第61話 本人不在の話し合い
夜も更けクリスティやシエラがベッドへと入ったころ、ギネヴィアはシルヴィア一人を伴にある一室を訪れていた。薄ぼんやりとした明かりに照らされたその部屋にはエクスハティオとメリッサが待っており、その目の前のテーブルには数本のワインと軽食が置かれている。
3人が軽い挨拶を交わし、シルヴィアが一礼をして退出する。そしてまるで我が家であるかのようにソファーへと身を委ねるギネヴィアへエクスハティオの鋭い視線が飛んだ。
「王妃様……」
「ヴィア姉さまよ」
「ぐっ、ヴィア姉さま。どういうおつもりですか?」
「どうもこうも、さっき言った通りなんだけどね」
空のワイングラスを差し出したギネヴィアにしかめっ面のままエクスはティオがワインを注いでいく。香りを少し楽しみ、そしてギネヴィアは一口それを口に含み頬をほころばせる。
「お姉さま。私にもわかりません。レオンハルト殿下の何が不足しているというのでしょうか。話に聞く限りではとても優秀だと伺っていますが」
「そうね。まあ優秀よ。ヴィンセントには及ばないけれど努力しているし、少し前までは多少卑屈なところはあったけれどそれも改善してきているわ」
「それならばこのようなことは必要ないのでは?」
その言葉にギネヴィアが無言で首を横に振る。それは明確な否定だった。しかしなぜそこまで否定するのかエクスハティオにもメリッサにも理解は出来なかった。そしてその理由をなぜギネヴィアが言わなかったのかも。
そんな2人に向けてギネヴィアがその顔を物憂げな表情へと変化させながらゆっくりと口を開く。
「そうね、言うなればあの子は温室で大事に育てられた花なのよ。とても綺麗な花を咲かせているけれど、同時に外へ出てしまえばすぐに枯れてしまう、そんな花。そんな子にクリスちゃんを任せられないでしょ」
その言葉に2人ともが黙り込む。ギネヴィアが言わんとしていることがやっと理解できたからだ。その未熟さを補うためにも今回無理やりダンジョンへと向かわせることにしたのだろうと。
黙って向けられる2人の視線を受けながらギネヴィアが手に持ったワイングラスを空にする。今度はメリッサがワインを注いでいった。「ありがとう」と小さく返事をし、そしてギネヴィアはふふっと微笑んで先程までの雰囲気を自ら変えた。
「レオンのことはもういいわ。それよりあのシエラって子のことはどうなのよ。エティのことだから調べたんでしょ」
「シエラについてですか。確かに調べましたがそう大したことはありませんよ」
「それでも良いから聞かせてちょうだい」
「わかりました」
エクスハティオがシエラに関する調査結果を報告していく。シエラがこの街に来てから既に4年が経過した。一貫して行われてきたクリスティに対する献身に疑いようはないと今では思っているエクスハティオではあるが、それでも2年ほどは調査をし続けたのだ。得られた情報は少なくはない。
シエラの家の状況、バジーレ王国からカラトリア王国へと出奔した理由、それだけではなく元々シエラの父親の商会であったトレメイン商会の現状までエクスハティオが語っていく。それをときおりワインを口に含みながらギネヴィアは聞き、そしてすべてを聞き終えたところで呆れたような顔で見返した。
「エティ。あなたあの子を第2夫人にしたいとか言い出さないわよね」
「どうしてそうなるんですか!? 私が生涯愛するのはメリッサだけです」
「それもどうなのよ。王都でも結構言われたわよ。スカーレット侯爵は領を引き継ぐという重要性を軽んじているのではないですかな? ってね。もっと婉曲な表現だったし、カリエンテが生まれてそういうのはかなり減ったけどね」
「言わせておけば良いのです。どうせ自分の娘などを第2夫人へなどと思っているのでしょうから」
憤まんやるかたないといった様子で怒るエクスハティオを見ながらメリッサがふふっと嬉しそうに笑う。
実際、侯爵家ともなれば世継ぎの問題は非常に重要なことだ。そのため第2、第3夫人を持つということも当たり前である。メリッサしか妻のいないエクスハティオの方がおかしいとも言える。
しかしエクスハティオはメリッサ以外の妻を娶ることなど考えていなかった。それが継承権第2位であった頃から支え続けてくれたメリッサに対する愛ゆえの行動だとこの場にいる誰もが知っていた。
「はいはい。お熱いことで。良かったわね、メリッサ」
「はい」
嬉しげに返事をするメリッサに微笑み返し、そしてギネヴィアが再び顔を真剣なものに戻す。
「エティの調査の結果から考えてシエラが他国のスパイとかそういったことはなさそうなのね」
「そうです。これまで4年間見てきましたし、それにスパイならば先日のスタンピードの時に自分だけでも逃げていたでしょう。シエラにはそれだけの実力がありますから」
「クリスにも本当に献身的に尽くしてくれているし、でも……」
「何かあったの?」
言葉を詰まらせたメリッサにギネヴィアが顔を寄せる。メリッサはしばし困ったような顔で思案し、そして小さく首を振ってから曖昧な笑顔を浮かべた。
「たまにシエラのことが心配になるんです。あの子がクリスの幸せを願ってくれているのは疑いようもないのだけれど、そのせいで自分をないがしろにしている気がして」
「護衛騎士なのでしょ。そういうものじゃない?」
「違うんです。崇拝、とでも言ったら良いのか。もっと深い部分で依存しているというのか。すみません。うまく言葉に出来ないんですけれど」
申し訳なさそうに眉を寄せながら言われたその言葉にギネヴィアがしばし考え込む。メリッサの人を見る目の確かさを知っているギネヴィアだからこそその言葉の重要性を感じ取っていた。
(約1か月で見極められるかしら)
不安が胸をよぎるが、そんなことを表に出すはずもなくギネヴィアはふっと小さく笑った。
「シエラについては私も気にかけておくわ。じゃあ明日からのダンジョンの探索についてだけれど……」
明日以降のダンジョン探索の提案が始まり、その話し合いは最終的に深夜まで及ぶのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
_(。_°/ 「………」
(╹ω╹) 「ですよねー」
(●人●) 「うむ、悪は滅びた」
(╹ω╹) 「まあ、本当に滅ぼしたら話が止まっちゃいますけどね」
(●人●) 「おおっと、あれっくす。そういうメタ発言はご法度だぞ」
(╹ω╹) 「えっ、今まで散々……」
(●人●) 「ご法度だぞ」
スチャ
(╹ω╹) 「ですよねー」