第65話 ギネヴィアの願い
「承知できません。私の役目はお嬢様の護衛です。罠を故意に見逃せば万が一のこともありえます」
「王妃である私の命令でも?」
ふっとギネヴィアが笑みを消し、声を落とし目を細めてこちらを威圧してくる。王妃と言う立場ゆえかそれともそもそもギネヴィアの才能なのかわからないがそれなりの圧は感じる。でもそれだけだ。
その程度の圧に屈し、クリスを危険に晒すなどありえない。
「私の忠誠はクリスティ様にのみ向けられています。カラトリア王国に、スカーレット領に奉仕するのはそれをクリスティ様が望んでいるからに過ぎません。もしクリスティ様に牙をむくと言うのであれば……」
ギネヴィアに向けて一瞬だけ本気の殺気を放つ。私の中に沸き上がってくる黒い、黒い感情がギネヴィアの全身を貫いていく。ギネヴィアが苦しげに顔を歪め、息を止めたのを確認してすぐにそれを霧散させる。警告はこの程度で十分だろう。
「相手がどんな立場であれ、たとえ国であったとしても牙をむきましょう。手足がもがれたのなら這ってでも喰らいつきましょう。まあそんなことは無いと信じていますが」
「……」
ギネヴィアが大きく息を吐く。そして呼吸を落ち着けるのをしばし待った。やり過ぎだったかもしれないとは思わなくもないが、譲れない一線を軽々しく越えようとしてきたのだから仕方がない。要望をただ受け入れていればいつか取り返しのつかないことになるのかもしれないのだからな。
今回の件についてはおそらく大丈夫だろう。もしこの程度反抗したくらいで罰を与えるような狭量な者ならば最初から命令という形で指図したはずだ。それをあえてお願いとしたのだから度量が広いのか私にある程度の価値を見出しているか。まあ両方かも知れないしその他の理由があるのかもしれないが少なくとも大事にはならないだろうしな。
しばらくして呼吸を落ち着けたギネヴィアがこちらを向いた。しかし私の全力の殺気をぶつけられたのにも関わらずその視線は真っ直ぐ私を見ていた。
「あなたの覚悟はわかったわ。でも私は考えを変えない。罠を見過ごしなさい」
そう言い切ったギネヴィアの瞳には怯えの色が混じっていた。それにも拘らずそう言い切った姿に、その強固な意思に自分に似たものを感じて興味が湧く。
「理由を聞かせてください」
「レオンハルトを鍛える為、と言う理由ではダメなのよね」
首を縦に振って肯定する。ギネヴィアが視線をそらし、私もそちらへと視線をやると楽しげに話しているレオンハルトとクリスの姿があった。
「あの子の事をどう思う? クリスにふさわしいと思うかしら」
「頭もよく武術にも優れた殿下であればクリスティお嬢様にふさわしいと思います」
棒読みで建前を答える私にギネヴィアがくすくすと笑う。
「ふふっ、わかりやすいわね。そんなに嫌い? でもあの2人が将来結婚するのは決まっているわ。つまり支え合う必要があるということよ。そのためには今のレオンでは力不足よ」
「それはわかりますが……」
「それにね」
断ろうとする私の気配を察したのかギネヴィアが私の言葉を強引に止める。そして私の目を見ながら諭すように話し始めた。
「それにあなたがずっとクリスについていられるわけではないのよ。今はずっと一緒にいられるのかもしれないわ。でもこれから先、クリスはクリスの人生を、あなたはあなたの人生を歩んでいくことになる。いつか道が分かれることがあるかもしれないのよ」
「そんなことはない。私はいつでもクリスと伴にいる」
「でもあなたはあなたの目的があってこの国に来たのでしょう。それに護衛騎士を続けたとしてもいつでも一緒というわけではないわ。そんな時に最もクリスの近くにいるのは婚約者であり、いつかは夫になるレオンなのよ」
その言葉にドクンと胸の鼓動が妙に大きく響いた。確かにクリスのことは何よりも大切だ。しかし私の中に存在しているであろうシャルルのことを忘れたことはない。あの太陽のような笑顔を、私を心から愛してくれた温かさを忘れることなんてできるはずがない。
ここに来てからも病気を治療する手がかりを得るために情報収集を欠かしてはいないし、マーカスにも手を尽くしてもらっているのだ。それでも手がかりさえないが。
現状で一番大きな可能性としては王都にある大図書館だろう。しかしそこでも手がかりが見つからなかったら。私はどうするのだろう。
私はクリスの死を回避することに力を注いできた。でもギネヴィアの言葉で気づいてしまったのだ。逆に言えば私は2年後までのことしか考えていなかったのだ。
クリスが学園の2年生の時にいつもクリスは断罪され死んだ。もちろんそれは絶対に防がなければいけないことなのだが、防いで終わりというわけではないのだ。クリスが生きるということはその後の人生が新たに始まるということを意味しているのだから。
学園を卒業し、レオンハルトと結婚し、スカーレット領を支える一貴族の婦人としてクリスは新たな人生を歩み始めるはずだ。
そこに私は必要なのだろうか? クリスの死を回避したことで化け物である私がクリスのそばにいる必要はなくなるのではないか? もしシャルルを救う手がかりが見つからなかったら私は……
思考の渦に飲み込まれそうになったその時、ふわりと私の頬に柔らかな手が添えられた。視線を上げるとそこにはどこかシャルルに似た眼差しで私を見つめるギネヴィアがいた。
「ごめんなさい。あなたの決意を惑わすつもりはないのよ。でもあなたがいない時にクリスを支える人は多い方が良いでしょう。だからお願いしたいの」
「……わかりました」
その眼差しに反抗する気がどうしても起きず、確かにクリスを支える人材は少しでも多い方が良いだろうと自分で自分を納得させ、私はギネヴィアの願いを承諾した。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「うーむ」
(╹ω╹) 「あれっ、珍しいですね。何かお悩みですか?」
(●人●) 「そうだな。ちょっとこれからの事について考えていてな」
(╹ω╹) 「うわっ、お嬢様がなんかまともなことを言ってる」
(●人●) 「馬鹿者!」
(╹ω╹) 「へぷぅ」
(●人●) 「私はいつも真面目だろうが。いついかなる時もくりすの敵を抹殺する計画を練っているのだぞ。私のどこが不真面目と言うのだ」
(╹ω╹) 「あぁ、いつものお嬢様でした。それで何を悩んでいたんですか?」
(●人●) 「ふふっつ、聞いて驚け。それはな……次回へ続くのだ!」
(╹ω╹) 「後書きって次回に続くものでしたっけ?」