第46話 回避し得ぬ運命
戦場の視察の日程も9日目を終えた。明日は初日と同じように挨拶回りらしいので実際の予定についてはほぼ終了したといっても良いだろう。
実際にここにいたのはたったの9日でしかないのだが、それでも来た当初から比べると貴族の子女たちの表情というか覚悟が変わっていることを感じる。クリスも今までは知識として知っていたことを実感できたためか一皮むけたように感じるしな。
たしかにこれだけの変化が得られるのであれば戦場の視察という経験は無駄ではない。あとはこの気持ちをどれだけの人数が持続して持ち続けていけるかという話になるのだろうが、まあそれは個人の資質の部分もあるからな。
そんなことを考えながらテントで横になる。ここで寝るのも今日が最後だ。明日の午後には王都へと向けて出発する予定なのだ。ダンジョンを初日に掃除しておいたおかげで悲劇が起こることもなかったし結果としては上々だろう。
懸念としてはいつかあのオークのダンジョンがスタンピードを起こすだろうということだがこれは帰りの旅路で寄るサルファー領の町で冒険者にでも依頼を出そうと考えている。もちろんダンジョンを見つけるという依頼ではなく別種の依頼をするついでに発見されるように。まあそれでうまくいくかは運次第ではあるんだがな。
毛布にくるまり丸くなっていると、片付け等を終えたアレックスがやってきて私の隣の毛布へと潜り込んでいった。また明日からは馬車の旅だ。また別種の疲れになるから今日はしっかりと休まなくてはな。そんなことを考えているうちに私の意識は夢の中へと沈んでいった。
真っ暗だ。何もない真っ黒な海。そこに私は立っていた。空には月が輝いておりその光だけが真っ暗なこの場所を照らしている。私は無性にその月が恋しくて必死に手を伸ばす。しかし届くはずがない。トドクハズガ……
「カハッ!」
毛布を跳ね飛ばす勢いで起き上がる。何か夢を見ていたような気がするが思い出せない。頬に伝う感触が何であるかも……いや、そんなことは今はどうでも良い。
「アレックス、起きろ!」
「お、お嬢様?」
若干眠そうに目をこすっていたが、すぐに私の声の質に異常を察知したのかアレックスがバネ人形のように飛び起きる。
「探知しろ、直ぐにだ!」
「はい、これは……モンスターの群れがこちらに向かってきています。おそらく数十秒後」
「ちっ、時間がないな。アレックスは他の奴らを起こせ、私はクリスを」
「お嬢様!」
着の身着のままで念の為に持ってきたバトルアックスを引っつかむとそのまま外へと出る。まだ誰もモンスターの接近に気づいていない。静かなものだ。
背後でアレックスが追いかけてくる気配を感じながら隣に設置されているクリスのテントへと飛び込むようにして潜り込む。
「クリス、起きろ! モンスターの大群が来る!」
「んー、シエラ?」
半身を起こしながら寝ぼけまなこでこちらを見るクリスへと再び声を掛けようとしたとき大きな破裂音が上空で響き、ビリビリとした振動がテントを揺らした。
「敵襲、敵襲ー!!」
アレックスの声だ。さっきの音は【風の六式】を上空に飛ばして発動させたんだろう。良い判断だ。これで他の奴らも起きるはずだ。クリスのぼんやりとした瞳もいつもの理知的な吸い込まれるようなものへと変わった。
「シエラ、どうしたの!?」
「モンスターの大群がまもなく来る。逃げるぞ」
「待って。他の皆はどうするつもり?」
「悪いが無理だ。おそらく自分の身を守るだけで精一杯になる。行くぞ!」
「あっ、ちょっと……」
まだ何か言いたそうにしていたクリスの手を多少強引に掴んで立たせ、そばに置いてあったクリスの杖を渡してテントから外へと出る。私もクリスも寝巻のままだが仕方がない。着替えている暇などありはしないのだから。
「お嬢様!」
テントから出た私たちを見つけたアレックスがこちらへと駆け寄ってくる。周囲を見てみると使用人たちは比較的外へと出てキョロキョロとしている姿が見えるが、研修に来た貴族の子女たちのうち出ているのはほんの数人だ。
くそっ、動きが遅い!
だが待っている余裕はない。
「まもなく来ます。すごい数です!」
「撤退するぞ。アレックス、クリスを連れて先に行け。後ろは私が守る」
「はい!」
「待ちなさい!」
いざ逃げようとしたその時、私の手をクリスが振りほどいた。クリスの有無を言わせぬその言葉と姿に私とアレックスも動きを止める。
「撤退はしません」
「だが命の危険が……」
「シエラ、私の名前は?」
その言葉とその瞳で理解する。クリスの意志を、決意の固さを。その覚悟の姿を私は幾度も中から見てきたのだから当たり前だ。
「……クリスティ・ゼム・スカーレット」
「そうよ。皆を見捨て生き延びるなんてスカーレット家の一員として出来ないわ。それにここにはヴィンセント殿下がいらっしゃるのよ。王国の盾が逃げるわけにはいかないのよ。だから……」
「わかった。それ以上言葉はいらない。私はクリスの騎士。どこまでも一緒にいる」
クリスの言葉を途中で止める。その後に続く言葉は私にとって不要なものだから。優しいクリスが考えることなどわかりきっている。私だけでも逃げろと言いたかったのだろう。
絶対に引かないという意志を乗せて視線を返し、しばらく無言で見つめ合う。そしてクリスがふぅっと息を吐いた。
「来ます!」
「スカーレット侯爵家、クリスティが命じます。即座にテントから出て戦闘態勢へ!」
アレックスの警告の声に反応し、クリスが高らかに声を発する。その聞き取りやすい美しい声は周囲へと響きわたっていった。
すぐに反応したのは周囲のスカーレット領の者たちだ。多少の差はあったが全員がテントから出て来てクリスへと視線を向ける。
そしてそれとほぼ同時に何かが地面にぶつかる大きな音が断続的に響き始め、そして私にとっては聞き慣れた鳴き声も聞こえ始めた。
オークの鳴き声だ。
「モンスターの襲撃です。スカーレット領の勇士として王国の盾の名に恥じぬ戦いをしましょう!」
「「「はい!」」」
クリスの号令に皆が応える。そして絶望へと立ち向かう戦いが始まった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「ワレワレの戦いはこれからだ!」
(╹ω╹) 「うわっ、どうしたんですか?」
(●人●) 「うむ、なんとなく打ち切り最終回をやってみたい気分だったのだ」
(╹ω╹) 「へー、なんとなくなんですか?」
(●人●) 「うむ、電波を受信してな」
(╹ω╹) 「電波!?」
(●人●) 「そうだ。しっかりシャットアウトしておいたから安心しろ」
(╹ω╹) 「はぁ」