第38話 決闘後の休息
しばらくして腕を解き離れたクリスの目は赤く少し腫れぼったくなっていた。そして私の顔を見て小さく笑う。
「お礼がまだだったわね。助けてくれてありがとう、シエラ」
「私はクリスの騎士としての役目を果たしただけ」
「それでもよ」
今度は軽くぎゅっと抱きしめられる。そんな私たちにレオンハルトが近づいてきた。
「クリス、すまなかった。そしてシエラ、クリスを救ってくれて感謝する。まさかガストンがここまでするとは思わなかった」
「いいの、レオン。私も予想できなかったし。シエラのおかげで怪我もないしね」
「ガストンにはしかるべき処罰が下るはずだ。安心してくれ」
レオンハルトが私の目をしっかりと見てそう告げた。つまりこれ以上はレオンハルトが責任を持つから手出しはしてくれるなということだな。元々そのつもりだったがこちらの意思を伝えるためにコクリと首を縦に振る。
そんな私の反応にレオンハルトは表情を緩め、そしてクリスへと柔らかく微笑んだ。
「せっかくのお茶会がこんなことになってしまってすまない。この埋め合わせはクリスが帰ってきてからにしよう。とっておきのお菓子とお茶を用意しておくよ」
「ありがとう。楽しみにしているわ」
「ああ。では名残惜しいけどまた」
「ええ」
レオンハルトが騎士を連れて訓練場から去って行った。地面に倒れ伏していたガストンも鎧を脱がされた後、担架に乗せられてどこかへと運ばれていく。両腕が変な方向へと曲がってしまっているし、鎧の上からとは言えかなりの衝撃を与えたのだから肋骨も折れているはずだ。ポーションや魔法で治療が可能とは言えそれなりの時間、痛みと戦うことになるだろう。あいつには良い薬だ。
執事に連れられて私とクリスも王城を後にした。馬車の中で隣に座ったクリスは私の手をずっと握って離さなかった。何事も無かったかのようにいつも通りの話をしつつもそれだけがいつもと違っていたのだった。
ガストンの処分について連絡が来たのは翌日の事だった。
「レオンハルトの護衛騎士を罷免され、強制的に廃嫡か……」
「処分としてはどうなんでしょうか?」
「何とも言えんな。なにせクリスが殺されそうになったとは言え木剣でのことだし結果的にこちらには被害は無かった。対してあちらは重傷だからな。それにあいつは腐っていても3大侯爵家の者だ。ここらが王家の下せる最大限の裁可だったのかもしれん」
クリスから伝え聞いたガストンの処分についてアレックスへ伝える。頭に疑問符を浮かべるその姿に小さく笑い言葉を続ける。
昨日、王城で起きた事態について伝えたところ大変な時に全く役に立てなかったとアレックスは軽く落ち込んでいたようだった。しかしまさか王城であのような事態に巻き込まれるとは想定外なのだから仕方がない。
気にするなとは言っておいたが1日経ったことで少しは持ち直したようだな。
処分についてはアレックスにも言ったとおりこの辺りが妥当だろう。これだけ早く処分が決定したということは国がそれほどこの問題を重要視したということだろうし、レオンハルトもそのために動いてくれたに違いない。少し見直してやろう。
まあそもそもクリスも厳しい処分を望んでいたわけではないし、ただ単に私に謝らせたかったということから始まった決闘だ。どんな処分でも構わないといえば構わないしな。
しかし……
「そういえば謝罪は受けていないな」
「お嬢様は気にしていないんですよね」
「気にしていない、というよりいらん。あんな虫の謝罪を聞く時間よりクリスやアレックスと過ごしたほうが何倍も有益だからな」
「セルリアン家の方を虫って……」
少し呆れた声でそう言いながらもアレックスの表情はどこか嬉しそうだった。アレックスも私と一緒にクリスとともに過ごすことが多いのでクリスの素晴らしさについてよくわかってきているからな。そんなクリスを害する者は虫で良いと心の中では考えたんだろう。
「さて、そんなことより着替えだ。せっかくクリスに誘われたんだから気合を入れていくぞ」
「あっ、はい」
アレックスに手伝ってもらいながらワンピースタイプのドレスを着ていく。護衛も兼ねているため動きを邪魔するごちゃごちゃとした装飾などはないが灰と白のチェック柄で腰に巻かれたリボンのあたりからふわっと広がるスカートがとても女の子らしいものだ。もちろんこれはクリスからの贈り物だ。
その上に白襟のついた黒いボレロを羽織る。ちなみにこれもクリスからの贈られたものだ。というより私の服のほとんどはクリスから貰ったものばかりだ。その他の服など考えてみれば数える程しかないな。まあ嬉しいので問題はない。
部屋に備え付けられている姿見で確認するが特におかしなところはない。
「どうだ?」
「非常に可愛らしいですよ」
「性癖は治らないか?」
「だから違いますって!」
必死に訴えるアレックスに冗談だ、と笑って返す。もう私の着替えを見ても恥ずかしがるようなことはなくなったからな。
改めてアレックスを見る。14歳になったアレックスは少年から大人へと変わり始めていた。身長も160センチを超えているため私が手を伸ばしてもその頭にギリギリ届くくらいだ。その顔は訓練によって多少精悍になりつつも幼い頃からの柔和な一面も残しており、最近はスカーレット城に務めるメイド達の間でも格好いいと噂になる程度に整っている。
筋肉があまりつかない体質なのかほっそりとしながらも均整のとれたその体躯もその理由の1つらしい。まあすべて私にアレックスを紹介して欲しいと言ってきたメイドの受け売りなのだが。
まあ確かに良い男には成長していっているようだ。
「何ですか?」
「気にするな。それでは行くぞ。油断するなよ」
「もちろんです」
じっと見つめていたことを不思議に思ったのか少し首をかしげながら聞いてきたアレックスに小さく笑みを返し、そして連れ立って部屋を出る。クリスを待たせるわけにはいかないからな。
後ろから確かに聞こえる足音に少し頬を緩めながらクリスを待つために玄関ホールへと向かうのだった。
私たちは今日、クリスに街に買い物に行こうと誘われたのだ。まあ立場的に言うのであればクリスの買い物に護衛として付き添うという言葉が的確なのかもしれないが、護衛用の服装ではなくおしゃれをすることという条件がつけられているのだからクリスとしては一緒に買い物に行きたいということだ。
ちなみに私に命を救われたお礼に何かプレゼントを買いたいというのが第一の目的らしい。別に私にとっては当たり前のことをしただけなんだがその行為を無下にすることなど出来ようはずがないからな。
とは言えそれと同じくらいクリスは街を歩くということを楽しみにしているようだった。
基本的にクリスほどの大貴族ともなれば自らの足で店に出向くなんていうことはない。何か欲しい物があれば商人たちがやってくるのが普通なのだ。だからこそクリスは街を散策するといった経験をほとんどしたことがない。
もちろんクリスに自分の足で散策したいという欲が無いわけではない。しかし街に出歩くことのリスク、そしてそれを防ぐためにかかるコスト。もろもろを考慮できてしまう頭があるためいつもは自制しているのだ。
しかし今回は私へのプレゼントを買うという理由もあり、さらには自領ではないため馴染みの商人は身近におらず、そして王都には治安の良い貴族用の商店が集まる区画があるという好条件がクリスに一歩踏み出させたのだ。
しばらく待っているとクリスが玄関ホール中央の階段を優雅に降りてきた。髪に合わせたようなワインレッドのドレスはスカートのドレープが非常に綺麗で、前が少し短く後ろが長いフィッシュテールデザインはクリスの美しい脚を引き立てている。その色合いとも相まって非常に大人びた印象にクリスはなっていた。
「どうかしら?」
「綺麗だ。そうだな、アレックス」
「はい。とてもお綺麗です」
「ふふっ、ありがとう。じゃあ行きましょうか」
クリスを先導するようにして馬車へと乗り込み、御者の合図とともにゆっくりと馬車が動き出した。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「あれっくす」
(╹ω╹) 「なんですか?」
(●人●) 「両手に花だ。いいご身分だな」
(╹ω╹) 「ええっと……」
(●人●) 「少女から大人へと変わりゆく不安定な美しさと変わらぬ永遠の少女としての美しさ、どっちが好みなんだ?」
(╹ω╹) 「いや、好み以前に僕は従者なので……」
(●人●) 「どっちもいける口と言うわけか、この変態が!」
(╹ω╹) 「どうしてそうなるんですか!?」