第33話 スカーレット城のダンジョン
ハッハッハッという息遣いを感じながら眼前のモンスターたちの動きを注視する。一部を除きモンスターと言えども筋肉で動いている。動くためには予備動作があるし、そしてその前には……
こちらを警戒してじりじりと動いていたモンスターたち、グレイフォックス3匹の瞳が開かれ闘争心が宿った。そして3匹が一斉にこちらへ向かって跳びかかってくる。
「遅い!」
それに合わせるようにして突き出した大盾にほぼ同時にぶつかったグレイフォックスたちはキャインという悲鳴を上げながら地面を転がっていく。それなりのダメージは与えたが決定打にはなりえない程度のものだ。しかしこれで十分。
「風の3式」
「火の3式」
背後から聞こえた2人の声と共に2本の風の槍と1本の火の槍がグレイフォックスへと向かって飛んでいく。狙いたがわずグレイフォックスの額へと突き刺さり即座に息の根を止めた風の槍に比べ、炎の槍に胴体を貫かれたグレイフォックスは悲鳴を上げながらのたうち回り、そしてその動きを止めた。
しばらく警戒して待っているとグレイフォックスたちの体が溶けるようにして消えていきそこに魔石と牙が残される。後ろから安堵の息を吐く音を聞きつつそれらを回収していく。大した価値があるわけではないが大事な戦果だしな。
そして全て拾い終えて振り返り、熱心に話し合っているクリスとアレックスの元へと向かう。
「やっぱり魔法発動後の誘導がネックね」
「そこはシエラ様との訓練で……」
私が近づいたことに気づいた2人がこちらへと視線を向ける。
「お疲れ様です、お嬢様」
「お疲れ様、シエラ」
「お疲れ様と言われるほど疲れてはいないが……2人とも熱心に話すのは良いがそれはここを出てからにした方が良いぞ。護衛がいるとは言ってもここはダンジョンだしな」
2人がしまったという顔をして警護について来てくれたソドスへと謝罪する。壁にもたれながらも周囲を警戒していたソドスがヒラヒラと手を振って応えた。
そしてソドスが私を手招きする。何だろうと思いながら近づいていくと私の頭にその拳がいきなり打ち下ろされた。ガンッという結構大きな音が響いたが大した痛みは無い。
「お前は過保護なんだよ。そう言うのは実際に失敗して学んでいくものだろうが」
「事前にわかっている落とし穴に自分から落ちるような必要はない。2人なら言葉で説明すれば理解し、実践できるはずだ」
「この石頭の弟子が知ったふうな口をきくな」
「脳筋の師匠では理解できないかもしれませんね。人は体験しなくとも知識を得ることは出来るのですよ」
お互いにらみ合ってそして同時に視線を逸らす。ソドスに戦い方の訓練をしてもらうようになり、そして師匠と弟子という関係になってお互いに遠慮というものがなくなったこともありこういったことは日常茶飯事だ。
そんなわけでクリスとアレックスもいつものことかと特に気にしている様子もない。逆に先程までの反省を生かして周囲の警戒をしていた。
ここはスカーレット城の裏、兵士たちの訓練場の一角に存在するダンジョンの中だ。私たちは今日から訓練のためこのダンジョンへと潜ることになったのだ。
今までであればクリスがこのダンジョンに行くようになるのは今から1年ほど後、クリスが14歳になる少し前からだった。
しかし早くダンジョンへ行かなくてはならない事情があるためそれを前倒しできるようにクリスを私とアレックスで鍛え上げたのだ。そしてやっとのことでダンジョンへと潜る許可をエクスハティオからもらうことができた。
ダンジョンというのは不思議な存在でその内部ではモンスターが自然に発生し、そしてそれを倒すと魔石と何らかの素材を落として消えてしまう。
どういった原理で、そしてなぜダンジョンが出来るのかということはわかっていない。ダンジョンについて研究するものも少なくないが芳しい成果を残すものはほぼいない状況だ。
しかしこのダンジョンは私たちの生活と密接に関わっている。危険な場所でありつつも魔石という生活に欠かせない資源の産出地であり、さらにはモンスターを倒すことで食料などが出ることもある。
こういった性質から城などには必ずダンジョンがあるのだ。いや、ダンジョンがあるところにわざわざ城を建てたと言ったほうが正しいか。敵に攻められ篭城した時に燃料や食料を手に入れられるという強みがあるからな。
それに加えてモンスターを倒すと人としての格が上がりやすいのだ。地道な訓練によって技を磨くことでも強くなることは出来るが、最も手っ取り早く強くなる方法は格を上げるという方法になる。だからこそ兵士の鍛錬のためにもダンジョンが城にはあるわけだ。
とは言えダンジョンは本当に危険な場所だ。何の準備もしていない者が入れば簡単に命を失ってしまう。そのためカラトリア王国では基本的にダンジョンは国が管理し、そこに入るためには15歳以上の成人であることが大前提となっている。まあ私たちのような例外はあるがな。
さてこうして話している時間ももったいない。クリスは何かと忙しい身だ。それに期日も迫っているのだ。それまでに出来うる限り格を上げなくては。
「さて次へ進むぞ」
「はい」
「わかったわ」
2人を引き連れてダンジョンを進んでいく。初めてのダンジョンということで緊張していることがこちらまで伝わって来るがこれは仕方がないだろう。緊張しなくても良いとは再三言っているのだ。慣れるまでもうしばらくはかかるだろう。
その後半日ほどダンジョンでモンスターと戦い続け、クリスは4度、アレックスは3度、格が上がったそうだ。旅の最中にモンスターを倒すことでアレックスは既に1度格が上がっていたはずだから今回で2人は同格になったということだ。
入った当初に比べて緊張が解けてきたこともあるだろうが、クリスの攻撃も徐々に狙い通りのところに飛ぶようになってきていたし威力も上がっているようだった。危険なこともなかったし順調と言って良いだろう。
ダンジョンから出て、クリスと別れて自宅への道を3人で歩く。初めてのダンジョンの感想を熱心に話すアレックスに返事をしながらも私の心は別のことに囚われていた。
「やはり上がらなかったな」
アレックスの質問に答えているソドスの様子を一歩引いたところから眺めながら誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
上がらなかったのは私の格のことだ。今回のダンジョンの探索において私の格は全く上がっていない。とは言えこれは事前に予想していたことだった。
旅の最中において私は出てきたモンスターを倒し、盗賊たちと戦闘した。普通であれば格が上がってしかるべき経験だったのにも関わらず私は格が上がる感覚がなかった。
格というものはその階位が上がって行くごとに次の格が上がるまでに多くの経験が必要になることがわかっている。逆に低い格の間は少しのモンスターを倒しただけで上がるはずなのだ。しかしそうはならなかった。
おそらくこれは私がシャルルを取り込んだ影響なのだろう。魔力を放出できなくなったように格を上げることが出来なくなっているのだ。必ずしもそうとは限らないし、成長が遅いだけという可能性もないわけではないが希望的な観測はすべきではない。私の格は上がらない。そう考えて行動したほうが良いだろう。
つまり私が強くなるためには技術を磨く必要があるということだ。もちろん装備や道具でカバーできる部分もあるだろうが最終的には自分の力だけが頼りになるからな。そのためには……
目の前で話している楽しげに話す2人を見る。これから成長していくであろうアレックスを、そして私よりはるかに高い戦闘技術を有するソドスを。
「師匠、明日からの訓練をもっと厳しくして欲しい」
「別に良いが。血反吐を吐く覚悟はあるのか?」
「そんな覚悟は生まれた時から出来ている」
そう言った私の顔を見てソドスがニヤリと笑った。そうだ。覚悟など生まれた時から出来ている。クリスを幸せにするために出来ることは全てするのだ。
「いい覚悟だ。後悔すんなよ」
ソドスが私の頭に手を置きそして乱暴に撫で回す。後悔など飽きるほどしつくした。だからこそ私は後悔しない道を突き進む。そこにどんな障害があったとしても。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「ステータス!」
(╹ω╹) 「わっ、いきなりどうしたんですか!?」
(●人●) 「ふむ、格というレベルの概念が出てきたのでな。もしかしてと思ったのだ。残念ながら出なかったが」
(╹ω╹) 「出たらどうなるんですか?」
(●人●) 「一部から熱烈に支持される」
(╹ω╹) 「えっ?」
(●人●) 「しかし数値がおかしかったり意に沿わないと攻撃されるのだ」
(╹ω╹) 「えーっと……」
(●人●) 「ステータスの闇は深いぞ」
(╹ω╹) 「出なくて良かったですね」
(●人●) 「うむ」