第37話 決闘の行方
モルガン城には言うまでもないが多くの兵士や騎士たちが勤めており、彼らが訓練するための場所は1か所や2か所ではない。スカーレット城と同様にダンジョンも存在していると話には聞いている。まあ私もそこまで詳しく知っている訳ではないがな。
そんな中で案内役の執事に連れて行かれた場所は城の裏手側、少し離れたところに建てられた屋内用の訓練施設だった。私は入った記憶がないためクリスにとっても初めての場所だろう。
入ると小さいながらもホールがあり、そしてそこからはいくつかの扉を見ることができる。外観と配置からして正面にメインの訓練場が1つ、その左右にサブの訓練場がある感じだな。
訓練施設ということで過度な装飾などはされておらず無骨な印象を受ける。とは言え清掃などはしっかりと行われているようで変なにおいや汚れが残っているようなこともなかった。
そして執事の導くままに左手のサブの訓練場へと入って行く。その訓練場は幅25メートル、奥行40メートルほどの場所で私たち以外には誰もおらず、荷物も何もない状態だった。入口そばの壁に刻まれた魔法陣をちらっと見ると強化と耐魔法の陣が刻まれている。これなら訓練用の魔法程度であれば耐えることが出来るだろう。
おそらくここまで何もないということは決闘のことを知らされた兵士たちがこの場所を急いで用意したということだろう。普通は訓練に使用する用品などが置いてあるだろうしな。さらにこの施設に入ってから誰も見ていないことを鑑みると人払いも済んでいるのだろう。3大侯爵家同士の決闘など衆目に晒して良いものではないからな。
私たち4人と案内した執事、そしてガストンとは別の近衛の騎士4人が入ったところで入口が厳重に閉じられた。その扉の場所へは2人の騎士が残り、左右へと分かれていったクリスとガストンの中央に1人の騎士が審判として立つ。
2人の開始位置の距離は20メートルか。本当にガストンが新人の騎士と同程度の実力があるとすれば数秒の距離だ。ガストンの表情は余裕に満ちている。自分が負けるなど欠片ほども考えていないようだ。
まあその気持ちもわからないではない。
カラトリア王国が使用する陣式魔法は強力な魔法であるが欠点もある。それは複雑な陣の形成が必要であるためその発動までに時間がかかるのだ。もちろん威力や効果などを最低限にし発動速度を重視した陣もあるにはあるのだがそれでも普通の魔法使いであれば1から2秒程度はかかってしまうだろう。
20メートルという距離で近づいてくる相手へと放つことのできる魔法は1発ないし2発程度。さらに今回は訓練用の武具を使用した決闘だ。重大な怪我などに繋がりかねない威力のある魔法を放つことは出来ない。そう考えるとずいぶんとクリスに不利な決闘方法だな。
クリスは静かにワンドを構えガストンを睨みつけている。そしてガストンがそれに応じて訓練用の木剣を正面に構えた。
「これよりクリスティ・ゼム・スカーレット、ガストン・ゼム・セルリアンの決闘を始める。王国の貴族として恥じない決闘を」
「「はい」」
審判の騎士の言葉に2人が小さくうなずき返しながら同時に返事をした。そしてそのことを確認した騎士がその右手を高く掲げた。
「では、始め!」
「いくぞ!」
振り下ろされたその手とほぼ同時にガストンがクリスへと向かって走っていく。フェイントなど何もなく一直線に。その速さは確かに新人の騎士を相手に出来る程度の速さはあるだろう。しかし……
「なっ!」
ガストンの顔が驚愕に染まり、そしてすぐに大きく横へと飛び去った。先程までガストンがいた場所を青色の矢が突き抜けていく。そしてガストンの後を追うように次々と矢が飛んでいった。それを必死の形相でガストンが避ける。そこに先程までの余裕は微塵も感じられない。
一方でクリスは淡々と魔法陣の形成を続けていた。クリスが発動している魔法陣は【水の二式】。比較的、陣が簡素で誰でも発動を早く出来る陣ではあるがクリスの場合はその発動は一瞬で終わっている。つまり絶え間なく攻撃が続くのだ。ガストン程度の実力でこれを躱しながらクリスに近づくなど出来るはずもない。
それにしても……
「わざわざ【水の二式】か。クリスもかなり頭にきていたようだな」
そんなことを呟きながら決闘というより、鴨撃ちの様相を呈してきた戦いを見守る。
クリスの、というよりスカーレット家の魔力は赤だ。赤は火の魔法と相性が良いためスカーレット家の中には火の魔法使いとして名を馳せているものが幾人もいるほどだ。
しかし逆に水の魔法とは非常に相性が悪い。その発射速度も威力も魔力の効率も最低だと言っても良い。そして水の魔法と相性が良いのはガストンの生家である青のセルリアン家だ。
だからこそあえてクリスは【水の二式】を選んだんだろう。完膚なきまでに叩き潰すために。私のためにそこまでしてくれるクリスの心が嬉しく、頬が緩むのを感じる。
しばらく逃げ回っていたガストンだったが次第に動きが緩慢になっていき、ついにクリスの水の矢を心臓と額の中心へまともに食らった。威力を極限まで抑えられたそれは軽い衝撃と共にガストンを濡らす程度のもので特に怪我をしている様子もない。しかし勝敗は誰の目にも明らかだった。
「そこまで! 勝者クリスティ・ゼム・スカーレット」
審判の騎士の手が高々と挙げられ、クリスがワンドを納めて優雅に一礼した。その表情には微塵の疲れも感じさせない。一方のガストンは両手を地面につけながら肩で息をしている。完全なる勝者と敗者の図式がそこにはあった。
クリスがこちらへと笑顔を向け手を振り、そして表情を真剣なものへと戻して下を向いたままのガストンへと近づいていく。私とレオンハルトも2人の元へ歩を進めた。
「さあ約束通りシエラに謝ってもらおうかしら」
「……」
そう言ったクリスをガストンが憎々しげに睨みつけながら見上げる。そして何も言わずに立ち上がると私の前へと歩み寄ってきた。私の前に立っていたクリスが場所を明け渡すためにこちらを振り向きそして私へとパチリとウインクする。そんな仕草に思わず小さく笑いこくりとうなずいて視線をガストンへと戻した。
瞬間、全身の血が沸騰した。
「主人を守れてこその騎士だよな!」
ガストンがクリスへと向けて持っていた木剣を振り下ろそうとしていた。こいつはこれを待っていたのだ。クリスが背を向け油断するその時を。その表情は復讐心に歪み、その目は狂気に染まっている。正常な判断など出来ていない。
突然の凶行に騎士たちも動けない。だがそんなことはどうでも良い。こいつはクリスを裏切った。神聖な決闘を汚す貴族とは名ばかりの下衆だ。私は裏切り者を許しはしない。
即座に手を伸ばし振り下ろされる遅すぎる木剣を受け止める。木剣程度で怪我をするほど私の体はやわじゃない。しかしもしクリスの頭に当たっていたら下手をすれば致命傷になりかねないほどの重みがあった。
「裏切り者の貴様が騎士を語るな」
「なっ!」
掴んでいた木剣を思いっきり引っ張りガストンの手から抜くとそれを放り投げる。訓練場を音を立てながら転がっていく木剣には目もくれず唖然とした顔で何もなくなった両手を見ているガストンの目の前で軽く飛び上がりながらその両手を蹴り上げ粉砕する。
ボキボキボキという骨が砕けていく音が聞こえ、腕を蹴り上げられた勢いで体が泳ぎ隙だらけになったその胴体へと空中で体をひねって回転させそのまま前蹴りを放つ。
ガンッという音と鈍い衝撃とともにガストンが訓練場を転がっていく。
やはり腐っていてもセルリアン家でレオンハルトの護衛騎士を務めるだけはある。鎧の質も今までの奴らとは違うな。まあ中身は大して変わりはないようだが。
「うっ、ぐっ、ぐあぁぁぁあー!!」
遅まきながら悲鳴をあげ、地面に這いつくばる虫けらのもとへと近づいていく。転げまわることさえ出来ず涙と鼻水、そして吐瀉物にまみれた汚らわしいその顔へと拳を……
「シエラ!」
ゴンッと大きな音が訓練場に響き渡った。そして先程までのうるさい悲鳴が嘘のように辺りは静かになった。
そんな静寂の中をこちらへと駆けてくる足音が聞こえる。その足運びだけでそれがクリスだと私にはわかった。振り下ろしていた拳を軽く振って汚れを落とし、立ち上がってそちらを振り返る。クリスが泣きそうな顔でこちらを見ていた。
「シエラ、もしかして……」
「大丈夫。殺してない。こいつには殺すほどの価値もない」
ちらっと視線をガストンへと向ける。その眼前へと振り下ろした拳によって少々陥没した地面へと顔を突っ込みながらガストンは気絶していた。その股間からは異臭を放つ液体が漏れ出している。これでガストンの騎士として、貴族としての人生は終わりだ。まあクリスに木剣を振り下ろそうとした時点で終わっていたかもしれないが。
クリスがほっと胸をなでおろし、そしてそのまま私をぎゅっと抱きしめた。柔らかく暖かいその感触とクリスの良い匂いにすさんでいた心が癒されていく。
「シエラ、人を殺さないって約束して」
「クリスの立場が悪くなるようなことはしない。でもクリスを助けるために必要なら私は……」
「そんな心配してない。私はシエラに人を殺して欲しくないの!」
クリスがより力強く私を抱きしめる。その体は震えていた。何かがぽとり、ぽとりと私の背中へと落ちて流れていく。もしかして泣いている?
「シエラ、お願い」
「……わかった」
涙声で告げられたそのお願いに私はそう答えることしか出来なかった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
_(。_°/ 「………」
(●人●) 「がすとんがー、すっとんだ!」
ピュー
(╹ω╹) 「ああっ!」
(●人●) 「ふむ、さすがだな。こういったギャグ空間で寒いギャグを言えばとてつもなく滑ると言う情報は本当だった」
(╹ω╹) 「またマーカスさんですか?」
(●人●) 「いや、ダンだぞ」
(╹ω╹) 「お父さん、何言ってるの?」
(●人●) 「なんだ知らんのか。ダンは普段は言葉少なだがお笑いには厳しいのだぞ。よく勢いだけの芸人はダメだと愚痴をこぼしているからな」
(╹ω╹) 「本当に何言ってるの父さん!」




