第72話 思わぬ提案
昼になり、私たちは14階層までやってきていた。ペースとしては昨日と同じくらいだがレオンハルトの疲労度は比べるべくもない。連日の疲れが回復できていないし、なによりランディへ気を取られている分、無駄な体力を消耗しているからだ。
食事を兼ねた昼の長い時間の休憩でどれだけ疲労を回復させられるかな。
昨日と同じく私とシルヴィアが警戒にまわり、残りの4人が先に休憩に入った。アレックスが食事の用意をするのをランディはじっと眺めていた。
「なあ、なんでお前はいるんだ?」
ランディからレオンハルトに向けて発せられた言葉は嘲りの感情など全くなく、ただ単に疑問に思ったことをそのまま口に出しただけだとあいつのことをよく知っている私にはわかった。しかしそのことを他の皆にわかれという方が無理な相談だ。昨日会ったばかりなのだから。
その場の空気が一瞬にして冷えたものになる。
「ランディ様。あなたが我が国の重要な同盟国であるユーファ大森林の獅子族の後継者であろうとも言って良いことと悪いことがあるのですよ」
さすがにいきなり怒るようなことはせず、レオンハルトが丁寧にランディをたしなめる。しかしそのいつもより低い声色から、その裏に隠れる感情が垣間見えていた。
レオンハルトの言葉に少しの間首をひねっていたランディだったがお互いの認識がずれていることにすぐ気づき苦笑いを浮かべる。
「あぁ、違うんだ。お前を馬鹿にしたわけじゃない。単純な疑問だ。索敵や罠の発見に関してはそこのシエラの方が得意だろう。モンスターにしてもシエラとアレックス、クリスがいれば対応可能だ。お前の役目は先頭に立つことではなくて体調を万全にするために休むことだろう。なぜ、それをしない? あぁ、それと付け加えておくがダンジョンを探索中に敬称など不要だぞ」
「それは……」
「ふむ……」
自ら問いかけた疑問に答えを出すことのできないレオンハルトを見ながらランディが腕を組み、そして眉根を寄せて何かを考え始めた。そしてレオンハルトが結論を出す前に、ランディがその口を開いた。
「よし、帰るぞ」
「しかし……」
「王妃。レオンハルトを数日借りても良いか?」
「別に良いわよ」
「母様!」
レオンハルトの抗議の声を黙殺し、ギネヴィアがあっさりと許可を出した。その後もレオンハルトがギネヴィアに意見を続けていたがギネヴィアがレオンハルトの意見に首を縦に振ることはなかった。
そして私たちは昼食をとり休憩を終えるとダンジョンの探索を取りやめ、地上に向かって歩き始めた。その帰路は私がずっと先頭を歩き、レオンハルトは戦闘にさえ参加することは許されなかった。
「クリスが嬉しそうだったな」
「まあ殿下が来てからずっとダンジョンの探索でしたからね。久しぶりにゆっくりと殿下と過ごせるとなればそれは嬉しいでしょう」
「当の本人は不服そうだったがな。女心のわからん奴だ」
ランディの提案をギネヴィアが受け入れたことでダンジョンの探索はいったん取りやめとなり、そして明日は1日休みということになった。まあその1日で体調を回復させろというランディの指示だ。
久々の休みということで明日はレオンハルトとクリスはゆっくりとお茶会をしたり、スカーレット城を見て回る予定だ。まあギネヴィアが変な提案をしなければこれが普通だったんだろうがな。
私とアレックスに関しても連日クリスの護衛としてついていたので明日は完全に自由だ。今日の護衛も終わったので今から自由といえば自由なんだが、さすがに夜に出歩くのは面倒だ。
明日はスカーレット城から2人が出る予定はないので護衛は他の騎士たちに任せておけば問題はないだろう。
「それで明日はお前はどうするつもりなんだ?」
「そうですね。久しぶりに街で買い物ですかね。学園に持っていく用品は一通り揃えたんですが、レオンハルト殿下の話を聞いていていくつか買い足しておいた方が良い物があったので」
あぁ、そういえばダンジョン探索の休憩時間に学園の話が出ていたな。さすがに学園は王都にあるのでレオンハルトの方が学園に関する知識は豊富だったのだ。王城には学園の卒業生も多いのでおそらくいろいろな人から情報を仕入れたのだろう。
「お嬢様はどうされるんですか?」
そんなことを思い出しているとアレックスが覗き込むように体を傾げながら私を見てきた。私か。
「予定はないな」
そういった瞬間、アレックスの顔がぱっと明るくなった。予定がないといったのに失礼な奴だな。
「あの、もしよかったら僕と……」
「シエラ・トレメイン様ですよね?」
アレックスが何か言おうとしたが、その言葉は対面から歩いてきた別の人物の言葉に上塗りされて聞こえなかった。すらっとした立ち姿に、白い肌、ピンと立った長い耳という街ではまず見かけることのない種族、エルフの女がこちらを見ながらうっすらと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「ロザリー・ブノワ様、でしたね」
「あはは、様づけはあまり慣れていないんですけどね。ブノワの姓をもらったのも最近ですし。気軽にロザリーと呼んでもらえるとありがたいです」
「それでは私のこともシエラと。私も成り上がり者ですので」
「わかりました。シエラちゃん、で良いですかね?」
その言葉に首を縦に振る。見た目は若いがロザリーは私よりもはるかに年上のはずだ。私の見た目が年齢通りだったとしても彼女からしたら小娘のようなものだからな。
まあ呼び方などどうでも良い。それよりもわざわざロザリーがこんな夜に声をかけてきた理由を知る方が先だ。
「何か用ですか?」
「いえ、明日なのですがランディ様はご自身で何かやられることがあるようで私に自由にしていて良いと言われたのですが、さすがに城を自由に歩くわけにもいかず。かといって部屋で何もしないというのも無駄ですし……そう考えていた時にふと思い出したのです。シエラちゃんはこの街で流行っていた疫病の治療薬を作ったのですよね」
「実際に作ったのは別の者ですが、作り方は教えましたね」
「そうそう、それなんですよ。私も以前は旅の薬師でして、街を案内がてらそう言った話をしてもらえないかなと思いまして。駄目でしょうか?」
膝を曲げ、潤んだ瞳で私を見つめるロザリーの姿に笑みが浮かぶ。ロザリーが得るはずだった栄誉を私は奪ったのだ。その程度のことで恩を返したとは言えないが、彼女の助けになるならそれもまた良いだろう。予定もないことだしな。
「予定もありませんし、良いですよ」
「ありがとうございます」
私の手を握り、満面の笑みを浮かべたロザリーに笑い返す。そして客室へと戻っていく姿を見送った。部屋の扉が閉まる直前に小さくその手が振られるのが見えた。
「ふむ、思わぬところで予定が決まったな。んっ、どうしたんだ、アレックス?」
「いえ、何でもありません」
「そうか?」
あからさまに肩を落としている姿からは何でもないわけではないとわかるのだが、アレックスがそれを言おうとしないなら追求しないのが主としての度量だろう。
いつもより少し歩みの遅いアレックスに歩調を合わせながら明日のロザリーとの約束に少し私の心は踊っていた。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「はぁ」
(●人●) 「むっ、どうした? お通じが来ないのか?」
(╹ω╹) 「違います! と言うかナチュラルにシモの話をしないでください」
(●人●) 「人間である限り離れられない事なのだから仕方ないだろう」
(╹ω╹) 「いや、まあそうですけど」
(●人●) 「では問題ないな」
(╹ω╹) 「はい、って騙されませんよ。それとこれとは話が別です」
(●人●) 「チッ」