第73話 ロザリーとのお出かけ
翌朝、家でダンの作った朝食に舌鼓をうち、そして若干元気のないアレックスに見送られ、私はスカーレット城のロザリーの客室を訪れていた。私の服装は白の生地に淡い橙色の太めのチェックのラインが入ったワンピースに薄手のズボンというクリスに買ってもらった街歩き用の普段着だ。
まあこんな格好でも私のことはスカーレット家で知らないものはいないため城の中を歩いていても咎められるようなことはない。たまにクリスに無理やり服を着せられて城内を歩かされることもあるので、使用人たちもいつものことかと見て見ぬふりをしてくれる。
そして目的の客室へとたどり着き、扉をノックした。
「シエラです。迎えに来ました」
「はーい。ちょっと待ってね。あっ、入ってきても良いから」
返事とともに室内からぱたぱたと歩くような音が聞こえてくる。外で待っているべきかとも考えたが、入ってきても良いと言われて入らないというのも遠慮したと受け取られてしまうだろう。ならば入るべきか。
意を決して扉を開け、そして即座に閉める。
「あれっ、なんで入ってこないの?」
「用意ができるまで外で待っています」
「そう?」
扉を開いた瞬間に見えた、なにも身にまとっていないその姿はまるで芸術品のような美しさだったが、さすがに他人の部屋で裸の主と一緒にいて心地よいと感じる訳がない。
クリスとして教えを受けていた時に抱いていた印象が崩れていくのを感じながら、部屋の中の音が静かになるのを扉の前に立って待ち続けた。
「お待たせ、シエラちゃん。かわいい格好だね」
「ロザリーは、独特ですね」
「まあ、これでもエルフだから」
冒険者が着るような薄緑のだぶっとしたローブはまだ良いとして、頭と同じ大きさはあろうかというほどのつばをもった黒い帽子が果てしなく似合っていない。ロザリーの言葉からエルフの耳を隠すための帽子だとはわかるが、逆に目立つんじゃないのか?
そんな私の気持ちが顔に出ていたのだろう。ロザリーはなんのことでもないように笑った。
「大丈夫。これを被ると変な奴だと思われて逆に近寄られないから。ほとんど顔も隠れるし」
「まあロザリーがそれで納得しているのなら私からは何も言いません。では行きましょうか?」
「そうだね」
自然に私の手を取ったロザリーの行動に少し驚いたが、見つめてもその手を放す気はなさそうだったのでそのまま歩くことにする。
まずどこに行きたいか聞いてみると、その疫病で私の代わりに薬を作った薬師のところが良いとのことだったので了承し、ラミルの薬屋へと向かって細い路地を進んでいく。ラミルの薬屋を訪れるのも久しぶりだ。私の、というかソドスの家に定期的に薬を持ってきてくれているので会う機会はあるのだが、直接ラミルの店を訪れるとなると数年ぶりではないだろうか。
かといって道を忘れていて迷うなどといったこともなくしばらくして道の先に小さな薬屋が現れた。5年前、私が疫病の治療薬を作ってもらおうと初めて訪れた時と変わらぬその店構えに小さく笑みを浮かべる。
今やラミルはスカーレット領の軍へ薬を納めているのだ。もちろんラミルだけが納めているわけではないが軍への薬を納めるということはかなりの収入が得られるということに他ならない。店を閉めて薬の作成だけしていても生活に困るなんてことはないだろう。しかしそれでも店を変わらずに続けたというところにラミルの心根が感じられた。
「邪魔するぞ」
「はーい。あっ、シエラ様」
「久しぶりだな。ラミルはいるか?」
「ちょっと待ってくださいね。あなた、あなたー、シエラ様よー」
店番をしていたラミルの恋人、いや4年も前に結婚しているから今は妻か、が私に笑顔を向け、そして店の奥へと声をかけながら小走りに駆けていった。どたどたした足音が奥から聞こえてきたかと思うと、全く身だしなみを整えていないだらけた姿のラミルが顔を出す。
「げっ、本当にシエラ様かよ」
「ずいぶんな挨拶だな」
「だってシエラ様が直接店に来るなんてぜってーなんか厄介ごとを頼みに来たに違いねえからな」
「そんなはずは……」
ラミルの言葉に、そういえば前回ここを訪れたときはどうして来たんだったかと記憶を探り、そしてそれが確かに厄介ごとだったことを思い出して言葉を止める。
前回直接ここに来たのは歓楽街で流行してしまった性病に対する治療薬の相談をした時だったな。場所柄のせいでなかなか調査を承諾する薬師がおらず、困ったエクスハティオに依頼されてラミルに頼むために私がここに来たのだ。
ちゃんと報酬も出たし、作成した薬自体もそれほど難しいものではなかった。問題はそういう店に通っていると妻に思われてラミルの家庭環境が崩壊しかけたことだけだ。まあ誤解を解くために私も動いたし、今も妻がこの店にいるということを考えれば大丈夫なはずだ。
しかも今回は特に薬の作成依頼というわけでもないしな。
「客人がぜひともお前に会いたいと言われて連れてきただけだ」
「客人? それって後ろの怪しい奴か?」
「お前、以前も思ったがその思ったことを口からすぐに出す癖は直した方が良いぞ。私が連れてきた段階でそれなりの身分の者だと少し考えればわかるだろう」
うわっ、しまったと慌てて口を抑えるラミルだがもはや後のまつりだ。とはいえその程度のことでロザリーが怒ることはないだろうが、本当に厄介なことになる可能性もあるしな。こいつには恩があるからそれなりに幸せに生きてほしいからな。
予想通りというかロザリーは気にした様子もなく、くすくすと笑いながらその似合わない巨大な帽子をとった。その美しい顔とピンと立ったエルフ特有の耳が現れる。ラミルが心奪われたかのように顔を赤くし、そして……
「いて!」
無言で妻に足を踏まれて悲鳴を上げた。本当に馬鹿な奴だな。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「らみる、奴はいったい誰なのだ?」
(╹ω╹) 「いやいや、街に来たとき散々お世話になりましたよね!」
(●人●) 「あれっくす。私は過去は振り返らない主義なのだ」
(╹ω╹) 「それ、ただ単に覚えていないだけですよね」
(●人●) 「あっ、思い出したぞ」
(╹ω╹) 「自分で思い出したっていっちゃってるし」
(●人●) 「作者的には好きなキャラだったのに話のテンポが悪くなるって出番を大幅に切られたあのらみるだな」
(╹ω╹) 「それは思い出さなくて良いですから」