第35話 王城でのお茶会
カラトリア王国の王都ジェンナは王家の色である白を基調にした街並みになっており、街に住む人々も何かしら白色ものを身に付けている。王家がいかに愛されているかという象徴だろう。
その街の中心にそびえ立っているのが王城であるモルガン城だ。深い堀と高い城壁に囲まれてその全容は外からでは見えないものの、その屋根や突き出した尖塔だけでも歴史と荘厳な雰囲気が感じられる。
王都に着いてから2日後の昼過ぎ、私はクリスと共に馬車に乗りそのモルガン城へと向かっていた。もちろんクリスとレオンハルトのお茶会の付き人兼護衛としてである。ちなみにアレックスは同行していない。貴族どころか、その親族ですらないのだから仕方がないだろう。
クリスはこの2日間とても機嫌が良く、どんなドレスを着ようか、どんなアクセサリーを付けようかと楽しげに頭を悩ませていた。何度も相談され、内心ではあいつに会う程度なら訓練着でも良いのにと思いつつも無難な回答をしておいた。まあ結局はクリスは自分が決めていたらしきドレスを着ることに決めたようだが。
今日も朝から私に話しかけてきてはレオンハルトの素晴らしさや格好の良いところなどを熱心に教えてくれるのだがいかんせん私はあいつが嫌いだ。クリスの心を裏切ったレオンハルトが。
いや、本当はわかっている。
今のレオンハルトは確かにクリスの言うように好人物であるのだ。第3王子であるため王位を継承する可能性は低く、そのためクリスとの結婚後に備えて地方の貴族について勉強をするほどに勤勉で、王城の使用人たちにも優しいため評判も悪くない。
優秀な第2王子がいなければ病弱な第1王子の代わりにレオンハルトを王位にという動きが出てもおかしくないほどなのだ。
クリスのことについても決められた婚約ではあるものの頻繁に手紙をやり取りし、クリスが王都に来た際にはこうして王城へと招待して逢瀬を重ねている。その時クリスに向けられる目は穏やかで慈愛に満ちていた。
あの悪魔さえ出てこなければ2人は紆余曲折はあったかもしれないが幸せな人生を送れていたのではないかと思える程だった。
そうなのだ。今はまだレオンハルトは裏切っていない。むしろ……
「シエラ、見て。綺麗なお城でしょう」
「……そうだな」
私が上の空で考え事をしているうちに私たちを乗せた馬車は城門をくぐり抜けていた。クリスの誇らしげな声に視線を城へと向ける。
城で統一されたその姿はまるで夢物語に出てくるかのように幻想的で美しく、周囲を取り囲む色とりどりの庭園と対比するかのように浮かび上がっていた。今は昼過ぎであるので本来の白色であるのだが、季節や時間によっては陽の光に染められ青や赤、黄、さらには金色に染まることもある。
幼い時にレオンハルトに案内されて城壁から見た赤く染まる王城の姿をクリスは死ぬまで忘れることはなかった。その感動を私にも伝えたいのだろう。
「綺麗な城だ。だが私はスカーレット城の方が好きだな」
「そう? そう言ってくれるのは嬉しいけれど規模が違うわ」
ふふっとクリスが笑いながらそんなことを言った。確かに外見だけを見ればその通りだろう。しかしその内に住む者の方が私にとっては重要なのだ。裏切られていくクリスを助けもせずに静観した王の住む城に何の価値も感じない。
馬車が進み王城の東の迎賓用の区画の入口の前で止まる。さて気持ちを入れ替えなくては。私自身の失敗で私が損をするのは気にならないが、ことここにおいてはクリスにまで悪評や責任が及んでしまうからな。
「それではクリスティ様、参りましょうか」
「ふふっ、久しぶりに聞くと違和感があるわね。よろしくね、私の騎士様」
「もちろんです」
クリスを先導するようにして馬車から降りる。陽の光が私の赤い騎士服を照らした。この騎士服は4年前にクリスから直々に頂戴したスカーレット領の近衛騎士が儀式や謁見時に着る騎士服である。もちろん私のサイズなどあるわけがないので特注品だ。
スカーレット家を表す赤と所々に王家の白色が差し込まれた騎士服は儀礼でも使えるほどのデザインであるにも関わらずその動きを遮ることがないように工夫されている。いついかなる時でも主を守るという心意気がこの服には込められているのだ。
私にふさわしい服といえるだろう。
付き人の手を取り優雅に馬車から降りてくるクリスを迎え、案内役の執事に先導されながら王城の中を進んでいく。東の迎賓用の区画の奥にはあの場所がある。クリスとレオンハルトが出会った思い出の場所が。
しばらく進むと予想通り2人が出会った東区画の中庭へと案内された。庭師によって整えられた花園も、そのそばにある休憩ができるベンチも全てが記憶の通りだ。
そしてそこにいた1人の男がこちらに気づくとその手を広げて柔らかな笑みを浮かべた。
「クリス、よく来たね」
「久しぶり、レオン。招待してくれてありがとうね」
はしたなくない程度の速度の早足で近づいたクリスの表情は幸せに満ちている。そう、クリスはレオンハルトを愛している。この中庭で初めてレオンハルトに会った時にクリスは恋に落ちたのだ。そしてその愛はずっとクリスの中で育っていた。
王家の証であるレオンハルトのサラサラの銀髪はまるで絹のように光沢があり、その薄紫にきらめく瞳にはクリスの笑顔が映っている。クリスと話をしながらさりげなくエスコートしていく姿はその年齢以上の余裕と風格を漂わせていた。
紛れもなく美男子と言えるだろう。だが私はどうしてもその姿にあの日の姿が重なってしまい直視出来なかった。直視してしまえば私の心に沸き上がる暗い想いが瞳にこもってしまいそうだった。
だからこそ私はクリスの騎士としての仕事に集中することにした。周囲を警戒しながらじっとお茶会を始めた2人の近くで待機する。2人は楽しそうに話に花を咲かせている。
しばらくしてお茶のおかわりをメイドが注ぐ頃、レオンハルトが少し表情を曇らせながら話し始めた。
「戦争に行くんだってね。大丈夫だとは思うけれど気をつけて」
「ありがとう。そういえばレオンは4年前に行ったのよね。お兄様がご病気でその代わりだったかしら」
「そうだね。ヴィンセント兄様が行く予定だったんだけれど風邪をひかれてね。もしそうじゃなければ今回クリスと一緒に行けたんだが」
残念そうにするレオンハルトの姿にクリスがふふっと笑う。そして視線を私の方へとちらっと向けるとクリスはにこやかに話し始めた。
「心配はありがたいけれど大丈夫よ。頼もしい王国の兵士の方々が守ってくれるし、私だってそれなりに鍛えているんだから。それに私には私の騎士様がいるしね」
「騎士様って言うのはそこの彼女のことかな?」
「ええ。シエラ、レオンに自己紹介をして」
「シエラ・トレメイン名誉赤女男爵です。4年前に爵位を賜り、それよりクリスティ様の騎士を仰せつかっております。お目にかかれて光栄です、殿下」
クリスに促されるままに自己紹介し礼をする。正式な謁見ではないので騎士の礼節に則り、立ったまま右手を胸に掲げ頭を少し下げる。視線を上げると微笑ましいものを見るかのように2人が私を見ていた。クリスは良いとしてレオンハルトのそんな視線はいらっとくるだけだ。
そんな気持ちを表に出さないように警戒に戻ろうとしたのだがそうはいかなかった。
「おい、エセ貴族如きが王族であるレオンハルト殿下に立礼だと!? ふざけるなよ」
レオンハルトのそばで私と同じように周囲の警戒をしていた青髪の男がそんなことを言いながらこちらを睨みつけてきた。楽しいだけのお茶会とはいかないようだな。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「丑三つドキドキ、殺意ワクワク……」
(╹ω╹) 「ストーップ!」
(●人●) 「なんだ? せっかくこれから良い所だったのに」
(╹ω╹) 「いえ、なぜか全力で止めないといけない気がしまして。それより、なにポップな曲調で不穏な歌詞を歌っているんですか? いや、何をしようとしているかは格好でわかりますけど」
(●人●) 「この歌はこの儀式のやり方を丁寧に教えてくれる素晴らしい歌だぞ。何でもネギを振り回す娘が歌っているそうだ」
(╹ω╹) 「もしかしてそれも……」
(●人●) 「当然マーカスからの情報だ」
(╹ω╹) 「マーカスさーん!」