第52話 褒美の下賜
謁見室の扉が2人の騎士によってゆっくりと開かれていく。視線を上げないように注意したまま淡雪のような白いふわふわの絨毯の上を3人で歩いていく。クリスが先頭、その両脇後方に私とアレックスという並びだ。視線は向けられないが多くの視線がこちらに集中しているのを感じる。数としては40は超えているだろうか。
しばらくそのまま歩きクリスが足を止めると同時に私も歩みを止め、そして膝をつく。
「スカーレット侯爵家、クリスティ・ゼム・スカーレット。面を上げよ」
「はい」
圧を感じるような低い声が聞こえ、クリスが動く気配を感じる。私はまだ前を見ることは出来ないのでわからないがこの声の主がこの国の王なのだろう。考えてみれば直接会う機会はこれが初めてか。
「先陣を切り防衛体制を整え、その後も王国の盾に恥じぬ戦いを行ったと聞いておる。褒めてつかわす」
「ありがたき幸せにございます」
「うむ。褒美を受け取ると良い」
誰かが近づいてくる音が聞こえ何かをクリスが受け取った。特に金属音などはしなかったし、クリス個人の褒美というよりはスカーレット領の貴族の代表としての意味合いが強いだろうから褒美の書かれた目録かなにかだろう。
さていよいよだな。
「シエラ・トレメイン。面を上げよ」
「はい」
ゆっくりと顔を上げる。クリスの背中の向こうに3段ほどの階差がありその奥に2つの椅子が並んでいる。そこに座っているのは40過ぎと思われる男だ。オールバックにした銀髪の上に王冠を乗せ、その口周りも整えられた銀の髭で囲まれている。眉間に刻まれた深いシワが王としての役割の難しさを表しているようにも見える。
このカラトリア王国の王、ダイオシニアス・モルガン・オウル・ホワイト・カラトリアだ。
もう片方の椅子にはこちらを柔らかく見つめている女性がいる。クリスと同じ赤髪でどことなくクリスの父親のエクスハティオによく似ている。まあエクスハティオの姉なのだから当たり前なのだが。確か王と同い年だったはずだが若々しく見えるな。
その女性こそ王妃のギネヴィア・モルガン・オウル・ホワイトだ。
私と視線を合わせたダイオシニアスがゆっくりと観察するように視線を動かしそしてその口を開く。
「此度の戦いにおいて獅子奮迅の働きをしたと聞く。褒めてつかわす」
「ありがたき幸せにございます」
「うむ、褒美を受け取ると良い」
半ば定形のやりとりを行った後、王の背後に控えていた騎士が私のもとへと歩み寄ってくる。その手には漆黒のバトルアックスが握られていた。騎士の身長と比較して長さとしては2メートルに近いだろう。私が使っているバトルアックスよりも少々長い。
差し出されたバトルアックスを両手で受け取る。王のいる謁見室で武器を与えて良いのかと思わなくもないが、まあ防げるということだろう。しかし結構重いな。重心を取るのが大変そうだ。
「「「おぉ」」」
小さな感嘆の声が重なり私の耳へと届く。視線をやろうかとも考えたが流石に王の手前でそんなことは出来ない。軽く頭を下げて視線を再び上げるとニヤリとした笑みを浮かべながらダイオシニアスはゆっくりとうなずいた。
よくわからんがとりあえず私の分は終わりだな。王家からの褒美として与えられるようなバトルアックスであるからかなりの業物のはずだ。早く使いこなせるようにしなくてはな。
「アレックス。面を上げよ」
「はい」
多少声は硬いがしっかりとアレックスが返事をする。明らかに緊張していることが丸わかりだがそれが良い様に作用しているようでダイオシニアスの表情も少し柔らかく感じる。まあ初見のアレックスにはわからないかもしれないが。
「魔物の接近をいち早く察知してそれを知らせ、その後の戦いにおいても類まれな魔法により味方を助けたと聞く。褒めてつかわす」
「ありがたき幸せにございます」
「うむ」
定形のやり取りが行われ、褒美が授与される。私もクリスもおそらくそう思っていただろう。しかしダイオシニアスが続けた言葉はその予想を裏切るものだった。
「そなたに名誉男爵の位を与える。この国のためにこれからも尽くしてくれ」
「えっ! あっ、はい。ありがたく承らせていただきます」
アレックスにとっても予想外過ぎたようで少し受け答えが怪しかったがなんとかお咎めはないようだ。ダイオシニアスが笑みを浮かべながらゆっくりとうなずく。
しかしこれは本当に予想外だ。確かにアレックスほどの魔法の使い手であれば爵位を与えて囲い込もうとするのもうなずける話だ。実際スカーレット領でエクスハティオからもし良ければと打診もされたしな。私の従者だからとアレックスは断ったが。
しかし王家の爵位となると桁が違う。領主の独断で爵位を与えられる3侯爵とは違い3つ以上の貴族家からの推薦があって初めて候補に上がり、それを王が認めると爵位が与えられるのだ。
一応私と同じ爵位ではあるのだが私の名誉赤女男爵よりもアレックスの名誉男爵の方が少しだけ格が上と見なされることからもそれがわかるというものだ。
王家から授けられた爵位を断るという選択肢はもちろんない。私自身もアレックスよりも格が下になろうと特に気にはならない。まあ世話をする者がいなくなってしまうのは面倒だなとは思うがアレックス自身の幸せを思えば悪い話ではないだろう。
しかしどうしてもこの褒美には違和感を覚えざるを得ない。私たちが帰ってきたのは3日前だ。あのオークの襲撃の2日後には出発しているし、伝令がいかに早かろうともこの動きは……
そこまで考えて1人のニコニコとした顔が頭に浮かぶ。そして交わした言葉も。そうか。私に鎖をつけるのは難しいと判断してアレックスを使ったというわけか。回りくどい手を使うものだ。まあ確証はないし、確証を得られるとは思わないがおそらくそうだろう。
まあ良い。この流れを止めることなど出来はしない。私だってわざわざ王家と対立しようと思っているわけではないからな。クリスが幸せになるための障害にならなければそんなことはないのだから。
3人とも褒美を受け取ったので後は「下がって良い」という言葉を受け取って謁見室から出て行くのみのはずなのだがその言葉がなかなかかからない。とは言えこちらから言い出すことでもないので待っているとダイオシニアスがふぅと息を吐き、そして小さく笑った。
「下がって良い、と普段ならば言うところではあるが騎士団から1つ要望があったのだ。今回の戦いの武勇が誠であるか確かめたいとな」
その言葉で先ほどの感嘆の声の理由を理解する。褒美のバトルアックスを受け取ることが出来るのかどうかもその試金石であったのだろう。見た目通りの5歳の少女では持ち上げることさえ困難な重さだろうしな。そしてそれに合格したからこそ次の段階へと進んだというわけか。
「オージアス。用意は良いな」
「ハッ。万事滞りなく」
王の背後に控えていた騎士が即座に応える。
「シエラ・トレメイン名誉赤女男爵。私と立合い、貴殿の武勇を我ら騎士団に示していただきたい」
「わかりました。胸をお借り致します」
王の横に立ちそう言ったオージアスに返答する。王が認めているのだ。断る事など出来るはずもない。それにこれは良い機会だしな。
クリスとしての人生において何人もの強者と戦うことがあった。その中でも群を抜く者たちのうちの1人が今話したオージアスという騎士なのだ。正確に言うのであればカラトリア王国騎士団長、オージアス・イース・カルダンだったか。王国最強の騎士の呼び声高い男だ。
クリスとは学園で訓練として模擬戦を行ったのだが、本気を出させるどころか良い様にあしらわれたという言葉がぴったりとくるほどその差は明らかだった。この男の強さの底は計り知れない。しかしもしかするといつかは敵対するかもしれないのだ。その前にひと当てしておいても損はないからな。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「今日は子供の日だそうです」
(●人●) 「ふむ、日頃抑圧された子どもたちが一斉に反旗を翻す訳だな」
(╹ω╹) 「どんな日ですか!?」
(●人●) 「そして今日は無礼講と調子に乗った阿呆が翌日以降に痛い目を見るのだ」
(╹ω╹) 「あっ。それは聞いたことがあります。無礼講は礼節をもって行なえってやつですよね」
(●人●) 「嫌な習慣だな。まぁ適度に可愛らしさをアピールするのが最も効果的な訳だ。気をつけろよ」