第54話 第3王子レオンハルト
褒美ももらったことだし修行もし直したいので私としてはもうスカーレット領へと帰りたいところではあるのだがそうはならなかった。レオンハルトとの約束があるからだ。まあ私は2人のお茶会の付き添いでしかないんだがな。
褒美を受け取った翌日、前回と同じ東の迎賓用の区画にある中庭でクリスとレオンハルトはお茶会を行っていた。以前と違うのはガストンがいないことくらいだろうか。同世代ではなく普通の騎士が護衛についているため、ガストンの後任についてはまだ決まっていないようだな。
私は前回と同じように周囲を警戒しつつ楽しそうに会話を続けている2人を眺めている。昨日名誉男爵位を賜ったアレックスも来ることは出来たのだが、現在アレックスは貴族になる手続きで忙しく、さらに家名についても悩んでいるようだったので置いてきたのだ。明日には貴族教育の指導もあるらしいから大変だろう。まああくまで領地も持たない名誉貴族なので簡易なものだろうが。
今回の騒動についてねぎらうレオンハルトにクリスが真剣に、でもすこし誇らしげに経緯を語っていく。私自身も戦うばかりに集中していたのでクリスの語る第三者目線の話は興味深かった。若干私の活躍が誇張されており、こそばゆかったが口を挟むわけにもいかないため聞こえないふりをしながら警備を続けていた。
「しかし本当に君が無事で良かった」
話がひと段落したところで慈しむかのように目を細めレオンハルトが笑いかける。クリスが微笑み返し、口を開こうとしたその時丁度ここへとやって来る一団があった。
「クリスティ嬢、しばらくぶりだな」
「ヴィンセント殿下。ご機嫌麗しゅう」
「兄上、どうされたのですか?」
「いや、クリスティ嬢が来ていると耳にしてな。改めて礼をと思ったのだ。何かとばたばたしていて満足に伝えられなかったからな」
「いえ、そんな礼など……」
ヴィンセントに声をかけられたクリスが立ち上がり2人で話し始めた。今回のことでヴィンセントのクリスへの心象はかなり良いものになっているようだ。これならば何かあった時に手助けしてもらえるかもしれないな。全面的に任せるわけではないがまあ保険程度にはなるだろう。
そんなことを考えながら見ていると、その視界の端でレオンハルトが平然とした表情をしたまま2人を眺めて立っていた。その姿はどこか寂しげに見えた。
「……君もか」
僅かに聞こえたその言葉には深く暗い感情が含まれていた。一時のものではなく、幾度となく繰り返されてきたからこその重みがそこにはあった。レオンハルトは微笑んでいた。しかしその姿は私には泣いているようにしか見えなかった。
私はこいつが嫌いだ。でも……なぜか私の足はレオンハルトの元へと向かっていた。
「ヴィンセント殿下に全てを奪われてきたのですか?」
「っ!!」
レオンハルトの瞳が驚きで見開かれた。そして声を出そうとして2人がいることを思い出したのかそれを止めた。そして大きく息を吐き、嘘くさい作り笑顔で私を見た。
「何を言っているのかな?」
そう言って誤魔化そうとしたレオンハルトと視線を合わせる。私に奪われてきたのかと聞かれレオンハルトは驚いていたが、すぐに取り繕うことが出来たことから考えて図星というわけではなさそうだ。
ならば何が原因だ?
レオンハルトの今までの態度を思い出す。今回だけでなくクリスとして共に生きた記憶を。ヴィンセントのことを話すとき、レオンハルトは寂しそうな表情をしていた。奪われたというのなら普通、憎しむだろう。なぜ寂しそうに……それではまるで……
「自分を見て欲しかった。皆にも、ヴィンセント殿下にも」
「違う」
「認められたかった。レオンハルトという自分自身の価値を」
「違う、違う」
「だから……」
続けようとした言葉を飲み込む。だから聖女にのめり込んだ。自分を認め、全てを肯定してくれる存在へと縋り付くように。私が止めたその言葉の意味をレオンハルトはまだ知らないから。
あの悪魔は相手にとって最も欲しい言葉を与えるという類まれなる才能があった。もちろんクリスはレオンハルトを愛していたし認めていたが、ヴィンセントが亡くなったことで王位を継ぐ可能性が高くなったレオンハルトにも厳しく対応することもあった。レオンハルトの行動を諌めるためにヴィンセントを引き合いに出したこともあったはずだ。
聖女という無条件に自分を全て認めてくれる存在と出会ったことでクリスは邪魔者になったという訳だ。どれほど愛されていたか知りもしないのに。
ギリっと歯が鳴る。
確かに同情すべき点はあるのかもしれない。どれだけ自分が努力しようともその上を行くヴィンセントのせいで誰にも認められない。誰も自分を顧みない。そんな環境で過ごすのは大変なことだろう。
だがそれがどうした。お前のことをちゃんと見ている者がすぐそばにいるのにそれに気づきもしなかったというのか。
「お前は知っているか。毎晩寝る前にクリスが嬉しそうにお前の話を私にすることを」
「えっ?」
「お前に会うために何日も前から準備を整え、その間も幸せそうに笑っていることを」
「……」
「クリスはお前を心から愛している。私からすればお前なんかをな。その価値にすら気づかないほどの愚物ならお前を私が殺してやろう」
レオンハルトの視線が私からクリスへと向かう。ヴィンセントと話すクリスは確かに微笑んでいる。しかしその微笑みはレオンハルトに向けられるものに比べると固く、少々不自然だ。クリスの心からの微笑みではないことが私にはわかってしまう。
「クリス……」
レオンハルトの表情が穏やかなものへと変わっていく。残念なことにこいつにもクリスの心情が理解できてしまったようだ。せっかく息の根を止める機会だと思ったのだが、まあまたの機会にするとしよう。
レオンハルトがこちらへと向き直り、ほんの少しだけ頭を下げた。
「忠告感謝する」
そう言うとレオンハルトはクリスとヴィンセントへと近づいていった。そしてにこやかに笑いながら2人の会話へと割り込んだ。
「兄上、感謝は十分伝えたでしょう。私の婚約者をとらないでいただきたい。せっかくのお茶会の最中なのですから。それに予定も詰まっているでしょう」
「ああ、そうだな。すまなかった。ではクリスティ嬢、またの機会に」
「はい」
去っていくヴィンセント一行を見送る。そしてレオンハルトがクリスへと手を差し出した。
「さぁ、お茶会を再開しよう。お手をどうぞ」
「ええ!」
クリスがその手を取り、幸せそうに笑う。そしてレオンハルトも同じように幸せそうに微笑んだ。
やはり私はレオンハルト、お前のことが嫌いだ。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「お嬢様、今日はメイクの日らしいですよ」
(●人●) 「ふむ」
(╹ω╹) 「あれっ、反応が薄いですね。そういえばお嬢様がメイクしたことってなかったでしたっけ」
(●人●) 「そうだな。永遠の5歳ボディだからな。メイクなどしなくてもピチピチだぞ」
(╹ω╹) 「なにか多くの敵を作りそうな発言ですね」
(●人●) 「化粧水も美容液も乳液もクリームも日焼け止めも不要だぞ」
(╹ω╹) 「ストップ! ストップです!」