていない使用人たちの悪評を吹き込んだ。まあ悪評と言うか事実なんだがな。
予想通り義母たちはその使用人たちを首にしていった。その分の仕事が私に回ってくるわけだが現状よりはましな状態に保つことなどそこまでの苦労はしなかった。元々がひどい状態だったしな。
そして今残っているのは最低限の使用人と少々ましになった館。そして外見は成長したものの中身は全く成長のかけらも見えない義姉たちと少々化粧の厚くなった義母だけだ。
「出来ると言ったのだからしっかりやりなさい! 不正をすればどうなるかわかってるわね、シンデレラ」
「はい。わかっております」
頭を垂れる私を残し最近手に入れたと言う香水の匂いを振り撒きながら義母が去っていく。いや匂いでは無くて臭いだな。去ったと言うのに一向に薄まらない。自分自身で気持ち悪くならないのか不思議だ。
仕方なく部屋の窓を開け空気を入れ替える。入り込んだ新鮮な空気を吸い込み、大きく息を吐く。しばらくは残っているだろうが次第に薄まるだろう。そう考えて書類の積まれた机へと向かう。
シンデレラと言うのは私の呼び名で「灰かぶりのシエラ」という意味だ。1年半ほど前、暖炉の掃除をした時に義姉たちが言いだしたのだがぴったりだということでそのまま呼び名になった。まあクズと呼ばれるよりはいくぶんかマシだな。その呼び名をどこかで聞いたことがあった気がしたがまあ気のせいだろう。
最近は自身の黒い魔力で全身を薄く覆っている関係で髪や肌が灰にまみれたような薄い灰色になっているので言いえて妙とも言える。まあ本当にうっすらとなので私に興味などないあいつらが私の変化に気づいているとは思えないが。
それは今はどうでも良いか。
この書類はフレッドが経営していた商店の売上金などに関する報告書だ。フレッドは行方不明になっているがその商店が無くなったわけではない。毎月1度、報告書と共に現金がこの家に振り込まれているのだ。
義母や義姉たちが全く働いていないのに優雅に生活できていたのはこのお金のおかげだ。とは言え浪費するだけ浪費して貯めることはないようだが。
この報告書を処理していた執事が計算を誤魔化して振り込まれたお金の一部を自分の懐に入れているのを見つけたので首にさせた。まあ首になるだけじゃなくて今頃は牢の中だが。
その後釜として私が立候補したのだ。クリスは領主としての教育も受けていたのでこういった財務などに関する書類を見る機会もあった。実際の実務としてはしていなかったし、商店と領地経営は違うだろうが何とかなるだろう。まああれだけずさんな誤魔化し方を見抜けなかった節穴よりは少なくともましなはずだ。
報告書をチェックしながら義母に伝える情報をピックアップしていく。極端な話、義母であれば振り込まれる金額さえわかれば良いと思っていそうな気もするが難癖をつけられても面倒だ。
不正をしていた執事に金を返せと鬼気迫る表情で詰め寄っていく姿を見れば少しでも疑われるような可能性は低い方が良い。
報告書をチェックしおわり、振込される金額に間違いがないどころか報告書内にも間違っている点が無かったことに少し驚く。
こういった数字が羅列するような報告書は大なり小なり計算誤りがあることが多いのだ。実際の商店の様子を見た訳ではないので元から誤魔化されている可能性が無いわけではないが誤りも矛盾も無いこれだけの報告書を作ることの出来る人材が商店にはいるということである。
「ふむ。そのまま任せてみるのも面白いか?」
予定の変更について頭を巡らせる。そして私にとってはその方が都合の良い可能性が高いという結論を下す。とは言え会ったこともない人物である。さすがにすぐにそんな決断をすることは出来なかった。
「まずは過去の資料も探ってみるか?」
そう呟いて私は棚にしまわれた過去の報告書についてチェックを始めるのだった。
仕事の合間に過去の報告書をチェックしたが報告書事態に問題があるものは無かった。いくつか疑問が残る点もあったがその報告書から伝わるのは几帳面で生真面目な報告者の性格だった。
マーカスにも話を聞き、おそらく報告書を作っているのはフレッドの右腕と呼ばれていたレイモンドだろうと言うこともわかった。とは言えマーカスも商会に関してはあまり関わらないよう線を引いていたため詳しくはないそうだ。
マーカス自身は屋敷の内側を取り仕切る立場であったためあえてそちらへは必要最低限しか手を伸ばさなかったのだろう。
「では査察に行ってまいります」
「不正がないかしっかりと調べてきなさい。あとこちらに渡す金額を増やすように。誰のおかげで商売ができているかしっかりと伝えなさい。いいわね、シンデレラ!」
「はい、奥様」
義母の部屋から出てフレッドの商店がある港町ファーブスを目指して歩き始める。
ファーブスはこのトレイシーの町から東へ馬に乗りおおよそ1日の距離にある町だ。このバジーレ王国の王都に最も近い港町として栄えているとは聞いている。まあこれはクリスとしての知識とフレッドの話からだけで実際に訪れたことはないのだが。
「しかし本当に乗合馬車の代金しか渡さないとはな」
トレイシーの町の中心部へと続く道を歩きながら苦笑する。私に渡されたのはファーブスまでの乗合馬車の往復の代金だけだ。馬で1日の距離とは言っても普通の人が馬に乗ることなど出来るはずがないので移動手段は基本的に乗合馬車になる。
その場合中程にある村で1泊し計2日の日程になるわけだがその宿泊費というより食費さえ想定していないのだ。私の食事など無駄な出費というわけだ。自身はかなり無駄に服や装飾などに浪費しているんだがな。まあ良い。
気を取り直しトレイシーの町の門へと向かう。乗合馬車の待合所があるのは門の外だ。町に馬車で入るにはお金がかかるし、乗客の審査にも時間がかかる。門の外に待合所を作ることでそれを省いているのだ。
基本的にファーブス行きの乗合馬車が出るのは朝と昼の2回。数台連なって走るため乗ることができないということはまずない。今は昼まであと2時間といった中途半端な時間なのでちょうど良いだろう。
門番に市民証を見せ、本当に1人で大丈夫なのかと何度か質問されたが大丈夫と答え、なんとか町から出ることが出来た。あと2か月ほどでこの国の成人である10歳になるとは言え見た目が5歳程度では心配されてしまうようだ。
アレックスたち以外に心配されるなど久しぶり過ぎて少しくすぐったかったがありがたくもあった。それが職務からくるものであっても。
門の外には既に乗合馬車が数台止まっており、その馬車に乗る切符を買うためのテントも設置されていた。乗客らしき数人がそのテントへと入っていくのを横目で見ながら人気のない方へと何気なしに歩いていく。そして周囲の視線が無い事を確認し、身を低くしながら走り始める。
元より乗合馬車に乗るつもりなどない。お金のせいではなく時間を稼ぐためだ。私に与えられた猶予は4日。乗合馬車に乗ってしまえばそのうち3日程度往復するのに要してしまう。それは都合が悪かった。
「さて、馬で1日ならば距離的には走れば半日で到着できるとは思うがどうだろうな」
そう呟いて街道から外れた野原を走っていくのだった。
お読みいただきありがとうございます。
そろそろあとがきで何かしようかと考え中です。思いついたら突然何かが始まるかもしれませんのでご期待下さい。