第45話 治癒とその後の親交
クリスの覚悟の言葉を聞いたからか、戦場を肌で実感し動きの悪かった他の者たちも衛生兵に連れられて傷を負った兵士たちの慰問を行い始めた。私たちもする予定だったのだが少しばかり予定が変わってしまっていた。
「こちらをお願いいたします」
「ああ、わかった」
顔の半分がやけどによって醜く歪んでいた兵士の前に魔法陣が浮かぶ。展開速度よりも正確性に重点を置かれたとわかるその美しい魔法陣が完成すると同時に白い光が兵士を包みそしてそのやけどの跡は嘘のように消え失せていた。
「すごい」
クリスの感嘆の声が聞こえる。確かにここまで見事な治癒魔法陣を見るのは初めてだからな。レオンハルトも使用できたので私自身も見たことがないということはないがレオンハルトが使用していたものと比べても明らかにヴィンセントの方が効果が高い。まあこういった落ち着いた状況で使われたことはないのでそのせいかもしれないが。
「王家の治癒魔法陣ですか。すごいものですね、お嬢様」
「ああ、そうだな」
同じく感心しているアレックスに軽く返す。まあ正確に言えばアレックスの言葉は間違っているのだがそんなことを気にする必要もないしな。
治癒魔法陣と呼ばれる怪我や病気を治すことの出来る陣も他の魔法陣と同じで陣さえ正しく作り出すことが出来れば発動できないということはない。しかしこの治癒魔法陣が王家のと呼ばれる所以はもちろんある。
この治癒魔法陣と相性が良いのは王族に代々伝わる白の魔力のみなのだ。クリスの赤やアレックスの緑ではいくら腕がよかろうと、魔力が豊富にあろうと意味がない。かなりの魔力を注ぎ込んでかすり傷が治る程度にしかならないのだ。それならばポーションで治したほうがよほど早いし効率的と言える。
しかしこの魔法を王家の者が使うと先ほど起こったような奇跡のような治療が出来てしまう。歴代の王家の伝記がまとめられた書物には失ったはずの手を生やしたという記載さえあったからな。まあ嘘か真かはわからないが。
「あ、ありがとうございます」
自分の身に起こった奇跡のような出来事が信じられなかったのかしばらくやけどの跡をペタペタと触っていた兵士は、そう言うと体を折り曲げるようにして頭を下げた。その頬には涙が伝っている。
見たところ30ぐらいだしな。妻や子供がいるかもしれないし、しっかりと保証がされるとは言ってもその後の生活を醜い顔のまま生きるしかないという未来を想像して落ち込んでいたのかもしれない。
そんな兵士の手をヴィンセントは力強く握り締めた。
「顔を上げてくれ。君たちが精一杯戦ってくれたからこそこの国の平穏は守られたのだ。それを治療するのは当たり前のことだ。まあ私も出来うる限りではあるがね」
「殿下……」
パンパンとその兵士の肩を叩き、そして男臭い笑みを浮かべて兵士と視線を合わせるとヴィンセントは立ち上がり次の兵士の治療へと移っていった。私たちもその後についていくのだが去り際に見た治療された兵士の顔に浮かんでいた表情は崇拝という言葉がよく似合うものだった。そしてそれと同種の視線がこの後も生み出されていくのを私たちは目撃するのだった。
「すみません、お嬢様。なぜヴィンセント殿下と食事を共にしているのでしょうか?」
「知らん。奴に聞け」
「聞けるはずないじゃないですかー」
小声で必死に抗議するという器用なことをしながらアレックスが聞いてくるが私にも説明のしようがないのだから仕方がない。今日の慰問が終わった後、自分たちのテントへと戻ろうとしたらヴィンセントに一緒に食事でもどうだと誘われたのだ。まあ正確に言えば誘われたのはクリスであって私はおまけのようなものなのだが。
「……そうなんですよ。その時のレオンったら……」
「そうか、そんな一面があるとはな……」
クリスとヴィンセントは共通の話題でもあるレオンハルトのことを和やかに話している。あいつの話など聞きたくもないのだが聞くともなしに聞いているとやはりあまりヴィンセントとレオンハルトの仲は良くないようだ。いや良くないといえば語弊があるな。接することが出来ていないというのが正しいのだろう。たまにしか会っていないクリスが話すレオンハルトのことでさえ初めて知るかのような態度だしな。
確かに考えてみればレオンハルトもヴィンセントのことについて話すときはどこか言葉を濁していた気がする。その時の瞳は少し寂しげで……いやいや、あいつのことなんてどうでも良いんだ。
「盛り上がっていますね。仲良きことは美しきかな、ですね」
「そうですね。将来は義兄妹になりますから。王家と3侯の仲が良ければカラトリア王国も安泰でしょう」
いつも通りのニコニコした顔で私の隣へと自然にやってきたアンドレアへと軽く微笑み返しながらそう答える。ちっ、クリスとヴィンセントの話はまだまだ終わりそうにない。しばらくはこいつと付き合うしかなさそうだな。
「しかし殿下にもまいったものです。確かに魔力は回復しますが万が一ということもありえます。10人程度の兵士の怪我と御身の安全を天秤にかければどちらが重くなるかは明らかでしょうに」
「確かにそうですね」
「おや、あなたは否定されないのですね」
声色に若干意外そうな色を含ませているが、それも本当かどうか。こいつと話すときは何が真実で何が虚構なのか考えなくてはいけないから本当に面倒だ。
まあいい。しかしこいつの言うことにも一理あるのは確かなのだ。実際その万が一が起こってヴィンセントは命を失ったのだからな。
「私はクリスティ様の騎士です。いえ正確に言えばクリスティ様だけの騎士です。だから私にとって最も大事なのはクリスティ様の安全であって、有象無象に関わることによってクリスティ様の安全が脅かされることは看過できません」
「ほぅ……」
ほんのわずかではあるがアンドレアの糸目が少し広がった。ふむ、こいつの感情が顔に現れることなど私の記憶の中ではないのだが、やはり会う時期が早いせいでまだまだ幼い部分があるのかもしれんな。
「とんだ猪武者かと思ったが……」
私に聞こえないようにつぶやいたのだと思われる声を拾いながら素知らぬ顔でクリスたちへと視線をやる。あちらは楽しそうだな。私もあちらに加わることが出来れば良いのだが。いや、加わるということはレオンハルトの話をしなければいけないということか。どっちもどっちか。
猪武者とはとんだ言い草だがおそらく私が王城でガストンをぶちのめしたことを知っているんだろう。どこまで正確な情報を知っているかは定かではないが。
「そうですか。私も王家のみに仕える家でしてね。特に次期国王であらせられるヴィンセント様には人一倍気を使っているのですよ。それを心に留めておいていただければありがたいですね」
鋭く吊り上がった目で放たれたその言葉には強固な覚悟が感じられた。ほう、こいつもこういった顔が出来るのか。普段からそうしておけばもう少し付き合いやすくなったのかもしれないのだがな。
「そうですか。心には留めておきましょう」
「ありがとうございます。おや、あちらも話が終わったようですね。では失礼します」
軽く返した私に特に何も付け加えることなくアンドレアは去っていった。その代わりにヴィンセントとの話を終えたクリスがこちらへとやって来る。レオンハルトのことを話すことができたのが嬉しいのかその表情はここ最近では見られないほど緩んでいる。
「楽しかったようで良かったですね」
「ええ。シエラもアンドレア様と話していたようだけど楽しめたかしら」
「ええ。それなりに」
「ふふっ、そうなの」
クリスへと笑い返しながら一緒にテントへの道を歩いていく。そういえば何かを忘れているような気がしないでもないが……まあそのうち思い出すだろう。
「ひどいですよ、お嬢様。僕を置いていくなんて」
アレックスを放置して帰ってしまったことに私が気づいたのはそんなことを言いながらアレックスがテントへと戻ってきた時だった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
_(。_°/ 「………」
(╹ω╹) 「あの、お嬢様コレ誰ですか?」
(●人●) 「予告もなしに投稿を2日もぶっちした愚か者だ」
(╹ω╹) 「うわっ、それは仕方がないですね」
_(。_°/ 「……ちゃうねん。これには海よりも高く、山よりも深い理由があんねん」
(●人●) 「ほほぅ、聞いてやろうではないか」
(╹ω╹) 「なにか言い方に違和感があるんですが……まあいいです。聞きましょう」
_(。_°/ 「………」
(●人●) 「……」
(╹ω╹) 「……」
_(。_°/ 「しゅ……」
パシュン
(●人●) 「よし、悪は滅びたな」
(╹ω╹) 「そうですね」
修羅場中で更新が満足に出来ません。なるべく2日に1度更新できるように努力しますのでお付き合いのほどよろしくお願いします。