第32話 穏やかな成長の日々
クリスと再会してから2年半が経過していた。当初はどこのものかもわからぬ私たちを兵士や騎士達は警戒していたようだがもちろん私がクリスを害するようなことは無い。しかしそれを証明する手段は地道にその態度を示し続けるしかないのだ。
そうし続けたおかげもあってか今ではある程度の信頼を得ることには成功した。元々クリス自身は私達を快く歓迎してくれていたので一緒に過ごすことも多かったおかげで早い時期に信頼を獲得できたのだと思う。
クリスと過ごす日々は平穏だった。以前の人生が嘘のように笑顔にあふれ健やかにクリスは育っていく。たまに面倒な奴が絡んできたりするがそれさえも寛容に受け止めることが出来る程度には余裕があった。
クリスの運命は変わった。そんなことを実感する幸せな日々を私は過ごせたのだ。
スカーレット城の中庭。元々は季節の花々が庭師によって植えられ、城で働く人々がふとそこを見て心休めるような場所だったのだが、その一角に土の地面をむき出しにして均された20メートル四方ほどの広場が現在は出来上がっていた。そしてそこにクリス、私、そしてアレックスがいた。
「シッ、シッ、シッ」
クリスが息を吐き出しつつ細剣で突きを放って行く。型の通りに行おうとしているのだがどうしても動きにばらつきがある。
「クリス、右手に力が入り過ぎ。ここをこうして……」
「うん」
クリスの手を取りその型を修正していく。私自身クリスと同じことが出来るかと言われれば絶対に出来ない。しかしその型の最終形を私は散々目にしてきたのだ。鏡の前にただひたすらに繰り返し、無駄を省き、洗練していったその最終形を。それとの違いを指摘して修正するだけなら私にも出来る。
修正を終え、クリスが再び細剣を振るう。先ほどよりかなり良くなっているがまだまだだ。しかしこの年齢を考えれば十分だろう。
しばらく剣を振り続けていたクリスだったが時間が来たので訓練は終わりだ。アレックスが用意しておいたタオルを受けとり汗をぬぐうと、上気させた顔に笑顔を浮かべる。
「ありがとう、2人とも。自分たちの訓練もあるのに」
「問題ない」
「そうですよ。それにクリスティ様の訓練を手伝うことも立派な仕事ですから」
「ふふっ、ありがとう。じゃあ私は行くわね」
クリスが手を振り、メイドを連れて城の奥へと消えていった。それをアレックスと2人で見送る。そして完全にその姿が見えなくなったところでアレックスと目が合った。
「では僕たちも訓練を始めますか?」
「そうだな。少しは成長したと思わせてくれよ」
「はい。必ず」
アレックスが身構える。身長も伸び、こういった戦闘訓練も続けたことでアレックスは少々精悍な顔つきに変わり始め、声変わりもしたことで女と間違われるようなことは無くなった。とは言え声は男にしては高めだし、少し化粧をすればどうなるかわからないがな。
アレックスの目の前に3つの魔法陣が浮かぶ。展開速度も構成も申し分ない。しかし……
「ふっ!」
魔法陣が完成する直前、一気に踏み込みその喉元に手刀を突き付ける。アレックスは全く反応できずに息を止めるだけで、完成しかけた魔法陣がさらさらと消えていった。手刀をおさめ呆れた顔で見上げる。
「お前はもう少し動けるように努力しろ」
「努力しているんですけどね。お嬢様以外の方なら少しは相手になるんですよ。騎士の方から距離を取れるくらいには」
「その程度で満足しては成長せんぞ。世の中には化け物がいるからな」
「化け物ですか?」
いつものように信じられないと言った顔をするアレックスには悪いが私の言葉は本当だ。確かに私自身はかなり強い方だろう。しかしそれでも世界で最も強いとうぬぼれることなど出来るはずがない。今の私以上の存在を私自身が知っているのだから。
「さてもう一度だ。次はもう少し距離をとってやろう」
「わかりました。お願いします」
私とアレックスは組手形式の訓練を続けていく。もちろんアレックスの魔法は威力を抑えたものだ。まあ普通の人であれば当たれば骨くらいは折れるだろう威力はあるが私自身に当たったとしてもかすり傷が出来る程度なので問題ない。
魔法が使えず直接攻撃しかしない私とは正反対にアレックスは魔法のみで戦っている。体術も習っているのだが才能があるとは言えなかった。しかしその分魔法の才能はクリスを凌駕するものがある。
実際に戦ってみるとそのすさまじさが良くわかる。魔法陣の構成速度、その完成度、そして3つの同時展開。絶えることのないその魔法の壁の前に無傷で近づくことなど普通の者では出来ようはずがない。実際に距離を取った場合は私が負ける確率の方が高いほどだ。
アレックスの魔法の隙間を狙いつつステップを踏んでいく。最近はフェイクの魔法陣を作ったりと考えてきているのでなかなか距離が縮まらない。仕方なく一旦仕切り直すために大きくバックステップして距離を取った。
ぱちぱちぱち。
拍手の音に2人とも動きを止めそちらへと視線をやる。そこに居たのは着替えをしたクリスとメリッサだった。クリスが満面の笑みで拍手する様子をメリッサが温かいまなざしで見つめていた。
アレックスと2人で即座に立礼をする。
「さすがシエラとアレックスね。私ももっと頑張らないと」
「そうね。お姉ちゃんの格好が良い姿をカリエンテに見せるのよね」
「うん」
クリスが嬉しそうにしながらメリッサの腕の中で眠っている赤ん坊、クリスの弟であるカリエンテの頬を撫でる。むずがって体を揺らすカリエンテの姿にクリスとメリッサが目を見合わせて微笑んだ。そんな光景に私も笑みを浮かべる。
クリスとの今までの6度の人生においてカリエンテというクリスの弟など存在したことは無い。疫病で死んでいたはずのメリッサが生き残ったからこそ生まれた命だ。
このカリエンテのおかげでクリスの立場は大きく変わった。今までは爵位の継承権第1位であったのだが、長男であるカリエンテが生まれたことによって継承権の順位が1つ落ち第2位へと変わったのだ。
人によってはそれは不幸な出来事なのかもしれない。でもクリスにとっては違う。誰が次期領主になろうとも家族が、そしてスカーレット領の人々が健やかに暮らしていければ良いのだ。だからクリスは弟のカリエンテの誕生を心から喜び、そして今は将来スカーレット領を継ぐカリエンテの助けとなることが出来るように努力を続けているのだ。弟に恥じない姉となるために。
だから私もその道をクリスがしっかりと歩めるように手助けする。その先にクリスの幸せな未来があると信じて。そのために今できることを……
「再開するぞ、アレックス」
「えっ、わかりま……」
「遅い!」
ぼーっとしていたアレックスへと拳を突き出す。
「あっ!」
「ぐはっ!」
勢い余って寸止めするつもりがアレックスの腹部に当たってしまい、異様な感触と共にアレックスが吹き飛び地面を転がって行った。全員の視線が地面に倒れ伏したまま動かないアレックスへと集まる。
「アレックス、死ぬな!」
「死んでません! 死ぬかと思いましたけど展開が間に合って本当によかった……」
アレックスがゆっくりと立ち上がり服についた土を落としていく。擦り傷などは至る所にあるが私が殴ったはずの腹を痛めている様子はない。おそらく防御系の魔法陣をとっさに作ったのだろう。
ふむ、反省すべき点はあるがここまで早い魔法陣の展開は今までなかったんじゃないだろうか。
「よし、次からは当てるようにしよう」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに簡単に出来るもんじゃ……」
「大丈夫だ、手加減するから当たっても死にはしない。それに出来ないことを出来るようにすると言うのが訓練の目的だ。行くぞ!」
「あぁー、もう!」
私の説得を諦めたらしいアレックスが覚悟を決めてこちらを睨む。ふふっ、良い顔だ。やはり緊張感のある訓練は良いものだ。
結局アレックスは何度も地面を転がったがその半分以上は私の攻撃を防御出来ていた。しかも後半になるほどその確率は高くなったのだ。この分ならもう少し早くしても大丈夫だろう。ボロボロになったアレックスを連れ帰りながら今後の訓練の計画を練り密かに笑みを浮かべるのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「帰ってきたぞー!」
(╹ω╹) 「ええ、そうですね」
(●人●) 「なんだ、あれっくす。テンションが低いな」
(╹ω╹) 「いえ、ここだけじゃなくて本編でもボロボロにされるんだなと思いまして」
(●人●) 「細かいことは気にするな」
(╹ω╹) 「えー、細かいですかねぇ?」
(●人●) 「さて二章はクリスと私の蜜月な関係をお届け……」
(╹ω╹) 「そのネタは前やりました」
(●人●) 「………」
(╹ω╹) 「………」
(●人●) 「あれっくすをボロボロのぼろ雑巾にすることになるようだな」
(╹ω╹) 「なんでですか!」