閑話:青い花の村
私の名前はココ。カラトリア王国のセルリアン領の小さな村に住む農家の娘だ。
うちの村は小さい。どのぐらい小さいかって言うと住んでいるのは10家族、42人だけ。普通はあるらしい村の名前さえない。まあうちの村とか隣の村とか一番近くの町とかで通じてしまうから問題はないんだけどね。
うちの村は今の村長さんのお爺さんが率いて造った開拓村らしい。そのお爺さんは結構すごい冒険者だったらしくてその伝手もあって村の規模に比べてその周囲を囲む壁は町の壁にも匹敵するほどの強度があるそうだ。まあ私は村から出たことが無いからわかんないんだけどね。
なんでそのご先祖様が村の場所をここに決めたのかって言うと、どうも近くに咲く小さな青い花々が気に入ったからだそうだ。意外にロマンチックな理由で初めて聞いた時はちょっとときめいた。
今ではもう耳にたこなんだけど。だって毎年収穫祭の時に村の全員でその話を聞くんだもん。
この辺りに出てくるモンスターは大したことないし、頑強な壁に囲まれているから危険な目に遭う可能性はとても低い。だから何か変わったことでも起きないかなと期待しながらも、とても退屈で安全なそんな生活が続くんだと私は思っていた。
そんな日常が変わったのは突然だった。村の入り口付近を歩いていた私は外から近づいてくる馬車を見つけたのだ。
月に1回、冬とかは2月に1回になるけど、来る行商人のおじさんの馬車よりも大きな馬車でこんな村に来るなんて珍しいなと思った。そしてその馬車は村の入口の手前で止まるとそこから1人の女の子が降りてきた。
「やっと着いたか。セルリアン領にあることは知っていたがここまでへんぴな所だとは思わなかったぞ」
ちょっと灰みがかっているけど真っ白な髪を後ろで束ね、真っ黒なその瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で話に聞くお嬢様みたいだと思ったのに、その言葉を聞いてちょっとむっとした。確かにこの村の先には何もないけどさ。
なんの用事でこの村に来たんだろうと考えていると、こちらを見たその女の子とばっちり目があった。そしてその女の子が手をくいくいっと曲げて呼ぶ。首を左右に振って辺りを見たがそこには私しかいない。自分の指差すと女の子がコクリと首を縦に振った。
(えー、私? おじさんはどこに行ったのよ)
門で外を警戒しているはずのおじさんがいるはずなのだがどこにも見当たらない。たぶん食事か休憩だと思うけどタイミングが悪い。しかし呼ばれているのは確かなので無視することも出来ずにそちらへと近寄っていった。
「えっと何か用?」
「こんにちは。私たちはこの村の近くに生えているというユリミールの花を購入したいと思ってやってきたのですがどなたに聞けばよろしいでしょうかな?」
「ユリミールの花?」
初老に差し掛かった渋いおじさんのその言葉に私は首を傾げた。この村で育てているのは食べるための野菜や小麦ばかりで売り物になるような花なんて育てている人はいない。それにユリミールという名前も聞いた覚えがなかったのだ。
「小さな青い花です。この辺りに咲いていると聞いたのですが?」
「あ、あぁー。あれね。うーん、別に村で育てているわけじゃないし勝手に持って行って良いんじゃないかな。一応村長さんに聞いて欲しいけど」
あの青い花は村の近く一面に咲いている。誰が育てているわけじゃなく勝手に生えているのだ。熱が出た時なんかにその花びらを煮て飲むと熱が下がるのでどの家にも乾燥させた花びらが常備されているし、小さい女の子達が花かんむりを作ったりはしているけれど別に村のものってわけじゃないと思うんだよね。
「ふむ、やはりそういう認識か。しかしそうするとこの村が食い物になってしまうかもしれんな。それはいささか後味が悪いな」
「えっ、何?」
小さな声で女の子がぶつぶつと何かを言っていたけれど聞き取れずに聞き返すと、女の子は似合わないニヤッとした笑顔を私に向けた。似合ってないはずなのになぜかその笑みは自然で様になっていた。
「よし、私たちが何とかしてあげましょう。村長さんのところまで案内していただけますか?」
「えっ、あっ、はい」
突然言われて思わず返事してしまったので、その女の子たちを村長の家へと案内する。女の子が連れの大人の人たちに何かを話しているみたいだけれど小さな声だったので良くわからなかった。でも何かが起こる予感がしたので案内した後、ちょっと胸をわくわくさせながらどこにもいかずに待つことにした。
しばらくしてから村長が出てきて村人全員を集めるように言われた。遊んでいた何人かの子にも協力してもらって村の人全員を村長の家の前に集める。
皆、何事かと不安そうにしていた。こんなこと今までなかったから当たり前だけど。そんな皆の前にあの女の子が歩み出て話し始めた。
「シエラ・トレメインと申します。突然訪問し、皆様の仕事のお邪魔をしてしまって申し訳ありません」
決して大きくはないけれど、子供には思えない落ち着いた声とその仕草に皆が静まり返る。そしてシエラがゆっくりと皆の顔を見回した。
「今回集まっていただいたのは、この村の周辺に咲いている青い花、ユリミールの花についてお話があったからです。このユリミールの花なのですがある病の特効薬の素材であることがこの度わかりました。今後この花を求めて様々な者がこの村へとやって来ることが予想されます」
おお、と言う声が大人からあがった。喜んでいる人も多いけど、逆に不安そうにしている人もいる。うーん、なんでだろう。人がいっぱい来れば村が栄えるのに……
そんな私の疑問に答えるようにシエラは言葉を続けた。
「この花をうまく売ることが出来れば村は栄えるでしょうが、一方で無法者が勝手に花を奪って行こうとしたり、儲けているという噂を聞きつけた盗賊が襲ってきたり、欲の皮の突っ張った商人がこの村を食い物にしようとしてくるかもしれません」
うん、ろくな未来がない。メリットよりデメリットの方が多いってどういうこと。シエラの隣に立っている村長の青い顔を見る限りおそらくそれに近いことが起こりそうだと村長は判断したに違いない。だからこそ村人全員を集めたんだ。
「あの、権利を放棄する……とかではだめなのですか?」
聞きなれた声に顔を向けるとお母さんがそんなことを聞いていた。そういえばお母さんは村の外から来たと言っていたから村の人よりは少しだけこういったことに慣れているのかもしれない。さすがお父さんをいつも尻に敷いているだけある。たしか村は豊かにはならないかもしれないけれど変な問題が起こるよりはましだしね。
もしかしたらいけるかも。そんな淡い期待を抱いてシエラを見つめたけれど、シエラは首を横に振った。
「無理ですね。金に魅せられた者たちの欲を甘く見てはいけません」
その答えにあちこちで落胆のため息が漏れる。雰囲気が暗く重くなっていく。なんでこんなことになっちゃったんだろう。ついさっきまでは何にもなくて退屈だって思っていたけどこんなことなら何もなかった方が良かったよ。
その時、パンっと手が叩かれ皆の視線が集まった。その先にはにっこりと笑ったシエラがいた。
「と言う訳でそれを回避するために出来る限りの手助けをさせていただきます。ユリミールの花園を囲むように防壁の設置をすること、取引に関するアドバイスなどですね。私達も事情があり長い時間はかけられませんのでそれ以降は自分たちでやりくりしていただくことにはなってしまいますが」
「本当にそんなことが出来るのか?」
「うーん、そうですね。見ていただいた方が早いでしょうか。アレックス」
「はい、お嬢様」
シエラが振り返って私と同じくらいの歳の優しそうな顔をした少年に声をかけた。アレックスと言うらしい。
アレックスが少し離れたところまで歩いていき、そしてその目の前に緑の模様が浮かんだと思ったら、その直後に私の背丈の4倍はあろうかと言う巨大な壁が出来ていた。皆がぽかんとした表情でそれを見ている。多分私も同じような顔をしているんだろうな。
魔法なんて初めて見た。
「これで信じていただけたでしょうか。では早速作業に入りたいと思いますが……反対の方はいらっしゃいますか?」
そんなシエラの言葉に声を上げられる村人などいるはずがなかった。
やって来てからちょうど10日後、ユリミールの花園を囲む壁が出来上がったその日にシエラたちは去って行った。ぜひお礼をしたいと皆で言ったんだけどそんな暇と金があるなら自分たちの為に使ってほしいと言ってユリミールの花だけを持っていなくなってしまった。
シエラたちが残してくれたものはたくさんある。
アレックスは毎日毎日魔法で壁を作ってくれたし、マーカスさんは村長さんや大人の人に今後の方針や商人との話し方などを教えてくれたみたいだ。ダンさんとヘレンさんにはお母さんたちが料理や裁縫なんかを教えてもらっていたみたいだし。
あれっ、そう言えばシエラって何をしていたっけ? 小さな子供たちにまとわりつかれていたような気はするけど……まあ別にいいのかな。大人びているけどまだ子供だしね。
村は大きく変わった。そしてこれからも大きく変わっていくはずだ。シエラたちが去ってまだ20日ほどしか経っていないけど、そんな期待に日々胸が膨らんでいく。
「あっ、ねえねえ、君。この辺りに小さな青い花が咲いていたと思うんだけど知らないかな?」
村の入り口近くを歩いていたらそんな風に声をかけられた。またおじさんはどこかへ行ってしまっているみたいだ。村長に報告しておこう。
それにしても何だかシエラたちに会ったときみたいだ。とは言え今いるのは20代前半くらいの若いお姉さんなんだけど。うん、すごく綺麗な人だ。人形みたいに整った顔立ちをしているし、それに長い耳はエルフみた……
「エルフ!?」
「あっ、うん。エルフだよ」
長い耳をピコピコと動かして笑っているエルフのお姉さんを見て固まる。シエラたちと言い、エルフのお姉さんと言い変な事ばっかり起こっているんだけど。
「それで青い花なんだけど?」
「あっ、ユリミールの花ですよね。ありますよ。村長の家で話が聞けると思うので案内します」
「ありがとう」
微笑まれて思わず顔が赤くなる。美人の笑顔ってずるいと思う。村長が誑かされないように奥さんもちゃんと同席してもらわないとね。そんなことを考えながら村長の家を目指す。
そういえばシエラがここに商人たちが買い付けに来るとしても半年近くは後の事だろうと言っていたんだけどシエラでも間違うことがあるんだ。そんな当たり前のことに今頃気づき私はくすっと笑いを漏らした。