第36話 侮辱と決闘
年の頃はレオンハルトやクリスと同じくらいか。王城であるにも関わらず帯剣が許されていることからしてそれなりの立場の者なのだろう。記憶にはないが。
「やめろ、ガストン」
「しかしレオンハルト殿下、王族に対してあのような対応が許されるのは騎士のみです。あのような形だけの子供に、しかもエセ貴族などに許されるはずが……」
「やめろと言っている」
2度目のレオンハルトの静止にガストンとやらは不服そうにしながらもそれ以上の言葉は発せず元の警戒に戻った。ふぅ、と息を吐きそしてレオンハルトがこちらを向く。
「すまない。君の対応は正しい。君はクリスの騎士なのだからね。ガストンも今回の戦争に向かうことになっているから気が立っていたんだろう。許して欲しい」
「別に気にしておりませんので」
「感謝する」
私が謝罪を受け取ると、空気を変えるためか冗談を交えつつレオンハルトがクリスと歓談を再開した。少々表情の曇っていたクリスもそれに釣られるようにして笑顔へと戻っていく。一時はどうなるかと思ったがなんとかなりそうだな。
お茶やお菓子をつまみつつ2人は楽しい時を過ごし、そして別れの時間になった。クリスが名残惜しそうにしながら別れの挨拶を交わしている。そんな姿を私は表情を緩めながら眺めていた。
戦争に行くと決まってからクリスは平気そうな顔をしていたがどこかで張り詰めていたところがあったからな。今回のことはそれを和らげる良い機会だった。気に食わないがレオンハルトには感謝しなければならないだろう。絶対に伝えることはないが。
そんなことを考えていると私のそばにガストンが近寄ってきた。そのニヤニヤとした表情は明らかにこちらを見下していることがわかる。底の浅そうなやつだな。
ガストンの言うエセ貴族というのは私のように1代限りの名誉貴族に対する蔑称だ。爵位を継ぐことができる貴族の家の中には貴族としての血を重視するものもいる。そういった者たちからすれば平民からたまたま貴族になったような私のようなものは貴族とは言えないということだ。本当に馬鹿らしい。
「スカーレット家も落ちたものだな。こんなガキを騎士扱いとは。騎士はお人形遊びじゃないんだよ」
「……」
相手にするのも馬鹿らしくて話す気にもなれず無言を貫く。私が反論しないことに調子に乗ったのかガストンが言葉を続けた。
「レオンハルト殿下も大変だ。お人形を騎士にするような馬鹿な女を妻にしなければいけないんだからな。私の妹のほうがよほど美しく才気に溢れているのに」
「……」
ギリっと歯が鳴った。私のことなどいくら馬鹿にしようが気になどならない。馬鹿の言葉などに価値はないと割り切れる。しかしこいつはクリスのことを貶めた。どれだけクリスがレオンハルトのことを想って頑張っているのか知りもせずに。
すぐにでもこいつを殴り飛ばしたい。しかしことこの場において暴れるのはクリスの不利益に繋がる。しかもこいつは第3王子とは言え王族の身辺警護の役を勤めるほどの者だ。家名を聞いていないのでどこの貴族かはわからないがおそらく高位の貴族家の出身のはずだ。下手をすれば私の首も飛びかねない。クリスの幸せを守るためにもそれは回避しなければならない。
「ここまで言われてだんまりかよ。本当にお人形だな。おっ、終わったか。じゃあな馬鹿なご主人様と騎士ごっこでもして遊んでいるんだな」
「……」
クリスとレオンハルトの別れの挨拶が終わったことを察知して去っていくガストンの後ろ姿を見ながら必死で怒りをこらえる。拳に力をいれ我慢しようとしたがその震えが体全体まで広がっていく。でも我慢だ。こんなくだらないことでクリスの幸せをご破産になどさせはしない。
こちらへと向かってくるクリスとガストンがすれ違う。
パンッ!
そんな乾いた音が辺りに響いた。視線に入ってきたその光景に私は一瞬で怒りを忘れてしまった。クリスが平手でガストンの頬を思いっきり張ったのだ。
「ガストン・ゼム・セルリアン。私の騎士を侮辱したようですね。立場に物を言わせて一方的になぶるとは騎士の風上に置けません。己の行いを悔いるのであればシエラに謝罪しなさい」
「いきなり何を、それに何を根拠にそんなことを!?」
「主が騎士の気持ちを察することも出来ないとお思いですか?」
クリスがガストンに詰め寄っていく。その態度は私が何かをされたと確信していた。クリスにこんなことをさせてしまい申し訳ない気持ちだが、それと同時に私のためにここまで怒ってくれたことがとても嬉しかった。
しかしこれは少しまずい。クリスの言ったガストン・ゼム・セルリアンという名前で私も思い出した。このガストンは3大侯爵の1つであるセルリアン侯爵家の次男だ。クリスと同じ年齢であり、レオンハルトの近衛騎士になったと話には聞いたことがあったのだ。今までは会うことがなかったので思い出せなかったが。
まあ今はそんなことはどうでも良い。並みの貴族であればクリスならばどうとでもなるが同じ3大侯爵家、しかも継承権2位同士では面倒事になる可能性がある。
クリスは怒りでヒートアップ気味だ。これ以上ややこしいことにならないためにも落ち着かせないと。
「クリスティ様。落ち着いてください」
「でも、シエラが!」
「ガストン、落ち着け」
「しかしレオンハルト殿下!」
くしくも私がクリスの手を取って落ち着かせようとするのと同時にレオンハルトがガストンを叱責した。気に食わないが絶妙なタイミングだ。距離が離れたこともありクリスとガストンも少しずつ落ち着いてくる。
ふー、ふーと荒い息を落ち着けようとするクリスを見ていると先程まで自分が怒っていたはずなのにということが思い出されて苦笑してしまった。
「クリス、落ち着け。あんな愚か者に貶されても私は気にしない。私が怒っていたのはクリスのことを言われたからだ。その仕返しは十分クリスがしてくれた。だからもう良いんだ」
「……くないわよ」
「何だって?」
「良くないわよ。私が一番シエラの凄さをわかっているんだから」
「あっ!」
クリスはキッとガストンの方を睨みつけると私のしていた赤い手袋を脱がせそのままつかつかと歩いていき、レオンハルトに弁解しているガストンの胸に向かってその手袋をぶつけた。その場にいる全てのものが動きを止めて静寂に包まれる中、私の手袋がぽとりと地面に落ちる小さな音が聞こえた。
「決闘を申し込むわ。ガストン・ゼム・セルリアン」
「この意味がわかっているのか? クリスティ・ゼム・スカーレット」
「ええ。あなたに騎士としての覚悟と誇りがあるのであれば決闘から逃げるはずないわね。それもともしかして怖いのかしら」
「レオンハルト殿下の婚約者だからといって調子に乗っているようだが決闘にそんなものは持ち込めないぞ」
「なに当たり前のことを言っているのかしら。家柄だけでレオンの騎士になっただけの卑怯者らしい考えね」
2人の視線が交錯しバチバチと火花を飛ばしている。
止めたい、しかし手袋を相手にぶつけるという正式な決闘の申し込みをしてしまったからには止めることなど出来るはずもない。私に出来るのは見守り、いざという時はこの身を犠牲にしてでもクリスを助けることだけだ。
皮肉交じりの話し合いで決闘についての詳細が決まっていく。さすがに命を奪い合うようなものではなく兵士の訓練場において訓練用の武器を使用しての決闘となった。
決闘に際しクリスが要求したのはガストンが正式に私へと謝罪すること、逆にガストンが要求したのは私とクリスがガストンへ謝罪するというものだった。
「行くわよ」
「ああ」
訓練場へと案内する執事の後を追っていく2人についていっていると私の隣へと並ぶ者がいた。レオンハルトだ。眉根を寄せ困ったような顔をしているが、その瞳はどこか楽しげだった。
「騎士様はクリスが勝つと思うかい? ガストンはあれでも新人の騎士と同等に戦うことが出来るんだよ」
「そうですか」
確かに14歳で新人の騎士、つまり最低でも18歳の騎士と同等に戦えるということはかなりの腕ということだ。しかしその程度であればクリスが負けるはずがない。今回の決闘はある程度の距離が離れたところから始まる魔法ありの勝負だ。クリスなら十分に対処可能だ。
「クリスティ様が勝つでしょう」
「そうか。それなら安心だね。ガストンにお灸を据えることが出来そうで良かったよ。君はクリスを認めているんだな」
薄く笑みを浮かべたレオンハルトから視線を逸らし前を行くクリスのことを見る。クリスが負けることはない。だが決闘に負けた程度であのガストンの心根が変わるとは思えない。無理に謝らせたことで逆恨みする可能性さえあるのだ。
(どうするべきだろうな)
答えの出ない問題を考えつつ歩いているうちに私たちは兵士たちの訓練場へと着いたのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
_(。_°/ 「………」
(╹ω╹) 「ですよねー」
(●人●) 「やあ、あれっくす。清々しい空気だな」
(╹ω╹) 「全身血まみれのお嬢様に言われると清々しいという言葉の意味を辞書で確認したくなりますね」
(●人●) 「ぱぱぱぱっぱぱ〜、大○林〜」
(╹ω╹) 「えーっと……」
(●人●) 「ほら、調べると良い」
(╹ω╹) 「お嬢様……」
(●人●) 「なんだ?」
(╹ω╹) 「返り血のせいで読めません」