第76話 ランディの思惑
「どういう意味だ。侮辱というのであれば……」
剣呑な雰囲気を醸し出すレオンハルトに対し、ランディは特に焦る様子もなく淡々と言葉を続ける。
「事実だ。お前には重大な欠点がある。まあなんでそんな欠点が出来たのか俺にはよくわからんが。それを十分に自覚させるためにダンジョンを探索していたんだろう?」
「お前には私に足りないものがわかるのか?」
「あー、本人には知らせてないのか。すると俺が言うのは良くないのか? しかし借りても良いって王妃が許可したんだし、まあ別に良いか」
レオンハルトの質問には答えず、ランディは自問自答して勝手にうなずいていた。そのマイペースな態度にレオンハルトのこめかみがピクリと動く。しかしそれ以上のことはなにもせず、じっとランディの答えを待った。この領に来てからずっとレオンハルトの頭を悩ませてきた問題の答えがわかりそうなのだ。それがあまり好ましいと思っていない相手からだとしてもほんのわずかな時間さえ待てないほど余裕がない訳ではなかった。
「まあ簡単に言うとだな、お前自分を作ってんだろ」
「はぁ? 意味が分からないんだが。食事や訓練、教養のことか?」
「いや、そうじゃなくってな。あー、なんて言ったらいいんだ? その時その時で、自分が違うって言うのか?」
「そんなことは人として普通だろう。時、場所、場合など様々な要因はあるがそれに応じて対応を変えるのは当たり前だ」
「だから違うんだよ。わかれよ!」
「お前の説明でわかれという方が無理だ!」
頭を苛立たし気に掻いていたランディだったが、自分の考えがレオンハルトに伝わらずだんだんと怒りのボルテージを上げていく。一方でレオンハルトも期待していたところに意味の分からない説明をされ、イライラを募らせていった。両者が無言でこぶしを構える。
そして話し合いは結局中断し、殴り合いが再開したのだった。
「あらっ、良い顔になったわね」
「これが良い顔ならば、母様の目は腐っていると思います」
「ずいぶんと辛らつね。そんなにランディ君が嫌い?」
レオンハルトが腫れた顔を使用人に治療してもらっているところにギネヴィアがやってきて笑顔で話しかける。棘のある言葉で返すレオンハルトの態度にもその表情を崩すことはなかった。
ギネヴィアの問いに、レオンハルトはふてくされた顔のまま不機嫌そうな声で答える。
「嫌いです。粗暴で言葉足らずですし、思慮も足らない。本当にあの男が獅子族の跡を継いで良いのか私は疑問ですね」
「まああそこは独特だから。求められているものが違うのよ。でも本当に思慮が足らないのかしら」
「どういう意味ですか?」
「彼は彼なりの言葉や行動であなたに何かを伝えようとしたはずよ。そうでなければあなたを借りたいなんて言わないわ」
「それは、そうですが……」
言葉に詰まるレオンハルトをギネヴィアは慈しむように優しく微笑みながら眺め、そして言葉を残し去っていった
「それに、あなたが人をそんな風に言うのは初めてじゃないかしら」
レオンハルトはその言葉にとっさに何も返すことは出来ずギネヴィアの背中を見送った。そして黙って治療を受けながら今日のことを、ギネヴィアからかけられた言葉を、そしてランディのことを考えていた。
翌日、前日に殴り合いをした場所にレオンハルトとランディはいた。昨日別れたときの傷などはすでに治療されており残ってはいない。とは言え記憶まで消える訳ではない。険悪な雰囲気になるかと思われた2人だったが、その空気は柔らかなものではないものの険悪とまでは言えないものだった。
「で、今日は何をするんだ?」
「んっ、妙に素直だな」
「お前が私に足りないものを教えてくれようとしているのは理解しているからな。方法はどうかと思うし理解はできないが、教えを受けるものとして最低限の努力はするつもりだ。お前は嫌いだがな」
「あー、まあ俺もお前が好きって訳じゃないし別に良いぞ」
お互いに嫌いと言い合ったのに逆に2人は笑っていた。そしてふと思いついたようにレオンハルトが真顔に戻して聞いた。
「私のことが嫌いならなぜ私に足らないものを伝えようと思ったんだ? 別にお前にはメリットがないだろう」
「あー、そのことか」
ランディがポリポリと鼻を掻き、少しばつの悪そうな顔をしながら鋭い犬歯を見せる。言いよどむランディに無言でレオンハルトが圧をかけると意を決したように大きく息を吐いてレオンハルトを見つめた。
「お前、あのクリスの婚約者なんだろ」
「もしかしてクリスに惚れたのか!?」
「違う、違う」
ランディが手を振りその言葉を否定する。不思議そうに首をかしげるレオンハルトにランディは少し赤く頬を染めながら言葉を続けた。
「俺が惚れたのは。あれだ。あのシエラって護衛騎士だ。強く、何事にも動じない意思を感じる瞳をしているのが気に入った。まあ少し小さいがあれだけ強ければ一族からも文句は出ないだろう」
「お前……」
「まあつまりお前がしっかりとクリスを支えればあいつの役目も終わる。役目を果たすまではどんなにアプローチしてもあいつはなびかん。そういう女だ」
「なぜそうまで断言できるんだ?」
「拳で語ればわかりあえるだろ」
自信満々に断言するランディを疑わしげな視線でレオンハルトが見つめるのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「ただそこにいるだけで男を魅了してしまうとは、私のような女を魔性の女と言うのだな」
(╹ω╹) 「えっと殴り合ってたような気がするんですが」
(●人●) 「私のような女を魔性の女と言うのだな」
(╹ω╹) 「えっと拳を構えないでいただけるとありがたいんですが」
(●人●) 「まあ、魔性の女らしく盛大に殴り飛ばして振るんだがな」
(╹ω╹) 「お嬢様の中の魔性の女像をちょっと詳しく聞いてみたくなりました」