第43話 戦況観察
宵闇に紛れるようにしてダンジョンのある崖の上から降り、自分のテントへと戻る。特に騒ぎにはなっていないし見つかっていないようだな。
テントに入るとアレックスが座った状態から眠ってしまったかのように膝を曲げたまま何も着ない状態で横になっていた。その姿に小さく笑みを浮かべながら毛布をかけてやり、私自身も毛布にくるまって目を閉じる。お腹は鳴りっぱなしだったがやはり疲れがあったのかしばらくして私は眠りに落ちていったのだった。
「お嬢様、起きてください!」
ゆさゆさと体を揺らされながら掛けられたその言葉にゆっくりと意識を覚醒させていく。目を開くとアレックスが少し焦ったような表情で私を見ていた。あまり見たことのない表情だな。緊急事態……にしては必死さはないので違うとは思うのだが。
「どうした?」
「どうしたじゃありませんよ。どこに行っていたんですか? 心配したんですよ」
アレックスが少し責めるような視線で私を見る。どうやら夜中に起きて私がいないことに気づいたようだな。だから妙な格好で眠っていたのか。
「すまんな。野暮用というやつだ」
「何も言わずに野暮用で1日空けないでください。こっちがどれだけ心配して、どんなにフォローが大変だったか……」
「1日?」
「そうですよ。お嬢様は……」
ふてくされたような顔をしながら愚痴なのか文句なのか判断に迷うアレックスの言葉を聞きながら私の意識はその最初の言葉に囚われていた。
アレックスは確かに1日と言った。ひと晩ではなく1日と言ったのだ。
「すまない。お前に苦労をかけたことは謝る。しかし1つ確認させてくれ。私たちがここに来たのはいつのことだ?」
「えっ? きの……あっ、もう夜が開けていますから一昨日ですね。それがどうしたんですか?」
「一昨日か……いや、気にするな。本当に面倒をかけたな。ありがとう」
少し不思議そうに私を見るアレックスに微笑み返し、つま先立ちしてアレックスの頭をぽんぽんと撫でる。微妙そうな顔をしているが黙って受け入れている所を見ると嫌がってはいなさそうだ。
それにしてもアレックスの言からすれば私はダンジョンで1日以上戦い続けていたということになる。確かに万が一にもスタンピードが起こらないように徹底して出現していたオークたちを潰していたからな。ボス部屋の扉を見つけても他の場所の探索を優先するほどに。
私の意識としてはほんの数時間のつもりだったのだがいまいち道中の記憶がはっきりとしない。いや、記憶はあるのだがどこか時間の感覚が鈍いと言ったほうが正確だな。
こと1人で戦う事になるとワタシが表に出すぎてしまうのだ。闘争本能とでも言えば良いのかそれに歯止めが効かなくなってしまう。クリスやアレックスがいればそんなことにはならないんだがどうしたものか。
「あの、お嬢様……そろそろ」
「あぁ、すまんな」
考え事をしながらも無意識のうちにアレックスを撫で続けていたようだ。背伸びをやめアレックスの頭から手を下ろす。アレックスがホッとしたような、少し残念そうな微妙な表情に一瞬変わったが、それとほぼ同時に鳴った私のくーっというお腹の音にぷっと吹き出す。
「レディに対して失礼だぞ」
「これは失礼しました。それではお食事のご用意をさせていただきます」
「うむ」
気取った仕草でそう言ったアレックスへ鷹揚にうなずき返す。そしてお互いに顔を見合わせて笑った。
アレックスは私の食事の準備のため外へと出て行き、私は鳴り続けるお腹の虫を苦笑しながら見守るのだった。
「シエラ、本当に大丈夫?」
「はい。問題ありません。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「そう。無理はしちゃダメよ」
アレックスの気遣いで大盛りの朝食を食べてお腹を満たした私はクリスと合流していた。昨日私は体調を崩して寝込んでいたということになっているためクリスが心配そうに私を見つめてくるが体調は全くもって問題ない。不必要な心配をさせてしまっていることを申し訳なくは思うがこればっかりはクリスにも言うわけにはいかないからな。
私の言葉と態度になんとか納得してくれたクリスは良いとして、面倒そうな問題も起こっていた。まあ起こっているというよりは感じていると言ったほうが正確か。
それは私に向けられる冷ややかな視線が多いことだ。
おそらく護衛騎士である私が体調を崩して寝込んだことに対して侮蔑しているのだろう。クリスがそばにいるため言葉にこそ聞こえては来ないが、クリスの視線から隠れるようにしながらこそこそとこちらを見て笑う姿からは好感情をもっているとは到底考えられない。
とは言えこれは当然のことだ。私が彼らと同じ立場だったら同じような印象は受けるだろうしな。まあひそひそと話すような無駄なことはしないが。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「問題ない、とは言わんが仕方ないことだろう。こちらに過失があるのは確かだしな」
「でも僕はこういうのは嫌いです」
「奇遇だな。私もだ」
クリスに聞こえないように小さな声で話しかけてきたアレックスへと苦笑しながら返す。どうしたところで現状は変わらないからな。これ以上株が落ちないようにせいぜい努力することにしよう。
しばらくして私たちは兵士に呼ばれ戦場がよく見える高台へと案内された。そこで案内の兵士に説明を受けながら戦況を見守る。とは言え大きな戦闘が起こっているわけでもなく散発的に起こる小規模な戦闘とにらみ合いがほとんどだ。
騎士を目指すものには相手の陣や移動に合わせて陣形や配置を変える様子を俯瞰することが出来るのは良い経験になるかもしれないがそれ以外にとってはあまり意味のあることではないだろう。現に半数近くの者たちは退屈そうにしているからな。
一見無駄にも思えるがそれは決して無駄ではない。要は慣らしなのだ。
昨日は戦争に参加している将官たちへの挨拶回りがあり、今日は遠目からの戦場の視察。明日は実際に戦争に参加している兵士たちからの話を聞き、その翌日は負傷兵たちへの慰問と少しずつ戦争というものに慣れさせているのだ。
貴族としてぬくぬくと育ってきた者たちを急に戦場近くに放り込めばどんなことになるかは想像に固くないからな。動けなくなってしまうくらいなら良い方で下手をすれば暴走して味方に被害を出しかねない。だからこそこれほどしっかりと日程が組まれているのだろう。
「まあそれを皆が理解しているとは思えないがな」
あくびを噛み殺しながら兵士を説明を聞き流している者など良い方で、ヴィンセントを見ながら顔を赤くして隣同士で小さな声で話している者さえいる始末だ。
こいつらは根本的にわかっていない。兵士たちが戦ってくれているおかげで自身の安全な生活が保たれているということを。まあそれを自覚させるために今回のことが行われていると言われればそうなのだが気分の良いものではない。
クリスは少しでも何かを吸収しようと真剣な表情で兵士の説明を聞きながら戦場を見続けている。スカーレット領ではこの100年以上戦争らしい戦争は起こってはいないが、カラトリア王国を守る盾の1つとしての矜持がそうさせるのだろう。
クリスの横顔を眺めながら小さくふふっと笑い私も余分な思考をやめる。そうだな、今は少しでも何かを吸収するために努力すべき時だ。瑣末なことに気を取られるのはもったいない。
わかりやすいよう言葉を選びながら話してくれている兵士に感謝しつつ私は改めて戦場へと視線を向けるのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「寝過ごしちゃった、テヘッ」
(╹ω╹) 「寝過ごしというレベルを大幅に逸脱していますけどね」
(●人●) 「しえらぱーんち」
(╹ω╹) 「ごぽぁ」
(●人●) 「馬鹿者! お前はふれっどの言葉を忘れたのか?」
(╹ω╹) 「旦那様のですか?」
(●人●) 「枠にはまったような人間になるなと言っていただろう。どうだ、私はその生き方を実践しているぞ」
(╹ω╹) (違うと思うけど……)
[壁]д・)チラッ