第41話 悲劇回避への行動開始
皆がテントを張り終え、移動の疲れを癒すためにも本日の作業はこれにて終了という事になった。ずいぶんと甘い判断だと思わなくもないが、考えてみればそもそも貴族はこういった旅に慣れていないし、皆が兵士を目指している訳では無いのだから体力的に劣った者も少なくない。文官や王宮付きのメイドを目指すような12、3の少女にとってはこの移動だけでもかなりの苦労になっているはずだ。
ついつい自分の周りにいる同年代を基準にしてしまいがちだが、クリスもアレックスも飛びぬけて優秀な部類の者だからな。それを忘れないようにしなくては。
そんな訳で夕食まであと4時間程度あるにもかかわらずすることが無くなってしまった。クリスと一緒に過ごすという事も考えないでもなかったが馬車の旅の間に十分に話してきたし私はするべきことをすることにした。
「ではアレックス。後は頼む」
「わかりました。おやすみなさいませ、お嬢様」
アレックスにクリスの警護を任せてテントへと入るとそのまま毛布をかぶって目を閉じる。私の他にも同じようにテントで休んでいる者も少なからずいるため特に目立つという事は無かった。まあ私の目的はそう言った者たちとは違い旅の疲れを癒すためという訳では無いのだが。
呼吸を意識しながら目を閉じていると次第に眠気が現れ、そして私は深い眠りへと入り込んでいった。
アレックスに起こされ目を覚ましたのは本当に夕食の直前のことだった。そこまで長い時間という訳では無かったがぐっすりと眠ったため体調は非常に良い。
アレックスがよそってきた簡素なスープと少し硬いパンにドライフルーツという遠征している兵士たちが良く食べるメニューでお腹を満たす。貴族の子女たちの中には不満げに顔を歪めている者もいるがそれを声として表に出す者はいない。
これはここにいる貴族の子女たちが我慢強いとかそう言った訳では無い。その最大の理由は中央に張られたひときわ大きなテントの横で同様の食事を文句も言わずにとっている男がいるからだ。
その男の名はヴィンセント・モルガン・オウル・ホワイト。将来はヴィンセント・モルガン・オウル・ホワイト・カラトリアとなることが有力視されているこの国の第二王子。つまりレオンハルトの兄だ。
レオンハルトと同じ王家の証とも言える銀髪を短く切り、切れ長の瞼から覗く赤みがかったオレンジの瞳からは言いしれぬ迫力を受ける。年齢は私たちの1つ上であるため15歳のはずなのだが王となるべく教育を受けている賜物か物静かに食事をとるその姿からは老練ささえ感じられるほどだった。
「やっぱりヴィンセント殿下は違うわね」
「確かにな」
チラリとそちらへと視線をやったクリスの呟きに同意して返す。私の隣でアレックスも首を縦に振っていた。
クリスとして実際にヴィンセントに会ったことは何度かある。とは言っても本当に2,3度と言ったところなのだが。その時クリスが感じたのははるか彼方にいる人と言う感想だった。まあ前回会ったのはクリスが9歳の時だったので余計にそうだったのかもしれないが。
ヴィンセントは優秀だ。レオンハルトも優秀ではあるのだが、それでも兄であるヴィンセントと比較すればそこらの凡才に見えてしまうほどなのだ。
病弱な第一王子がヴィンセントのために継承権を譲ったこともあり、王城に住む者たち、いやそれどころか王都に住む国民全てがヴィンセントが次期王座に就くことを望んでいた。そうなればカラトリア王国は安泰だと思えるほどの実力とカリスマがヴィンセントにはあった。
しかしそうはならなかった。
そしてそれがクリスの運命をまた大きく変えたのだ。だから……
「こんな場所で死んでくれるなよ」
「何か言いましたか、シエラ様?」
「いいや」
小さな声で呟いたはずの声をアレックスに聞きとがめられ、ふっ、と息を吐き首を横へと振って否定した。この事実は私しか知っていない。それを口にすれば不敬と言われてしまうだろう言葉だしな。
そう次期国王であったヴィンセントはここで死ぬのだ。いや正確に言えば今ここに居る貴族の子女たちの中で生き残るのはただ1人しかいない。男も女も年齢も全く関係なく皆が命を落とすのだ。
それが白王歴248年『ゲール崖の悪夢』と呼ばれるカラトリア王国でも類を見ないほどの被害をもたらした出来事なのだ。
夕食を食べ終え、皆がそれぞれのテントへと入って休み始める。警戒については護衛の兵士たちが行うため私たちは本当に体を休めるだけだ。私にとっては非常に都合が良い。これで朝までは特にここに居なくても問題はないと言うことだからな。
辺りが暗くなってきたところで静かに起きだす。アレックスの健やかな寝顔に一瞬頬を緩めるがすぐに気合を入れなおす。そしてテントから出ると闇にまぎれるようにしてテントの群から離れていくのだった。
いつもより魔力を多めにして体を覆い、そして跳ね上がった身体能力を存分に生かしてほぼ垂直の壁を上へ上へと登っていく。一応テントからかなり離れているしこんな場所を見ているような者などいないとは思うが万が一と言うこともある。見つかるリスクは低い方が良い。
とっかかりがあまり無かったため少し苦労しつつも無事に崖の上へと登りきった。崖の上は岩石地帯であり、木などは全く生えておらず小さな茂みのようなものがある程度だ。
「さて、どこかにあるはずだが」
そんなことを呟きながら走り出す。報告書や授業で習った通りであれば見つかるはずだ。
その予想はぴたりと的中し、十分程度で私は地面に地下へと続く階段つきの穴がぽっかりと開いているのを発見した。
「ここまでは情報通りだな。では行くか」
私は躊躇なくその穴へと足を踏み入れていく。スカーレット城にあるのと同じような姿をしたその穴、ダンジョンへと。
白王歴248年に起こった『ゲール崖の悪夢』は端的に言えば戦争を見に来ていた第2王子と貴族の子女たちが未発見のダンジョンから溢れてスタンピード起こしたモンスターたちに圧殺された事件だ。
当初は戦争中と言うこともありローラン帝国による攻撃かと思われ、そのせいで一時的に戦争が激化したらしい。しかしその後の調査によって崖の上にダンジョンを発見し今回の事件が不幸な事故によるものであると言う結論が出たというのが大まかな顛末だ。
つまりこのダンジョンがその悲劇を生みだした原因と言う訳だな。
階段を降り切ると高さ3メートルほどのむき出しの土の通路が左右に広がっている。しばしどちらに行くか考え、どちらにせよやることは変わらないのだからと結論付けて左の通路を走り始める。しばらくそのまま走っていると通路の先に3体のモンスターの姿を確認し口を吊り上げる。このダンジョンで間違いないようだな。
手を伸ばせば天井に着くのではないかと思うほどその背は高く、そして茶色の剛毛で覆われたその体は歴戦の戦士のごとき筋肉が盛り上がっている。ひくひくとその突き出した鼻を動かし、そしてそのモンスター、オークたちは私の事に気づき雄たけびを上げた。
「そういえば豚は鼻が良いんだった……な!」
のん気に雄たけびを上げているオークの腹へと思いっきり拳を振るう。くの字に体を折り曲げながら吹き飛んでいくオークを無視し、私へと手に持っていた棍棒を振り下ろそうとしているオークの手首を蹴り上げる。
バキっという音が響き、オークが持っていた棍棒がすっとんでいった。そのまま反転し背後からの攻撃を防ごうと構え、そして今無手であることを思い出す。最後の1体の棍棒が私の腕をすり抜け胸に突き刺さっていた。
「ふむ、いかんな。油断しすぎた。しかしこの程度であれば攻撃をくらうこと覚悟で攻めた方が早いか?」
不思議そうに自分の棍棒を眺めているオークの膝へと足を蹴りこんで折り、崩れ落ちてきた体をそのまま蹴り飛ばす。しばらく地面を転がりピクピクと痙攣するそいつから意識を外し、最後に残った腕の折れたオークへと跳びかかりその首を掴むとそのままぐきっと音が鳴るまでひねって殺す。
3体のオークは溶けるように消え、後には3つの魔石と1つのオーク肉が残された。
「ドロップアイテムは拾っている暇はないな。さて次に行くか」
私は再び先へと走り始めた。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「この豚野郎が!」
(╹ω╹) 「うわっ、どうしたんですか!?」
(●人●) 「いや、うざったい雑魚が多くてな」
(╹ω╹) 「あぁ、ダンジョンのオークですか。僕はまだ戦ったことはないですけど獣臭いし、仲間と連携する知恵もあるらしいですね」
(●人●) 「そうなのだ。しかも姑息な手を使って接触を図ってきたり、一見紳士的に振る舞うから余計にたちが悪い」
(╹ω╹) 「えっと、オークの話ですよね?」
(●人●) 「あぁ、豚野郎の話だ」