第69話 ランディの訪問理由
ロザリーは私にとってはとても見慣れた澄ました表情でランディの背後に控えている。あれはロザリーの対外用の顔だな。
ロザリーの種族であるエルフは非常に特殊だ。人間の美醜の基準では総じて美男美女ばかりであり、人間に比べて非常に長寿であることで知られている。筋肉がつきにくい体質のせいか直接剣を交えるようなことは苦手としているが弓、魔法、調薬などを得意とする者も多くその中、長距離の戦力はユーファ大森林の中でも随一と名高い。
一方でその優れた容姿に目をつけた奴隷商人などから常に狙われているためユーファ大森林以外で見かけること自体がまずない種族なのだ。薬師をしながら一人旅をしていたと言うロザリーはエルフの中でもかなり変わり者といえるだろう。
薬師として疫病の蔓延した街を訪れ、救い、そしてスカーレット領の貴族に叙され、疫病によって亡くなった家庭教師の代わりとして学園に入るまでの5年間、クリスと共に過ごしたロザリーは大いにクリスの人格形成に影響を与えた。
クリスがどこまでも気高く、努力を怠ることなく常に上を目指し、そして人の上に立つ者としてあるべき自分の姿を確固たるものとしたのがこのロザリーの教えだったのだ。
しかし今は違う。彼女が居るべきだった居場所には私がいるからだ。
そうだ。私がクリスのためにしたことは本来であれば彼女の功績だったことをかすめ取ったに過ぎないのだ。それによってクリスが救われたということは確かなのだが、それでもロザリーがどうなってしまったのかを考えなかったはずがない。
私自身、ロザリーには感謝してもしきれないのだ。
母親を亡くし、領地を立て直すために奔走する父親とはすれ違い、1人になってしまったクリスを支え、行く先を照らしてくれたのはロザリーだったのだから。
「……エラ、シエラ」
「は、はい! 何でしょうか?」
ロザリーを見つめたまま半ば思考が飛んでいっていた私だったが、クリスの呼びかける声で正気に戻る。そこにはいつの間にかギネヴィアやレオンハルトもやってきていた。私の反応が面白かったのかロザリーが小さく笑みを漏らす。
「大丈夫? 疲れているようなら今日のところはランディ様にも遠慮してもらおうかと思うのだけれど?」
「いえ、疲れは大したことはありませんが、遠慮とは?」
話を全く聞いていなかったせいか理解が全く追いつかない。ちょっと困ったような顔でクリスが言葉を続けようとしたが、それを遮るようにして犬歯をむき出しに笑うランディが身を乗り出してこちらへと威圧を放ってきた。
「俺と戦って欲しいんだよ。オーク相手に無双したんだろ、お前」
ランディの戦うことが心底楽しみで仕方ないということが丸わかりの表情にある種の懐かしさを覚える。あの顔をしている時のランディに何を言っても無駄だ。どんなに正当な理由があろうとも戦うことが出来るまで食い下がってくる。それこそどんな手を使ってでも。
というよりも、まさか……
「もしかしてスカーレット領に来たのは私と戦うためですか?」
「そうだ。留学の挨拶で王城へ行ったんだがその時に先の戦争時のスタンピードの話を聞いてな。俺と同じ年齢で強そうな奴がここにはゴロゴロいるって話だったからな。早速来たってわけだ」
舌なめずりをしながらランディの視線が動いていく。その先にいるのは私、クリス、そしてアレックスだ。ランディの威圧を受けても誰も表情を崩しもしていないことにランディは逆に嬉しそうに笑みを増している。
理由を聞いて納得した。確かにこいつの思考回路ならそういった行動になることも十分考えられる。
「わかりました。それでは訓練のお相手を務めさせていただきます」
「ハッ、余裕だな。もし怖いなら3人同時でも構わないんだぜ」
「発言は自分の実力を把握なさってからされた方がよろしいかと思いますよ。あなたの恥は獅子族全ての恥になりかねませんから」
「ちょ、お嬢様!」
私の発言にアレックスが動揺して慌てて止めようとしてくるが、当のランディは面白そうに私の顔を眺めているだけだ。獅子族の後継者だなんだと肩書きは大層なものを背負っているがコイツに対して遠慮する必要はない。
こいつの考えはシンプル。
強いものが偉い。
それだけだからな。まあ獅子族にもその傾向があるらしいが、その中でも特にこいつはその意識が強いらしい。だからこそ貪欲に強さを求めているのかもしれないがな。
突然の来訪者の歓迎を含めた夕食の準備が整うまでという条件付きで私とランディはスカーレット城の奥にある兵士たちの訓練場で対峙していた。クリスたちが見守る中、障害物など全くない平らな地面の上で10メートルほど離れてにらみ合う。
「本当に武器はいらねえのか?」
「むしろ必要だとでも?」
「舐めてんじゃ、ねえ!」
嘲りの笑みを浮かべて軽く挑発すると、案の定ランディが私に向かって一直線に突っ込んで来る。
獣人の身体能力は人間に比べて高く、その中でも獅子族は素早いだけでなくそのしなやかな筋肉から繰り出される一撃はまさに必殺と呼んで良いほどの威力を持っている。その獅子族の中でも実力者であるランディの攻撃が軽いはずがない。
「おらっ!」
低い重心から私の顔めがけて突き出された拳を見て笑みを浮かべる。そしてその拳をそのまま片手で受け止めた。体重差のせいで私の体がずりずりと後退するが攻撃が全く効いていないことはランディ自身が何よりよくわかっているだろう。
「やるねぇ。少し本気を出そうかなっ、と!」
「そうですね。夕食の準備が出来る程度には頑張ってください」
「言ってろ」
振るわれる拳をあえて受け止めていきながらランディの相手を続ける。こいつも本気じゃない。本気ならば獅子族の本当の武器である爪を使わないはずがないからだ。だからこれはただの遊びだ。相手の強さを測るためのな。
「ハハッ、楽しいなぁ、おい!」
「それは良かったですね」
楽しげに笑いながら戦うランディの姿は野性味に溢れ、そしてどこまでも純粋だった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「ろざりーも出てきたしこれで物語の主要な人物は出揃ったな」
(╹ω╹) 「あれっ、この前忘れられてたって……」
(●人●) 「出揃ったな!」
(╹ω╹) 「そうですね」
(●人●) 「なぜろざりーがいるのか、それが今後のキーとなるのだ」
(╹ω╹) 「おおー、何というか予告っぽいですよ。お嬢様」
(●人●) 「次回、行き倒れ薬師の成り上がり、お楽しみに」
(╹ω╹) 「………」