第80話 落ち着かない心
私にプロポーズのようなものをして2日後、ランディは来た時と同様に唐突に王都へと戻っていった。レオンハルトとも仲良くなっていたし、てっきり私たちと一緒に学園に行くつもりなのかと思っていたのだが去り際にただ一言
「王都で待っている」
とだけ残し、ランディはいなくなった。
ロザリーとはもう少し話してみたかったし、ロザリー自身も残りたそうにしていたのだがランディのお付きとしては同行せざるを得なかった。ただ、意味ありげに「私も王都で待っていますね」と言っていたのでこれで縁が切れるということはないだろう。
うっとおしいやつがいなくなってすっきりしたはずなのだが、私の胸の内にはもやもやとしたものが溜まっていった。自分自身よくわからないその感情はどう扱えばよいのかさえわからなかった。
いよいよ学園に向かう1週間前になり、ついにレオンハルトを軸に据えた状態で15階層のボスを突破することに成功した。普通に考えれば3人で突破できていたものに一人加わったのだから当たり前だとも言えるのだが、内容が違った。レオンハルトは終始安定した戦い方をしていて後ろから見ていても今までとの違いがはっきりとわかるほどだったからな。
その様子にギネヴィアも満足そうにしていたのである程度の成果が出たといっても良いだろう。
これから1週間、クリスは学園へと向かうために領内の貴族たちとの面会などで忙しくなる。私たちもマーカスたちがいろいろな用意を終えてくれているとはいえ、ほぼ任せきりだったこともあり最終的な確認は必要だ。4日の休みが与えられたのはその準備と離れることになる家族と過ごせるようにという気遣いなんだろうな。
久しぶりにマーカスやダン、ヘレンとゆっくり過ごすのも良いだろう。
やり遂げた達成感からかレオンハルトが終始笑顔だった夕食を終え、上機嫌のクリスを部屋へと送ると私とアレックスは自分たちの食事を取るべく従者用の食堂へと向かった。そして食事を食べようとしたところで見覚えのある人物が近づいてくるのが見えた。
「隣、よろしいですか?」
「もちろんです。シルヴィア様とこうして食事をご一緒できるのもこれが最後かもしれませんしね」
私の言葉にシルヴィアがやわらかく微笑み、そして私の隣へと腰を下ろす。そして食前の祈りを行い、美しい姿勢のまま食事を食べ始めた。それに習い私とアレックスも食事を再開する。特に会話するでもなく食べ進め、ほぼ同時にそれが終わった。
そしてシルヴィアがこちらへと向き直り、そして頭を下げた。
「この度は本当にありがとうございました。王妃様の無理な要望を聞いていただきまして。そのおかげで殿下も見事に成長をされました」
「頭を上げてください。私たちのおかげではなく殿下自身の努力と、他に挙げるとすればランディ様の助言のおかげでしょう」
「そうですよ。それに僕たちはクリス様を守るといういつもの仕事に専念していただけですからシルヴィア様が感謝する必要はありません」
私達の言葉にシルヴィアは首を横に振り、そして少しだけ頬を赤くした。
「それでも一言自分の主の無茶を聞いていただいた方々に感謝を伝えたかったのです」
その言葉に、シルヴィアの気持ちが痛いほど理解できた。もしクリスが相手に無茶な要望をして、それを聞いてもらったのなら仕える者としては相手に感謝したくもなるだろう。そんなことは無いだろうとは思うが。
立場を考えれば一歩間違えば危うい行為ではあるのだが、レオンハルトと将来結婚することになるクリスの従者である我々ならば問題ないと考えたのかもしれない。
最初に依頼を直接してきたことと言い、やはりシルヴィアは律儀な性格のようだ。騎士や貴族の世界では苦労しそうな性格だがそれ故にギネヴィアが目をかけ、自身の面倒を見させているのかもしれないな。
ふう、と息を吐き、少し赤くなった顔を落ち着けるとシルヴィアが私をまっすぐに見つめた。
「少し前から気になってはいたのですが、シエラ様はなにかあったのですか? うまく言えないのですが以前はなかった迷いのようなものが感じられて」
「それについては僕も気になっていました。お嬢様が言いたくないようでしたら話さなくても結構ですが……」
その言葉とは裏腹に聞きたいと顔に書いてあるアレックスを見て思わず微笑む。ふとした時に出るこういうところは小さいころから変わっていない。
そうだな、自分自身でわからないなら他人の意見を聞いた方が良いだろう。
アレックスは気心の知れた存在だし、シルヴィアもいうなれば騎士としての先輩だ。私のわからないことも知っているだろう。
「先日、ランディ様に番になれと言われまして。クリスティ様の護衛もあるからと断ったのですが役目が終わるまで待つと。私としてはランディ様の妻となる気はないのですが、もやもやと良くわからない感情が浮かんできてしまって。それが原因だとは思うのですが……」
「それはもしかして……」
「気のせいです!」
シルヴィアが何かを言おうとするのを遮ってアレックスが声を上げた。あまりの大きさに周辺にいた城の従者たちの視線が私たちに集まる。それに気付いたアレックスが立ち上がりぺこぺこと頭を下げていた。
いきなりどうしたんだ? シルヴィアへと視線をやると微笑ましいものを見るかのようにアレックスを見つめており、そして私の視線に気づいたのかこちらへとウインクを飛ばしてきた。どういう意味だ?
視線が散ったところでアレックスが再び座り、そして私をじっと見つめてきた。
「お嬢様。ランディ様は一風変わったお方でしたからお嬢様は驚かれたのでしょう。お嬢様に婚約を申し込むとはなかなかに目のある方だと思いますが、そんなことに惑わされてはいけません。お嬢様にはクリスティ様をお守りすると言う使命があるのですよね。ランディ様と一緒になればこのスカーレット領を離れなければならないのですよ」
「あ、ああ。そうだな」
「そのもやもやは一時の気の迷いです。時間が経過すれば落ち着くはずです。まずはクリスティ様を僕たちでしっかりと守りましょう。学園も安全とは言い切れませんし」
「それはそうだな。学園は危険だ」
「そうです。その通りです!」
「私は学園出身ですが特に危険なことは……」
「黙ってくださいシルヴィア様。危険は危ないのです!」
何となくおかしな気もするがアレックスの言っていることは間違っていない。実際クリスが陥れられたのは学園に行ってからなのだからな。
よし、とりあえず私はクリスの護衛として専念すれば良いんだ。少なくとも学園をクリスが無事に卒業し幸せになったと確信できるまで。
「さすがアレックスだな。少し迷いが晴れた気がする」
「ありがとうございます」
シルヴィアが生暖かい目で見ているような気がするがまあ気にするほどの事ではない。学園が危険だと知っているのは現時点でたぶん私だけなのだから。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「わかりきっていたことが改めて判明したな」
(╹ω╹) 「えっ、もしかしてお嬢様。自分のお気持ちに……」
(●人●) 「作者が馬鹿だと言うことだ」
(╹ω╹) 「なんだ、そんなことでしたか」
(●人●) 「一昨日投稿出来ず、今日も遅れたのは3パターン話を書いて結局納得行かずに全部消したからだそうだ」
(╹ω╹) 「ちなみにどんなのだったんですか」
(●人●) 「らんでぃが帰らずにれおんはるととダンジョンへ行くもの、私にアタックを続けるもの、あとは……」
(╹ω╹) 「あとは?」
(●人●) 「お前も含めた男同士のキャッキャウフフものだ。ちなみに私のイチオシは最後だな」
(╹ω╹) 「最後でなくて心底良かったです」