第79話 同じもの
「おらっ!」
「ちっ!」
振るわれた拳の速度は間違いなく今までで一番速く、そして重そうに見えた。このままの状態で受ければそれこそ打ち身や擦り傷などではすまないほどに。とっさに防御した両腕に纏う魔力を増やす。
ボグッ
拳と腕がぶつかったとは思えないほどの大きな音が響きそして私はそのまま吹き飛ばされた。自ら後ろに跳んだわけじゃない。耐えるつもりだったのにその拳の威力になすすべなく飛ばされたのだ。
空中で体勢を整えつつランディを見るが追撃するつもりは無さそうだ。両足と片手を地面に着き、少々それをえぐりながら勢いを殺して止まる。
「おぉ、受けきるとは俺の予想以上だ」
「少々驚きましたね。どんな手品を使ったんですか?」
本当に感心したようにこちらを見ているランディに軽口を叩きつつ問いかける。しかし内心としてはその言葉に反してかなりの驚きだった。クリスとしてランディと戦う経験をしたこともあったし、クリスが戦っているところを見ていたこともある。しかし今のランディの動きはそのいずれの時よりも格段に上だった。クリスと戦った時の方が確実に肉体も成長していたと言うのに。
「手品、手品ねえ。まあ一種の手品みたいな物かもしれないな。俺たち獅子族は魔力を放出するのがどうにも苦手でね、しかし体内に宿る魔力は少なくなかった。だから何かに使えないかと独自に研究を続けた訳だ。その結果がこれだな」
ランディが軽く拳を突き出す。特に何の変哲もないパンチだ。そしてもう一度拳を突き出した。風を切る音の聞こえるような素早いパンチを見せながらにやりと笑う。その腕は薄っすらと黄金色をまとっていた。
これは……
「まあある意味で獅子族の秘伝だからな。学園に入ったとしても使うつもりはねえよ」
「ならなぜ私に?」
「そうだな。俺はお前が気に入った。それだけだ」
「それだけ、なのですか?」
「ああ」
あっさりと断言したランディの言葉に一瞬あっけにとられたが、こいつの性格を考えればその言葉が嘘だと言うことは考えられない。思わず笑みが浮かぶ。
こいつはクリスに負けたとしてもこの技術は秘匿していた。何度も何度も挑み続け負け続けたと言うのに。ただ勝ちたいのではなく、自分の中の矜持を貫き、それでもなお、相手を越えようとしていたということだ。
そんなものをただ気に入ったという理由だけで私に見せた理由は良くわからないが、それでも私を認めたからこそ明かしたのだとはわかる。ならば……
「そうか。では私も見せてやろう」
全身に魔力を、黒を纏っていく。ランディが纏う獅子族特有の黄金色の魔力を塗りつぶすようにより濃く、より深く。
「お前、まさか?」
「秘密を打ち明けてもらったところで悪いが、それが自分たちだけの専売特許だとは思わないことだ」
驚きに顔を染めるランディに言葉を放ち、そして地面を蹴る。えぐれた地面を後に残し、低い姿勢を維持したまま駆けていく。目の前でランディが先ほどの私と同じように腕を前に出してガードを固めるのが見えた。避けて当てることも出来る。でも……
「くらえ!」
地面を踏み込み、その腕を目がけて思いっきり蹴りを放つ。「ぐっ」という苦しそうな声を発しながら斜め上へとランディが飛んでいく。とは言え私も蹴った反動をいなして体勢を整えなければならない。これだけの反動が来るのは久しぶりだ。
ランディへと向き直りそのまま立って待つ。吹き飛んだランディは両手両足を地面に着きその勢いを殺していた。地面に長々と着いた線を見ると爪を出したようだな。まあ出てしまったが正しいのかもしれんが。
ランディが止まり、そして一拍置いて両手を振りながら立ち上がる。腕は折れていないようだ。そして私を見て、その犬歯どころか歯茎まで見えるような笑みを浮かべた。
「面白い、本当に面白いな。まさか俺たちの秘伝を体得している部外者がいるなんて想像もしなかった。お前、人間だよな」
「失礼な人ですね。私は……」
人間です。と言おうとして言葉に詰まる。そもそも私は人間なのか? いや、フレッドとシャルルの娘として生まれたんだ。人間であるはずだ。たとえその中身が化け物だとしても。
もし人間でないのなら、人間として生まれるはずだったシエラは……化け物のワタシにとって変わられてしまったということなのか? いや、そうじゃない。何を考えているんだ。
思考がまとまらない。そんなことを考えても意味がないとわかっているはずなのに。
体が思うように動かず、地面を見つめる。今、ランディに攻撃でもされたらなすすべもないだろう。しかしそんなことはどうでも良かった。前まではそんなこと気にならなかったはずなのに良くわからない感情が心に溢れて押しつぶされそうだった。
ギネビィアの言葉が頭に響く。私はずっとクリスとは……
「まぁ、そんなことはどうでも良いんだけどな」
掛けられた言葉に思わず顔を上げる。そこには少し私から視線を外して空を見つめているランディが構えることも無く立っていた。なぜかその堂々とした立ち姿に少し見惚れる。
「俺はお前が気に入った。だからお前の役目が終わった時は俺の元に来い」
「何を言っているんですか?」
「早い話が俺とつがいに成れってことだ」
「はぁ!?」
真っ直ぐにこちらを見つめるランディの瞳に嘘はない。というよりこいつはそんな嘘がつけるような奴じゃない。しかし言っていることの意味がわからない。
つがいになれ、は獅子族のプロポーズの言葉だ。あまりにも動物的で、しかしだからこそ真っ直ぐに心に届く言葉だった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「パ〜ン、パ〜ン、パ〜ン、パ〜ン、パンパンパンパカ……」
(╹ω╹) 「えっと、何を歌っているんですか、お嬢様?」
(●人●) 「いや、なんとなく歌ってみたくなったのだ」
(╹ω╹) 「なんとなく、ですか?」
(●人●) 「うむ、通じると思っていた歌が通じないとわかって傷心の奴の傷をえぐろうなんて思ってないぞ」
(╹ω╹) 「やめたげて下さい」