第55話 褒美の手紙
その後のお茶会は穏やかに進み、レオンハルトの態度もどことなく今までよりもクリスに対して親愛を深めているように見えた。今までは紳士的で優しくはあったのだが、そこに愛情というものが含まれているかと言えばわからなかったからな。まあそんな態度でもクリスはレオンハルトのことを愛していたのだが。
基本的に高位の貴族の婚姻に本人の意思が介入することなどありえない。釣り合う格というものもあるし、好きに婚姻を結ばせて家同士の結びつきが強くなりすぎる可能性もあるからだ。だからこそ王家や貴族の意向によって相手が決められるのだ。
それをクリスもわかっていた。その上で自分の好きなレオンハルトと婚約者となれたことを幸せに思っていたのだ。今はまだレオンハルトが自分を愛しているとまでは言えなくても自分が愛し、支えていけばいずれと考えていたからな。
とりあえず今までよりも2人の関係は進んだようだ。これで聖女に誑かされることがなくなれば良いんだがな。
お茶会を終え、上機嫌なクリスを連れて屋敷へと戻る。クリスもレオンハルトの変化に気づいているのかやたらと饒舌だ。あいつの話を聞くのは好きではないが、クリスの幸せそうな顔を見ることが出来るのだから我慢するしかない。そんな複雑な胸中で馬車内を相づちを打ちながら過ごし、若干頬が引きつってきたあたりで屋敷へと着いた。
「じゃあシエラ。また後で」
「ああ」
まだまだ話したりないと言う雰囲気を感じられる笑顔のクリスを見送り、その姿が見えなくなったところで小さく息を吐く。そして私もアレックスの待つ自室へと歩を進めた。
自室の扉を開けるとアレックスが備え付けの机へと向かい頭を抱えているところだった。
「戻ったぞ」
「あっ、すみません。お嬢様」
「気にするな。それに今は同格の貴族だからな。お嬢様呼びもどうかと思うぞ」
「関係ありません。僕にとってお嬢様はお嬢様ですから」
慌てて立ち上がるアレックスに苦笑しながら返すと真剣な表情でそんなことを言われた。
アレックスが名誉男爵になったため、昨日私の使用人を辞めるように言ったのだが、それはアレックスに断固拒否された。同格の貴族に仕えると言うことはあまり良いこととは言えないのだがな。まあ名誉貴族の場合、そこまで縛りが厳しいわけでも無いから問題はないかもしれないが。外聞以外は。
名誉男爵になったことで国から生活するには十分な金が支給され続けるにも関わらず私の使用人として働こうとしてくれる気持ちは嬉しいんだがな。
「まあ良い。それより何を悩んでいるんだ。わからないことでもあったか?」
「いえ。お嬢様を支えるためにある程度の知識は入れていましたのでそこは問題ないのですが……家名が思いつかなくて」
「ふむ」
家名か。確かに庶民にとっては身近とは言い難いものだからな。このカラトリア王国では家名を持つのは貴族のみだし、元々住んでいたバジーレ王国ではここよりは家名を持つ者は多かったもののそれでも私の家のような大きな商家くらいなものだった。自分の名前が増えると言うイメージが湧かないのだろう。
まあ名誉男爵なのでアレックスのみの問題だからあまり気にする必要もないとも言えるのだが名誉爵位でも子供に引き継ぐこともあるしな。まあそこまで考えているとは思えんが。
と言うより……
「そんなに悩むのならトレメインで良いんじゃないか?」
「ええっ、良いんですか!? もしかして……そう言うことですか?」
「んっ?」
良くわからんがアレックスが喜色を浮かべてこちらを見ている。そんなに名前を考えるのが面倒だったのか? そうならさっさと伝えてやれば良かったな。
「お前やマーカス、ダンやヘレンは私にとって家族だからな。気兼ねなく同じ家名を使うと良い」
「あぁー。……そうですよね。家族……家族ですもんね」
いきなり遠い目をしだしたアレックスの姿に声をかけようかとしたところで扉がノックされ、そして部屋に使用人の男が入ってきた。
「失礼いたします。シエラ様宛にお手紙が届いております。先日与えられた褒美に関する手紙だそうです」
「ありがとうございます」
手紙を受けとりその内容に目を通していく。私に与えられたバトルアックスの来歴などがそこには記されていた。どうやらこのバトルアックスは百年以上前にダンジョンにて発見された物でそれを見つけた冒険者が貴族位を得た時に王家へと納めた物らしい。炎を纏うなどの特殊な能力は付随していないものの硬く、それでいてしなやかなため決して壊れないという特徴があるそうだ。私向きの武器と言えるだろう。
「ふむふむ、んっ?」
おおよその内容を読み終え、最後に記されたその筆者の名前に目を止める。そこに書かれていた名前はアンドレア・イース・アンダーウッドというものだった。
「どうかしましたか?」
「んっ、いや。褒美の来歴等が書いてあったのでな。読むか?」
手紙をひらひらとアレックスに見せてやるとアレックスは首を横に振って再び悩み始めた。私と同じ家名にしても良いが、自分で気に入る家名があればそれでも問題はないからな。まぁ好きなだけ悩めばよいだろう。
アレックスの視界から外れ、再び手紙へと目を落とす。この手紙があの男からのものだとしたら単なる手紙ではない可能性の方が高い。それを読み解くためにもクリスと過ごした6度の記憶を辿りながら繰り返し目を通していくのだった。
翌日、アレックスは貴族としての教育を受けるために出かけ、クリスもなにやら用事があるらしく屋敷へと残らなければならないと言うことで私は1人で街へと繰り出していた。
丁度良かったと言うか、あいつの事だからきっとこの日を見越していたんだろうがな。
昼の少し前という時間のせいか、王都の人の流れも少し落ち着いてきているようだ。そんな中をすいすいと進み、だんだんと人通りが少なくなっていく方向へと進んでいく。まぁ、これから向かう場所にとってこの時間は夜のようなものだからな。
しばらく歩くと豪華な宿のような建物が並ぶ通りへとたどり着いた。その割に通りには人気はほとんどなく、数人の少女たちが店の前の掃除などをしている姿が見えるだけだ。
「ふむ、やはり王都は規模が違うな」
私が歩いている通りはいわゆる歓楽街だ。簡単に言ってしまえば男たちが一夜の夢を見る場所と言う訳だ。スカーレット領の領都コーラルにももちろん存在しているがここまで大きくはなかった。それにどことなく品があるように感じる。王都なのでそれなりに規制されているのかもしれないな。
そんなことを考えながら歩を進めていく。騎士服ではなくクリスに贈られた街歩き用の軽いドレスのためもっと浮いてしまうかとも思ったが、この分ならそこまで心配はなさそうだ。
「っと、ここだな」
通りの中ほどにあった一軒の店の前で足を止める。周りの店に比べると少し小さく、しかしシックな作りをした品の良い店だ。高そうだな。
まあ私が楽しむわけでも無いし気にすることも無い。閉じられていた扉を無造作に開けて中へと入って行く。
「誰だい? 今は営業時間外だよ」
若いとまでは言えない女の声が聞こえた。そちらへと視線をやると少しけだるげな様子をした30がらみの女がカウンター越しにこちらを眺めている。その背後には壁一面に様々な種類の酒が並べられていた。
ふむ、ここは酒をたしなむことが目的の店なのかもしれないな。女のかなり胸の開いた服から考えてそれだけではないかもしれないが。まぁ、良い。
「99番をロックでお願いいたします」
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「あれっくす、頭の中で同じ曲が繰り返し流れることってないか?」
(╹ω╹) 「あります、あります。特に意味があるわけじゃないんですけど止まらないんですよね」
(●人●) 「今まさに私がその状態だ」
(╹ω╹) 「そうなんですか。ちなみにどんな曲なんですか?」
(●人●) 「にゃんこ、にゃんこ、花咲か○ゃんこ……」
(╹ω╹) 「ストップ! 某公共局は流石に危険すぎます」
(●人●) 「癖になる曲は多いんだぞ」