第34話 戦争の知らせ
ダンジョン探索は順調に進み、訓練とも相まって14歳になったクリスは既に遠距離からの開始であれば近衛騎士たちを圧倒できるほどの実力へと成長した。今までの6度のクリスの人生と比べれば異常とも言える成長速度だ。おそらく以前この強さになったのはクリスが16歳のころのはずだ。
これはもちろんダンジョンで格を上げたおかげということもあるし、クリスに合った魔法の制御方法による訓練、そしてクリスに最適な戦い方を私が知っていたためそれに合致するようにアドバイスできたからだろう。
今のクリスであれば余程のことがなければ自分で自分の身は守れるはずだ。なんとか間に合ったな。
私がクリスを強くすることを急いでいた理由はちゃんとある。もちろんあの聖女という名の悪魔と対峙するために強くなる必要があるということはもちろんなのだが、それとは別に近々にある出来事が起こるのだ。
今までのクリスであれば関係はなかったんだが運命が変わったことでクリスも関係してしまうことになるからな。
クリスが14歳になった年、白王歴248年に隣国ローラン帝国と戦争が起こるのだ。
3大侯爵の1つであるサルファー領と接するローラン帝国はこのカラトリア王国と仲が悪く、数年に1度の割合で戦争という名の小競り合いを起こしてくるのだ。
ただ、もちろん人死は出るのだがローラン帝国にカラトリア王国を本格的に侵攻できるような力はなく、逆にカラトリア王国にしても大陸で2番目に広大な土地を持つが、痩せた土地の多いローラン帝国へと領土を広げるよりも国内の開発に手を出したほうが有益ということで大きな戦争にはならずにいつも小競り合いとなっていた。
一見、意味のない戦争のようにも思えるのだがカラトリア王国はそれを有効利用していた。それは貴族の子女に実際の戦争を見せ、その空気を体感させるとともに貴族としての自覚を促す一助にしたのだ。実際この行いをするようになってからカラトリア王国において処罰される貴族の数が減少したようで一定の効果があったようだ。
こういったことから貴族の子女であればおおよそ15歳までに戦争を見に行くことになるのだが例外もある。それは爵位の継承順位が1位の者だ。
継承順位1位と言うことはその家を担う大事な人物だ。もちろんそれなりの護衛がつくし、国としても万全の体制を敷いてはいるが戦争なのだから完全とは言えない。もちろん希望すれば継承順位1位の者であっても見に行くことは出来るのだが基本的には不要というのが通例だった。それに従ってクリスも今までは行かなかったんだしな。
しかし今回は違う。スカーレット領の継承順位1位はクリスの弟のカリエンテだ。そしてクリスは現在継承順位2位。つまり今回の戦争には高い確率で向かう事になる。そこに悲劇が待っているとも知りもせずに。それを乗り切るためにもクリスを強くしたのだ。
もちろんクリスを1人で行かせるわけがない。スカーレット領の名誉赤女男爵となった私も当然に向かうし、その従者としてアレックスも同行させる予定だ。
本音を言えばクリスを行かせたくはない。私もアレックスもクリスもそれなりに戦うことはできる。しかし授業でも習うことになったこの悲劇を考えると命の危険が無いとは口が裂けても言えないし、なにより不安なのは私自身が経験したことがないということだ。
もちろん授業でも習ったし、クリス自身その報告書を読んだこともあるので概要は知っている。しかし実際にどの程度の規模でどのような動きがあり悲劇が起こってしまったのかは想像を働かせるしかないのだ。ある程度の目処を立てたが不確定要素があることが不安を掻き立てる。
とは言え出来ることをやるしかないのだ。クリスの幸せな人生のためなら悲劇など軽く覆してやらねばならない。それにクリスを助けるということ以外の目的もあるしな。
それがうまくいけばクリスの幸せのためにまた一歩近づくことが出来るはずだ。
そんなことを考えながら日々訓練などをこなしながら過ごしていると、エクスハティオから呼び出しがあった。そして私の予想通り、ローラン帝国との戦争が起こるのでクリスとともにそれを見に行くように勅命が下ったのだった。
数日後、私とアレックスそしてクリスを乗せた馬車は街道をひた走っていた。本来であれば侯爵の娘であるクリスと私たちが一緒の馬車に乗るなどということは立場的にはありえないのだがクリスの護衛と世話係として同乗することになったのだ。
まあダンジョンや訓練等で散々クリスとは一緒に過ごしていたし、私たちの実力も良く知っているエクスハティオの粋な心遣いという訳だ。まあ若干、娘のご機嫌取りではないかとも邪推してしまうが私にとっては好都合なので別に問題はない。
もちろん馬車は単体ではなく14台の隊列を組んで進んでいる。そのうちの5台は私たちと同じように戦争を見に行くスカーレット領に住む貴族の子女たちのものであり、残りはその護衛や従者だ。
ちなみにその中にはエンリケ・クルーズ名誉赤准男爵もいる訳だがたまに私に絡んでくるくらいでクリスに害はなさそうなので受け流すに留めていた。まあ本格的に面倒になったら立場を利用して追い払えば良いしな。なにせ私のほうが爵位は上なのだから。
たまにモンスターが襲って来るくらいで、そのモンスターも護衛の兵士たちに簡単に倒され順調に馬車は進んでいき、そしてカラトリア王国の王都ジェンナへと到着した。ここでしばらく待機し、王都から派遣される兵士たちに同行して戦場へと向かうのだ。
余裕を持って日程を組んでいたため出発まで1週間ほど余裕があった。そのため一行はジェンナにあるスカーレット家の別邸へと向かいしばしの休息を取ることとなった。
私とアレックスも一室を与えられ、持ってきた荷物を軽く整理してから再び外へと出た。アレックスは気乗りしない顔をしているが馬車の旅ではほとんど体を動かすことが出来なかったのだ。確かにクリスと一緒に過ごす素晴らしい時間を得ることはできたがそれはそれ、これはこれである。
おそらくこの屋敷に詰めている兵士たちが訓練するのであろう運動場でアレックスと対峙する。
「では行くぞ、アレックス」
「本当にやるんですか?」
「許可は取ってあるぞ」
「そういう意味じゃないんですけど……わかりました」
覚悟を決め、真剣な表情でこちらを見るアレックスへとニヤリと笑い返してこちらも戦闘態勢へと入る。アレックスとの勝負は距離をいかに詰めるかにかかっている。魔法を完全に無視して自分の肉体の頑強さを頼りに近づくことは出来なくもないがそんなことをしては意味がないからな。
息を整えタイミングを図る。予備動作がなるべく無いように重心を移動しつつアレックスの動向を注視する。
今だ!
私とアレックスが動いたのはほぼ同時だった。今回は距離があるので私が近づく前にアレックスの魔法陣が完成する。これは【水の……んっ?
「っととちょっと待て。クリスだ」
「えっ? うわっ!」
玄関から出てきたクリスの姿に訓練を中止する。作っていた魔法陣の制御が崩れ暴発しそうになったそれをアレックスが慌ててかき消していた。まあ大丈夫だろう。
クリスは門番から何かを受け取ると花のような笑顔を振りまいていた。何か良いことがあったようだな。しばらく見ているとクリスがこちらに気づき近寄ってきた。
「2人とも本当に訓練しているのね」
「まあな。それにしても何か良いことがあったのか? 随分とご機嫌のようだが」
クリスが笑みをいっそう深め、そして大事そうに手に持った封筒を胸に抱いた。その表情は正に恋する乙女だった。それだけで私はその手紙の主が誰か予想がついた。心の中で黒い霧が渦巻いていくのを感じつつ、それを外に出さないように必死で笑顔を取り繕う。
「レオンからの招待状よ。明後日王城でお茶でもしないかですって」
くるくると回りだしそうなクリスの姿を眺めつつ、私は手を背中に隠し力の限りそれを握り締めるのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「そういえばお嬢様。具体的に名誉女男爵ってどのくらいの地位なんですか?」
(●人●) 「そんなことも知らんのか?」
(╹ω╹) 「いまいち貴族の階級って慣れなくって……」
(●人●) 「まぁ、あまり馴染みはないかもしれんな。カラトリア王国では侯爵、伯爵、子爵、男爵、准男爵が貴族として扱われる。女男爵は男爵と同位だから下から2番目ということだ」
(╹ω╹) 「あまり高くないんですね」
(●人●) 「当たり前だ。ちなみに名目上は通常の男爵と名誉男爵の間に差はないと言われるが実際は少し名誉の方が下に見られる傾向があるな」
(╹ω╹) 「勉強になります」
(●人●) 「ただあくまでこれはカラトリア王国の爵位であって他国は違うからな」
(╹ω╹) 「了解です。しかし何というか始めてそれらしい話題でしたね」
(●人●) 「ふざけてばかりだと飽きられるからな。何事も緩急だ」