第49話 変わる運命、変わらぬ運命
血走った目をしているガストンは既に正気を失っているようにしか見えない。異変に気づいた周りも動き出そうとしているがとても間に合わない。
覚悟を決めよう。クリスとの約束をさっそく破ってしまうことになるのは残念だが他に取りうる選択肢はなさそうだ。最後の気力を振り絞り手へと魔力を集中させるとそのままクリスとアレックスの肩へとぶつける。2人が弾き飛ばされ離れていく。
「なっ!」
「シエラ!」
信じられないといった顔で2人が声を上げるのを視界の端におさめながらにやりと笑みを浮かべる。もう立っているのも厳しい状態だがこんな奴に望む顔を見せてやるほど私は甘くはない。
最後までお前を嘲笑ったまま斬られてやろう。
ガストンの剣が振り下ろされようとするのがゆっくりと見えている。最後までクリスを見守れなかったのは残念だが既に大きく運命は変わっている。それに私がいなくなってもきっとアレックスが私の遺志を継いでくれるはずだ。
血の全く付いていない刃が朝日に照らされきらめく。あぁ、こいつは戦いもしなかったのかと余計なことに気を取られていると私の視界が急に塞がれその刃が見えなくなった。なにか銀色のものが見えた気がしたがそれがなにか思い出す前に刃が振り下ろされるヒュンという音のすぐ後に鈍い音が目の前から聞こえてきた。
私の視線は塞がれたまま、その刃が私へと届くことはなかった。
「キャー!!」
女の悲鳴が響き渡り、止まっていた時が動き出した。私の視線を塞いでいた何かが地面へと崩れ落ちていき、その向こうに全身を血で染めたガストンが狂気の目をしたまま剣を振り下ろした姿勢で固まっていた。そしてそのぎょろりとした目と視線が重なる。
なぜ私は斬られていない。目に入った印象的な銀色がぐるぐると回っていく。王家の証とも呼ばれる銀色の髪。クリスの運命を変えるために助けると決めたはずの第二王子のヴィンセントの髪……。運命は変えられないと言うことなのか? ならここで殺されるわけには……いかない!
「ぐぅうう!」
緩慢な体に鞭を入れ両手を胸の前で構える。それだけで気を失いそうになるほどの痛みが全身を駆け巡っていく。だがそんなことはどうでも良い。運命が本当は変わっていないかもという疑念が生まれてしまった今、クリスを残して死ぬわけにはいかないのだから。
ガストンの口角が上がり、そして血に塗れた剣が私に向けられようとした。
「痴れ者が!」
一閃。
クリスの防御をすり抜け、人の急所を的確に突くような鋭い剣ではなく、防御されてもなおその上から叩き斬るような力強いそんな剣が振るわれ、ガストンの頭は胴体と別れて転がっていった。しばらくしてその胴体もぐらりと地面に崩れ落ちる。
その剣を振るった者は倒れたガストンには視線もくれず私の前にうずくまる者へと駆け寄って行った。
「アンドレア!」
ヴィンセントが声をかけながらうつぶせに倒れていたアンドレアを抱き起こす。そのアンドレアの胸部には斜めに刃の跡が残っており今もなお、どくどくと血が流れ続けていた。
「なぜかばった。私なら十分に対処できるとお前なら知っていただろう」
「なぜでしょうね。……刃の前に立つ殿下を見てなぜか体が動いてしまったのです」
ふふっと弱々しくアンドレアがいつものにこにこした表情のまま笑う。私がもっているこいつのイメージとは真逆の行動だ。いや、違うのか。こいつの行動はあくまで王家のため、それが今まではクリスの排斥と言う方面に働いていただけということなのか?
なら、こいつは……
「今、治療を……」
そう言ってヴィンセントが陣を形成していくがその途中でそれは消え去って行ってしまう。魔力が尽きている証拠だ。
「くそっ、誰か治癒陣を、ポーションでも良い! すぐに持ってくるんだ」
「殿下、全て使い尽くしたではありませんか。上に立つものがそんなことを忘れるなど……再教育が必要と言われてしまいますよ」
周りの者達も何とかできないかと倒れたテントなどを探し始めているがそんな場所にあるはずも無かった。そんなことをしている間にもアンドレアの命の火は刻一刻と小さくなっていた。
「殿下……良き王になってくださいませ」
「あぁ、その傍らにはもちろんお前がいるんだろう」
「ええ。私の心はどこまでも殿下と共に……」
アンドレアの表情が消え、不自然なにこにことした笑顔ではなく穏やかに眠っているかのような顔へと変わった。体からは力が抜け、その体躯をヴィンセントに完全に預けてしまっている。ヴィンセントがなんとか治癒魔法陣を発動させようとしているがそれが完成することはなかった。
こいつは私と似ている。自分のこと以上に大切な者の為に全てを賭けられる馬鹿者だ。今まではそれがすれ違っていただけに過ぎないのだ。何を考えているかわからない奴だし、性格もひねくれていそうだから好きじゃない。だがここでむざむざ死んで良いと思えるほど嫌いではない。
何か、何かないのか。
必死に頭を巡らせる。周囲へと視線を向けてもおびただしい数のオークの死骸が散乱しているだけだ。
オークの死骸……
その言葉に記憶が繋がった。
「アレックス!」
「はい!」
「私の腰ベルトの背中の袋を探せ!」
アレックスが駆け寄り、背後でごそごそと動き、そしてシュッという袋を開ける音が聞こえた。使わないとは思っていたが万が一のことを考えてとりあえず入れておいたオークのダンジョンの戦利品がそこにはあるはずなのだ。
「お嬢様、これですか!?」
薄黄色の液体の入ったガラス管をアレックスが取り出す。良かった。割れてはいなかったようだな。乱戦の途中で割れてしまったかもしれないと思っていたのだが運が良い。私もアンドレアも。
「ハイポーションだ。アンドレアに飲ませろ」
「ハ、ハイポー……わかりました!」
アレックスが驚きながらも私の指示に従ってアンドレアへハイポーションを飲まそうとしている。しかしアンドレアの口はぴったりと閉じたままでハイポーションは首を伝って流れ落ちてしまう。
ハイポーションほどの薬であればもちろん傷口に直接かけても効果はあるだろう。しかしアンドレアは血を失いすぎている。ならば経口摂取させてやるのが1番なのだ。
どうしたらよいだろうかと思案していると、アレックスが眉根を思いっきり寄せながらこちらへと視線を送ってきた。
「これは治療ですからね!」
そう一言私へと宣言するとハイポーションを自分の口へと全て含ませ、そしてアンドレアと唇を重ねた。突然の事態に思考が停止する。
「「「キャー!!」」」
なんともうれしげな悲鳴が上がる中、アレックスとアンドレアは唇を交わし続けた。ゆっくりと本当にゆっくりとアンドレアの喉がコクリと動いている。流れ出ていた血はいつの間にか止まり、剣によって斬り裂かれた跡も肉が盛り返すようにして元に戻ろうとしている。それを見てアレックスがしていることの意味が遅ればせながら理解できた。
この調子ならなんとか命は救えそうだな。さすがはアレックスだ。
「こんなところでアレ×アンが見られるなんて」
「えっ、アン×アレが本命じゃない? 逆カプ好きだっけ?」
「違うわよ。本命は……」
なぜかキャーキャー言いながら盛り上がっている女子たちの言葉の意味は理解できないが仲間内の何かがあるんだろう。暗号を使って相手にはわからないようにやり取りするというのは領軍などでも教えているしな。なぜ今使う必要があるかは知らないが。
そんなよそ事を考えながら治療されていくアンドレアを眺める。そんな私の横へとクリスがすすっと近づいてきた。
「シエラ」
「どうした?」
「あの2人を見ているとちょっと気持ちが高ぶってくるんだけどなぜかしら?」
「戦いの興奮を引きずっているんじゃないか?」
2人へと熱い視線を注ぎつつそんなことを囁いてきたクリスに軽く返す。生存本能が刺激されたのだからしばらくは興奮状態が続くだろう。
ふと視線を感じそちらへと目を向けると先ほど騒いでいた3人の女子がこちらを見ながらニヤリとした笑みを浮かべていた。視線が若干ずれているから私ではなくクリスを見ているようだ。
なぜかわからないがとてつもなく嫌な予感がするのであの3人はクリスに近づけないようにしようと心の中で誓った。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「その森は広く、そしてとても深い。中途半端な覚悟でのぞき見た者たちは引きずり込まれるか心に傷を負うことになるだろう」
(╹ω╹) 「えっと……どこかの秘境の話ですか?」
(●人●) 「ふむ、ひきょうか。それもこの森の一部だな。罠にかけ、はめるのだ。そしてはめたり、はめられたりする」
(╹ω╹) 「意味があんまりわからないのですが、なぜか理解しないほうが良いと本能が言っている気がします」
(●人●) 「痛いのは一瞬らしいからな、頑張れよ」
(╹ω╹) 「えっ、あの、なんですかこの人たち……あっ、あっ、あ~!」




