第74話 薬師として
「で、そんな時にシエラ様がよ……」
「へー、そんなことが」
「他にもな……」
一波乱あるかと思ったラミルとロザリーの面会だったが、意外なことに楽し気に話がはずんでいる。まあもともとラミルは調薬バカだし、ロザリーも元とはいえエルフの薬師だ。話題のとっかかりとしては十分だったし、それに今ではなぜか知らないが私の話題で盛り上がっている。なんでだろうな。
盛り上がる2人をよそにお茶を飲んだりして時間をつぶしていたわけだが、少し一段落したのか会話が止まった。
「シエラちゃんは調薬についても詳しいのね」
「まあ事情がありまして」
「そうだ、シエラ様。もう聞いてみたのか?」
「んっ、そうか。そうだな」
「何かあったんですか?」
ラミルに促されて大切なことを聞き忘れていたことに気付いた。駄目だな。ロザリーとはずっと一緒にいたような気がしてしまって、もう聞いた気になっていた。
自分だけ通じない話に興味がわいたのかロザリーが身を乗り出して顔を寄せる。
「私が調薬について詳しいのは死神の薔薇という病の治療方法を探しているからなのです。ロザリーは知りませんか?」
「死神の薔薇かぁ」
ロザリーが遠くを見つめて何かを思い出すように目を細める。そして困ったような表情でこちらを見た。
「少なくとも特効薬があるって話は聞いたことがないかな。症例自体も少ないし、薬を投与する前に死んでしまうことが多い病気だしね」
「やっぱり、そうですか」
ある程度予想のついていた答えだった。でも長い時を生きるエルフたちであればもしかして手がかりくらいはと期待したのも確かだ。自然と私の声が落ちてしまったのでしんみりとした雰囲気になってしまったがロザリーが悪い訳ではない。
「まっ、シエラ様も気を落とすなよ。あの病の特効薬でも作れたらそれこそ国から褒美がもらえるだろう偉業だしな。簡単にはいかねえって。俺も協力するし」
「そうだな。ありがとう、ロザリー。変な空気にしてしまって悪かった」
ラミルの気遣いに気を取り直し、ロザリーに感謝を伝える。
ラミルには薬屋としてのネットワークを利用して情報収集を頼んでいるのだ。やはり個人で出来ることには限界があるしな。信頼できる者には遠慮なく頼った方が良いという教訓を私は嫌というほど知っているからな。
感謝を受けたロザリーは何というか微妙な顔をしていたが、しばらくしてポンと手を叩いた。
「薬に心当たりはありませんが、他の方法なら……」
「あるのか!?」
思わず胸倉を掴みそうになって慌てて自分の手を制する。もしかしたらシャルルを救うことが出来るかもしれないと考えたら自然に体が動いていた。私の大きな声にびっくりしたようで、ロザリーはその長い耳をピンと強張らせていたが、一息つくとコクリと首を縦に振った。
「エルフの伝承になりますが、聖女の使う奇跡の中に全治癒というものがあったはずです。その名のとおりいかなる病も怪我も死んでさえいなければ治ってしまうというかなり高度な奇跡ですね」
「聖女か……」
「聖女は嫌い?」
聖女と聞いた途端に苦虫を噛み潰したような顔に変わった私に気付いたんだろう、ロザリーが不思議そうにこちらを覗き込んでいた。同じようにラミルもこちらを見ている。
まあそれはそうかもしれん。聖女の世間一般のイメージは清純やら癒しやら救世主やらとやたらと良いものだからな。その実態を知っている私からしたら性悪の一言に尽きるんだがまあそれを言っても通じまい。
「奇跡には頼らないことにしている」
「ひゅー、格好良いね」
「そっか。でも、本当に必要なら奇跡に頼るのも悪くないとは私は思うな。それに来年の学園には聖女様が入ってくるんでしょ」
「よく知っているな」
「まあ、事情があってね」
しっ、と人差し指を立てて秘密だよ、と伝えてくるロザリーにそれ以上の追求をやめる。おそらく王城かどこかで誰かが口を滑らせたんだろう。
しかしやはり聖女か。あの女に頼るというのは避けたい。今世では今のところクリスに害しているということはないが、これまでの経験から考えて高い確率でクリスに悪影響を及ぼそうとしてくるだろうからな。
私がいろいろと動いたので状況としてはかなり変化しているとは思うが、あの女の影響力は信じられないほど高い。あの女に会ってしまえばレオンハルトもどうなるかわかったものではないからな。
しかし……
もし大図書館でどれだけ蔵書をあたっても手がかりすら見つからなかったらどうするのか? あてもなく各国を巡ったとしても偶然その手がかりが見つかるなんいうのはそれこそ奇跡のようなものだ。
可能性があると言えばロザリーの出身であるユーファ大森林のエルフたちに尋ねるくらいだろうが、エルフは基本的に排他的だ。特にエルフたちをさらっていく人間たちを嫌っている者も多い。特に深い知識を持つ高い年齢のエルフはその傾向が強いと本で読んだことがある。協力を取り付けるのはなかなかに難しそうだ。
大図書館で手がかりすら見つからないということを考えていないわけではなかった。そして自分自身、あの女であれば治癒できる可能性はあると思っていた。
でも改めて自分以外の者からそのことについて言われたとき自分の思っていた以上に心の中に黒い靄が広がっていった。正直に言ってしまえばあの女の手を借りるなんてまっぴらごめんだ。しかし現実的に考えたらどうだろうか。優先すべきはシャルルの命だ。それが救えるのであれば自分の気持ちを殺すことも必要なのかもしれない。
考え込む私の肩がポンと軽く叩かれる。顔を上げるとそこには安心するような微笑みを浮かべたロザリーがいた。
「深く考えすぎない方が良いわ。せっかく同じ学園に入るのだから仲良くしてみても良いんじゃない、って思っただけだから」
「そう、ね」
そんな返事をする私にロザリーが再び笑みを浮かべる。それはいつの日かクリスに向けられていた時のような優しい笑顔だった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「そういえば今日は無事生還した記念すべき日だな」
(╹ω╹) 「あれっ、そんなことありましたっけ?」
(●人●) 「なんだ。あれっくすは忘れてしまったのか?」
(╹ω╹) 「えっと、疫病は違いますし、オークも違いますよね。あっ、僕たちが国を出た日ですか?」
(●人●) 「違うぞ。仕方ない、ヒントをやろう。ダイヤモンドだ」
(╹ω╹) 「……すみません、本当にわかりません」
(●人●) 「岸辺○伴が吉良○影による惨殺事件から生還した記念日だろうが」
(╹ω╹) 「あぁ、第4部ですね。わかった人いるんでしょうか?」