第53話 今は届かぬ背中
模擬戦のために向かったのは王城の中にある演習場だった。20×40メートルほどの長方形の形をしており周囲の壁の上には戦いを観戦できるように席が設えられている。先ほど謁見室にいた面々だけでなく多くの騎士たちもこの戦いを見るために集まっているようだ。
周囲をぐるりと見回し軽く息を吐く。まだ王と王妃が来ていないのでもうしばらく時間はありそうだが、長くはないだろう。ゆっくりと体を動かし解していく。
それにしても私が騎士服で来たから良かったもののクリスと同じようにドレスを着てきたらどうするつもりだったのだろうか。私サイズの戦闘用の服などきっとないだろうに。そんなことを考えながら動いていると体も温かくなってきた。
武器は与えられたバトルアックスを使用しろとのことだったので足を埋め込み軽く振り回して感触を確かめる。リーチが伸びたことで少々勝手は違うがなんというか手に吸い付くような感触で扱いやすい。重さの変化もそこまで気にならない程度だしな。
「まるで木の枝のように扱うのだな」
そんな声に顔を上げるとオージアスがこちらを見ながら苦笑していた。近くで見ると改めて威圧感が凄いな。
身長はおそらく190を超えているが体の線はそこまで太くなく、騎士としてはどちらかといえばやせ型と言える体型だ。しかしその見た目と力が一致しないことを私は重々承知している。
自然体でいるように見せて今この瞬間でさえ隙を見出すことが出来ない。もし私が斬りかかったとしても簡単に迎撃されるだろう。それが肌で感じられるのだ。
「いえ、体重が軽いのでなかなか大変なのですよ」
「その華奢な体のどこにその力があるのかの方が不思議だが……打ち合ってみればわかるだろう。楽しみにしている」
そう言い残してオージアスはくるりと背中を見せて離れていく。一瞬、そのまま斬りかかったらどうなるのだろうという考えが浮かんだが頭の中で打ち消す。別に勝ちたいわけでも相手を殺したいわけでもないからな。胸を借りるつもりで正々堂々と戦ったほうが得るものは多いはずだ。
しばらくして王と王妃が現れ席に着くと、いやが上にも緊張感が高まってくる。私とオージアスは20メートルほど離れて演習場の中央で立っていた。そして王たちへと一礼をするとお互いに向き合う。
オージアスの顔に先程までの緩みはない。泰然とこちらを見据えるその瞳は私の微小な筋肉の動きさえも把握しているように感じられる。
「始め!」
私たちの中央に立つ立会人の騎士の声を合図にバトルアックスを担いだ状態でオージアスに向かって駆け出す。オージアスに動く気配はない。受けきるつもりなのだろう。なら……
「受け取れ」
足を踏み込め渾身の力でバトルアックスを振り下ろす。フェイントも何も考えていないただ突進の威力に自分の力を加えただけの単純な攻撃だ。しかしそれ故に最速でもある。
バトルアックスの刃がオージアスを捉えると思われたその時、金属音とともに鈍い振動が腕まで伝ってきた。そしてバトルアックスは目標を捉えることなく地面へと凹みをつけるだけに終わっていた。
「躊躇がないな。当たれば死んでいたぞ」
「王国最強の騎士がこの程度の攻撃に当たるとは思えませんでしたので」
軽く言葉を交わし視線を合わせる。その視線はもっと見せてみろと語っていた。ならば私の全てをぶつけるのみ。
斬撃を、突きを、打ち払いを私の現時点でのすべての技術を駆使して攻撃するがそれがオージアスに届くことはない。
私のバトルアックスの戦い方はソドスに習ったものだ。とは言えソドス自身も2つのハンドアックスを使用した戦い方が主であり、バトルアックスは手習い程度とのことだが。そもそもバトルアックスを使用する者自体が少ないから仕方がない。だから半ば自己流のようなものと言えるかもしれない。
「まだまだだな」
「そうですね。まだまだです」
汗一つかくことなく私の攻撃をさばいていくオージアスの言葉にニヤリとした笑みを返す。そして体にまとわせる魔力の量を上げていく。体が軽くなりその速度が増していく。それでもさばかれる。
面白い。こいつの底はどこまであるんだろう。
口角が上がっていくのを感じる。自分の全力をぶつけても全く意に介した様子もない者など今までいなかった。オークとの戦いでは確かに魔力を大量にまとった。しかしそれは数のせいだ。一匹、一匹に関しては雑魚に等しい強さだった。
それがどうだ。オージアスは私が全力を出したとしても適わないかもしれない。まだ底の片鱗さえ見えない。
見たい、もっと高みを。もっとタタカイタイ。
腕に魔力がこもり今までで最速の横薙ぎがオージアスへと向かっていく。先程までとは一線を画す速さにオージアスが驚きの表情をしている。もしかしてこの程度で終わるはずないよな。オワラナイヨナ!
キンッ!
甲高い金属音が響いたと思うと私の手からバトルアックスの感触が消えていた。オージアスは手に持った剣を振り下ろした姿勢のまま立っており、その剣先はすぐに私の首元へと突きつけられた。動くことは出来なかった。
「それまで!」
立会人の合図にオージアスが剣を引く。私も地面に落ちていたバトルアックスを拾うと開始位置へと戻りそして王に向かって一礼した。
負けた。完膚なきまでに。
最後の一撃は私自身かなり本気の一撃だった。しかしオージアスに当たるかと思ったその時、何をどうしたかわからないがバトルアックスが私の手から離れて地面へと落ちていたのだ。間近でオージアスの動きを見ていたはずなのに理解することが出来なかったのだ。
私の今の実力ではこの男に勝つことは出来ない。そう確信するに十分なほど実力が違いすぎた。
クリスを救うために努力してきたつもりだった。しかしそれはまだ不十分だったようだ。もっと強くならなければいざという時にクリスを助けることなど出来はしない。
もっと、もっと強く。
「見事な戦いだった。これからも王国のために尽くしてくれ」
「はい」
王の言葉を受け取り、そして見届けた観客たちが徐々に去っていく。そんな様子を眺めつつ戦いの軌跡をなぞっていく。攻撃さえされずにただただ受け流されただけだがそれでも学ぶべきところは多い。強くなるために学ばなければならないのだ。
しかし……
「遠いな」
ぽつりと呟く。私はこの頂に届くのだろうか。いや、違う。届かせなければならないのだ。去っていくオージアスの背中を見つめつつ私は決意を新たにするのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「休み明けって体が重く感じますよね」
(●人●) 「そういうものか?」
(╹ω╹) 「はい。特に休みの期間が長いとより重く感じます」
(●人●) 「ふむ、それは面白いな」
(╹ω╹) 「あれっ、何か嫌な予感が……」
(●人●) 「体が万全でない状態での訓練になりそうだな。よし、全力で攻撃してやるから避けろよ」
(╹ω╹) 「例え話ですってー」
(●人●) 「長期休暇に出勤する者の気持ちを受けてみろ!」
(╹ω╹) 「あれっ、何か違う気が……へぷぅ」