第70話 ランディの事情
夕食までの間、ランディのお遊びは続きそれなりに満足してもらったようだ。歓迎の宴の準備が出来たと言う連絡が来てあっさりと引いたことからもそれがよくわかる。
ランディは本気を出していないし、私が本気ではなかったこともわかっているだろう。近接戦闘だけに限ればおそらく学園でもトップの実力者だ。魔法を使えなければアレックスでは叶わないし、クリスでも良くて五分五分といったところだからな。
「しかしこれだけの体重差というのは近接戦闘においては致命的だな」
薄汚れた自分の騎士服のズボンを見ながらため息を吐く。
ランディの拳をまともに受けたわけではないし、防御を抜けてかなりのダメージが通ったというわけではないがランディの重い拳を受け止めたことによってかなり後退させられたのだ。地面をすり、舞い上がった土によってズボンが汚れたというわけだ。
スタンピードの時のように地面に片足を突っ込んで固定するという手段がとれない訳じゃあないが考えなしのオークたちとは違い戦いの経験も豊富でセンスもあるランディにそんな方法が通じるはずがないしな。
外へと放つ魔法が使えず、魔力を纏うことで身体能力を向上させている私の戦闘スタイルは近接戦闘にならざるを得ない。しかし成長しない私の体は不利にしかならない。体重差しかり、リーチしかりだ。その対策をしなければいけないとは常々思っていたのだが、なかなか難しかった。さすがに本気で命を狙ってくるモンスター相手に舐めた真似はできないしな。
そう考えると迷惑でしかないと考えていたランディの来訪はある意味で私にとってメリットがあるとも言える。実力が有り、しかも戦いを好んでいる。クリスやアレックス、そして騎士たち相手では出来なかった戦い方でもあいつなら大丈夫だろう。ランディの戦いに関する考え方は強い奴が全て、だからな。
「お嬢様、どうして笑っているんですか?」
「んっ? 笑っていたか?」
「はい」
晩餐の警備に参加するためにはこんな汚れた格好でいるわけにいかず再度の着替えを行うために自室へと戻っていたのだが、その手伝いをするためについてきたアレックスにそんな指摘をされる。確かに目の前の鏡を見ると私の顔は笑っていた。
ふふっ、そうだな。戦いを好むという面だけで見れば私もランディも同じなのかもしれない。
しかし一方でアレックスの顔は不服そうだ。取り澄ましているようだが、長い付き合いである私にはその端々から隠しきれない感情を読み取ることができた。
「アレックスは不満そうだな」
「いえ、そんなことは」
「隠すな。今は私とお前しかいない。お前の気持ちがわからないほど愚かな主人ではないつもりだぞ」
「……」
私の言葉にアレックスの顔が僅かに歪む。こういうところはまだまだマーカスには及ばないな。まあ年齢も経験も段違いなのだから仕方のないことだが。
しばしの間アレックスは沈黙し、そしてゆっくりと口を開いた。
「なんなんですか、あの人は。いきなり人の都合も考えずやって来て、しかもその理由が戦いを挑むためなんて。非常識すぎます」
「非常識か。くくっ、確かにな」
アレックスの素直すぎる言葉に思わず笑う。確かに一般的な考えからすればランディの行動は常識から外れているとしか言い様がない。しかもそれをしているのが立場が上の者ということがアレックスには引っかかっているのだろう。日頃模範的な貴族であるクリスの相手をしているのだからなおさらだ。
しかしあいつが強さに貪欲なのも理由がないわけでもないんだがな。まだその辺まで考えが及ばないか。知識としては知っているのかもしれないがな。
「あいつの出身のユーファ大森林は特殊な土地だ。西はローラン帝国、東はイムル聖国と接している。ローラン帝国は領土を広げるために侵攻してくるし、イムル聖国は人間至上主義で獣人やエルフたちをモンスターに類するものとして敵視している。それは知っているな」
「はい」
「ユーファ大森林の7大氏族、特にあいつの獅子族はその戦いの最前線に立つ部族だ。そして種族の慣例で族長がそれを率いるそうだ。それが意味するところはわかるな」
「……はい」
ゆっくりと私の言葉を噛み締めるように考え、そして返事をしたアレックスの頭をつま先立ちして撫でる。
そもそもカラトリア王国とは考え方が違うのだ。指揮を取る族長が死ねば味方は大混乱に陥るだろう。だからこそ族長にはなにより強さが必要なのだ。背負っているのは自分だけでなくともに戦う同胞全ての命だ。父親の姿を見て育ったランディはなによりそのことを承知しているからな。
「しかしお嬢様は詳しいですね、流石です」
「まあな」
本当に感心したようにアレックスに言われ、少し居心地が悪くなる。私がそのことを知っているのは6度のクリスとの人生の中でランディ自身がクリスに語ったからだ。その覚悟を知っているからこそ私はランディを憎みきれないのかもしれないな。
「さて、行くぞ。遅れてしまう」
「はい」
着替えと支度を終え、アレックスを伴ってクリスたちの待つ部屋へと向かう。動いたことで少しお腹が空いているが我慢できないほどではない。時間があれば何かつまんだんだがな。
ランディを歓迎する晩餐なので私やアレックスが一緒に食べることはない。長引かなければ良いんだがな。
歓迎の晩餐はつつがなく進んでいる。多少言葉遣いは荒いが、ランディの所作は洗練されている。まあ国の代表とも言えるのだからそういった教育も受けさせられているのは当たり前か。
このまま何事もなく終わればいいんだがな、と壁際で警備しながら考えていたのが悪かったのか、いや、ランディの性格を考えればそれは必然だったのかもしれない。
最近私たちがダンジョンを探索していることが話にあがり、そしてそれを聞いたランディが楽しげに顔を歪ませたのだ。私にはそれだけでこいつが次に何を言うのかがわかってしまった。
「では俺もそれに参加させてもらおう。学園が始まるまでにはまだ時間もあるからちょうど良い」
レオンハルトやクリスは驚きの声をあげていたが、わざわざ迷宮探索のことを話題にあげたギネヴィアは静かに笑みを浮かべているだけだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「お嬢様! レビューですよ、レビューされました」
(●人●) 「あぁ、そうだな」
(╹ω╹) 「あれっ、どうしたんですか? テンションが低いですけど」
(●人●) 「忘れられたからだ」
(╹ω╹) 「えっ?」
(●人●) 「まあ、始末はつけたがな。レビュー感謝する」
(╹ω╹) 「ありがとうございました」