第40話 野営地の設営
それ以降の王都での日々はこれから戦争に向かうということを忘れてしまいそうなほど穏やかなものだった。しかし当然のことながら戦争へ出発する日が延びることはなく私たちは王都ジェンナを離れ、ローラン帝国と接するサルファー領へ向けて出発した。
私たちの移動はもちろん馬車である。一応王都から派遣される兵士に同行する形でサルファー領へと向かうのだが、兵士とは言っても私たちが同行するのは馬に乗った騎兵や、馬車に乗り込んでいる魔法兵だ。馬に乗らない歩兵などは遥か前に王都から出発している。そうしなければ戦争に間に合うはずがないからな。
まあ今回はそれに加えて身なりからして明らかに違う一団も加わっているため王都とスカーレット領、セルリアン領の貴族の子女にとっては安全すぎるほど安全な旅路になったようだ。
そして我々は2週間ほどで戦争が起こると予想されるサルファー領の国境線へとたどり着いた。話によると数日前から既に小さな衝突は始まっているがいつも通り大規模な戦闘になるようなことは無さそうだと言う話だった。
私たち貴族の子女一行は主戦場から少し離れた周りを高さ50メートルほどの崖に囲まれた場所へとキャンプを張った。この崖を登って進んでいけばローラン帝国になるわけだが、その間には大きな渓谷があるためローラン帝国がやって来る心配は無い。出入り口も限られているため守りやすい正に天然の要塞と言った場所だった。まあだからこそ毎回我々のようなものがキャンプを張る場所になっているのだろうが。
「ふむ、こんなものか」
振るっていた木槌を置き、ピンと張られたロープの具合を確かめる。問題はなさそうだな。
私が建てているのは私とアレックス用のテントだ。流石にテントまでクリスと一緒という訳にもいかないからな。まあここまでの旅の間に何度も張って来たし、ソドスに何度も教え込まれたから今更苦労することはない。
「お嬢様、荷物の整理が終わりました」
「そうか。こちらも終わったからテントの中を頼む」
「はい」
やって来たアレックスへと指示を出し、テントの中へと入っていく姿を見送ってから立ち上がり周囲を見回す。そこでは我々と同じようにテントを設置していく者たちの姿が散見された。とは言えそのほとんどは従者であり、私のように貴族自らがテントを建てているような者など数えるほどだ。その多くは体格の良い男子ばかりであり、おそらく騎士を目指している者たちなのだろう。ちらほらと見覚えのある顔もあるしな。
毎回この場所でキャンプを張るのであれば宿泊用の簡易施設でも建ててしまえばと思わなくもないがおそらくこれも戦争を体験させると言う方針の一環なのだろう。まあ自らテントも建てずにのんびりとお茶をしながら待つ者さえいるこの状況を見ると少々首をかしげたくなる光景ではあるのだが。
そういった雑用は兵士の仕事だから貴族には不要という主張もあながち間違ってはいないのだがな。私だって荷物の整理などはアレックスに一任しているしな。
とりあえず私自身がするべきことは終わってしまったのでクリスの元へと向かう。とは言ってもすぐ隣なので歩いて10歩といったところなのだが。
クリスのテントはもちろんクリスが建てるという事は無く、従者がてきぱきと準備を進めていた。クリスのテントを囲うように従者のテントも設置されていっている。そんな様子をクリスは眺めながら時折従者へと指示を出していた。
「あら、シエラ。もう終わったの?」
「2人用のテントだからな。慣れたものだ」
「私と同じテントに泊まれば良いって言ってるのに……」
少し残念そうに言うクリスの姿に苦笑を返す。確かにそうできれば楽なのだろう。クリスの持ってきたテントはダンジョンの宝箱から出てきた希少な特別製のものだ。
その内部をこの戦争へと向かう前に見せてもらったが、外観以上に広い空間であり過ごしやすい気温と湿度に保たれていたしな。スカーレット侯爵家でも3つしか同様のテントは保有していないほどのもので、それを躊躇なくクリスへと持たせたことからもエクスハティオの溺愛っぷりが良くわかる。
広さ的にはクリスと私、そしてアレックスが泊まったとしてもまだまだ余裕はある。しかしアレックスは男だし、なにより泊まるわけにはいかない面倒な理由もあるしな。
視線を感じそちらへと振り返ると慌てて視線を逸らす男がいた。確かスカーレット家に仕える赤男爵家の2男だったか?
その男ほどぶしつけなものは少ないがそれでもちらちらと視線は感じる。そしてその視線は決して好意的なものではない。
「大変ですね、トレメイン卿」
「クルーズ卿でしたか。成り上がり者はどこでも嫌われるものですからね。その辺りは割り切っていますよ」
「そうでしたか」
にこにことした笑みを浮かべて話しかけてきたエンリケに作り笑顔で言葉を返す。4年前からこうして何かにつけて絡んでくるのだ。まあクルーズ商会の利益をだいぶ奪ったと言う自覚はあるのでそのせいかと思っているのだが特に嫌味を言う訳でもなくこうして普通に話しかけてくるだけだ。
私としてはこいつと話すこと自体がストレスなのでどちらにせよ変わりはないが。
直接表現はしていないがこいつの言っていることはわかりすぎるほどにわかっている。新参の私がクリスの護衛騎士として取り立てられ厚遇されているという事実は長年スカーレット家に仕えてきた者たちからしたら面白いものではないからこういった視線を受ける覚悟はしていた。
まあ表立って何かを言われることはないのだが、それでもあまりに行き過ぎた行動は控えなくてはいけない。クリスの馬車に同乗しているのだって護衛の仕事だと理解しているから文句を言われないのであって、さすがに同じテントで寝るという事になればいらぬ嫉妬や反感を買う事は明らかだからな。
そう言った感情がどう働くかはクリスとの6度の人生において散々見てきた。同じ轍は踏まないようにせねば。
「そういえばセルリアン家の者と揉めたようですね」
「耳が早いですね。部外秘のはずなのですが」
「情報収集は商人の基本ですから」
指示を出しているクリスに聞こえないように声を潜めてエンリケが話しかけてくる。必然的に顔が近くに来ることになるので個人的には嫌だが、クリスの安全のためにセルリアン家の動向については少しでも把握しておきたいから我慢だ。
エンリケは視線を左右へと振り、そしてセルリアン領の貴族の子女たちのテントが固まる辺りをちらりと見てからこちらへと視線を戻してきた。
「この遠征中に何か……という事は無いとは思いますがガストンに従っていた家の者も参加しているそうです。お気を付けて」
「情報、感謝いたします。何もお返しは出来ませんが」
「それでは帰ってから一緒に食事でもいかかですか? クルーズ商会が経営する良い店があるんですが」
「予定の空いている日があれば、ぜひ」
「つれない人だ」
遠回しにお前のために空ける予定など無いと断ったのだが、エンリケは特に気分を害した様子も無く笑いながら去っていった。
気に食わない奴だがその情報は有用だ。ガストンに従っていた家の者か。普通に考えればエンリケが言う通り遠征中にこちらを害することなどあるはずはないが、そういった理を越えてくるのが感情だからな。注意はしておくべきだろう。
そんなことを考えているといつの間にかクリスがこちらを凝視していた。その視線の圧に思わず一歩後ずさる。
「どうした?」
「シエラってもしかしてエンリケと付き合って……」
「それはない。天地が逆転しようとも絶対にない」
「ほっ、そうなんだ」
息を吐き安心したように笑顔を見せるクリスの姿に首をかしげる。そんな私をクリスは出来上がったばかりのテントへと少々強引に連れ込み、しばらく2人でたわいもない話に花を咲かせることになるのだった。
好きなタイプとか聞かれたが何の意味があったんだろうな。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「もーえろよ、もえろーよ、炎よもえ……」
(╹ω╹) 「あの、どうしたんですか?」
(●人●) 「なんだ、知らんのか? キャンプと言えば若い男女が炎の周りで夜を徹して踊り狂う儀式が恒例なのだぞ」
(╹ω╹) 「キャンプファイヤーのことですよね」
(●人●) 「知っているではないか」
(╹ω╹) 「それは知ってますけど……あの、何を燃やすつもりなんですか?」
(●人●) 「聞きたいか?」
(╹ω╹) 「やっぱいいです」
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