第48話 騒乱のあとに
なんてオロカなんだろう。
なんてモロイんだろう。
群れるシカ、能のないグブツどもめ。
「ツブレロ」
ワタシが一撫でするだけでこいつらはツブレテしまう。ツマラナイ。本当にツマラナイ。こんなツマラナイ奴らがクリスを襲っていることが本当にニクらしい。
「キエロ」
手刀で腹を突き破り、そいつを投げ飛ばして後に続くオークたちを引き倒す。倒れたオークの頭を小石でも蹴るようにしていけばそいつらはもう動かなくなる。
アア、本当にツマラナイ。デモ、ハヤクカタヅケナイト。
命を狩りとる簡単な作業を淡々と続ける。血が、臓物がワタシの全身を染め上げていく。バケモノのワタシにはとてもお似合いな姿だ。
コレガワタシダ。コレコソガワタシダ。
そしていつしか日が昇り、倒れ伏したオークたちの中で私は1人空を見上げていた。先ほどまで響いていた魔法の音が途切れたことからしておそらく戦闘は終わったのだろう。
オークたちが少なくなるのと同様に私の心も冷めていき今胸の内に広がるのはやってしまったという想いが大半を占めている。クリスを守るためには全力を出さざるを得なかったのは確かだ。力をセーブしたままの状態で戦っていたらいつかあの物量に押し込まれていただろうしな。
自分の決断が間違っていたとは思わないがこんな姿を見たクリスたちがどう反応するか、そう考えると広がる澄み切った空とは対照的に私の心は曇ったままだった。しかし……
「疲れた」
やるべきことは終えたと自覚したため緊張感が切れたのか指の1本でさえ動かすのが億劫なほどの疲労が体を支配している。そういえば全力を出した状態でこれだけ長時間戦ったのは初めてだったな。
こんなことを経験するのは今回だけにして欲しいものだがこれからのクリスのことを考えればもっと戦える時間を……
視界がぐらりと揺れ、そしてゆっくりと空から地面へと移り変わっていく。本当に限界だったようだなと他人事のように考えながら私の体はゆっくりと地面へと倒れた。
「シエラ!」
「お嬢様!」
そんな声とともに駆けてくる2つの足音が近づいてきた。そのことにとても安心する。2人は無事だと確信できたこともあるが、その声色に化け物である私を少なくとも2人は嫌わないでくれるかもしれないとそう思えたから。
気を抜けば失いそうな意識をなんとか保たせたまま待っていると、アレックスとクリスが私を心配そうに覗き込んできた。そんな2人に不敵に笑ってみせる。
「無事だったようだな」
「無事だったようだな、じゃありませんよ。なんて無茶をするんですか!?」
怒りながらもアレックスの顔は歪んでいき、そしてその瞳からは涙が流れ始める。こんな顔のアレックスを見るのは初めてだなと思いつつ見ていると私の体をぎゅっと抱きしめる者がいた。クリスだ。
「良かった。死んでしまったかと思ったわ」
「死ぬわけがない。私はクリスの騎士。オーク程度に殺されるほど安い命じゃあない」
「………私の騎士、シエラ・トレメイン名誉女男爵」
「はい」
クリスが少しだけ体を離し、額がくっつきそうなほどの距離でそ名を呼ばれる。綺麗なその瞳に吸い込まれそうだと場違いな感想を抱きつつ続く言葉を待つ。クリスの真剣な表情からしてこれから言われることは重要なことのはずだ。
「私を置いて死なないで」
その言葉とその崩れた寂しそうな表情に胸が締め付けられる。それは私が知っている顔によく似ていた。皆に裏切られていき、孤独になってしまったクリスが虚勢を張らなくても良い自室などで良くしていた顔だ。私が見たくなかった、そうならないようにと努力してきた姿だった。
「わかった。必ず守る」
もっと努力すべきだったという後悔を飲み込み、そう答える。私は決してクリスを裏切らないと決めたのだ。クリスが私に生きろというのなら冥界の使者でさえ追い返せば良いだけだ。
クリスが小さく微笑み、私の腕の下へと肩を入れて私を立たせた。そしてその反対側を泣き止んだアレックスが支える。私の背が低いせいでかなり不格好なはずだが、笑う者は誰もいなかった。
そして2人に支えられて見る景色は先程よりもどこか輝いて見えた。
ゆっくりと全員が集まっている場所へと向かう。誰もがどこか薄汚れており、昨日までとはかけ離れた姿をしている。皆疲れた顔をしているがそれでも助かったという思いが強いのかうっすらと笑みを浮かべている者も多い。
奥の方には倒れて治療を受けている者の姿も見える。軽そうな怪我も治療されていないところを見るとポーションも尽きてしまっているのだろう。本当にぎりぎりだったようだな。
「アレックス、被害はどの程度だ?」
「わかりません。僕たちのような魔法使いと治療をしていた戦えない人たちには被害はないと思いますが、前線で対峙していた兵士の方たちの数人は確実に……」
「そうか」
言いにくそうに言葉を濁すその様子に短く言葉を返す。クリスも悔しそうに顔を歪ませている。その言いようからして2人の目の前で倒れていった者たちがいたのだろう。
ふぅ、と小さく息を吐く。
わかっていたことだ。これだけの襲撃で被害が全くないなどありえない。むしろこの程度の被害で済んだことが奇跡に近いと言えるだろう。
しかしそれでも……と、そう思ってしまう。クリスたちを守るために戦ってくれた彼らのおかげで私の望みは果たされたのだから。目を閉じ、黙祷を捧げる。彼らが安らかに眠ることが出来るように願って。
陣の中ほどまで進んだところでヴィンセントとアンドレアに出会った。2人は兵士たちに指示を出したり、何かの報告を受けていたりと忙しそうにしていたが私たちの姿を見つけるとそれを取りやめてこちらへとやって来た。
2人の表情からして悪いことではなさそうだがお褒めの言葉でもいただけるのかな。まあ、クリスに害がなければなんでも良いのだが。
ヴィンセントの口が開き、言葉が発せられるその時……
「この化け物が!」
その声に右へと視線を向ける。そこに見えたのは見覚えのある顔の男が剣を掲げながら疾走する姿だった。ここにいるはずのない者、クリスと決闘して敗北し、私に半殺しにされたガストン・ゼム・セルリアンの姿が。
「くっ!」
体が鉛のように重く、遅々としてしか動かない。クリスとアレックスも体勢が悪くすぐに動けはしないだろう。私はその刃がただ迫ってくるのを見るしかできなかった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
_(。_°/ 「………」
(╹ω╹) 「あの、またですか?」
(●人●) 「いい加減、見放してはどうかと思うのだがな」
_(。_°/ 「………ちゃうねん。せっかく自分の分担は終わったのにじゃあ次はあっちを手伝ってって言われてん。私がやった仕事、去年は2人でやった仕事やで!」
(╹ω╹) 「あー、それはごしゅう……」
(●人●) 「何を言っている。社会人として当たり前の事だろうが。お前は会社から給料をもらっているんだからな」
_(。_°/ 「………はい。すみません」
(╹ω╹) 「お嬢様がまともな事を言ってる」
(●人●) 「私はいつもまともな事しか言わんぞ」