第30話 領主との面会
「変なところはないか?」
「大丈夫。お綺麗ですよ、お嬢様」
クルーズ商会が好意で用意してくれたドレスに身を包み、何度もおかしなところがないかアレックスに確認する。何度も聞きすぎたせいか若干アレックスが困惑気味だが気になるのだから仕方がない。
ドレスは黒を基調にしたもので腰のリボンやスカートのフリルが灰色の地味目なデザインの物を選んだのだがもう少し色味があったほうが良かったかもしれない。まあ今更ではあるのだが。
ピンクゴールドのダイヤモンドが輝くネックレスを首にかけ、心を落ち着けるために息を吐く。このネックレスはシャルルが愛用していたものだ。ダイヤモンドは決して大きなものではないし、その細工も決して凝ったものでもない。
装飾品としての価値としてはそう大したものではない。しかしシャルルにとってはフレッドから初めてもらったプレゼントであり、そして私にとっては両親との絆を感じさせるとても大切なネックレスだ。価値などつけようもないほど大切なものだ。
「お嬢様、迎えの馬車が参りました」
「わかった。今行く」
「頑張ってください」
「ああ」
アレックスに見送られながら気合を入れ直す。いよいよだ。いよいよクリスと会うことが出来るのだ。心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響くのを感じつつ迎えの馬車へと乗り込む。
同乗したマーカスが苦笑しているのはきっと私の心を読まれているからだろう。しかしそんなことが気にならないくらい私はクリスと会うことが出来ることを楽しみにしていた。
しかしその一方で不安もあった。クルーズ商会からは確かに治療薬を届けたという報告は受けたがその結果については知らされなかった。おそらくクルーズ商会自体にも報告がなかったのだろう。
街の様子を見れば運命が変わったというのは疑いようもない。ただ一番重要であるクリスの運命についてはどうなのかまだわからないのだ。
そんな不安定な心情のまま馬車に揺られること30分ほど。馬車が徐々に速度を落としていきそして完全に止まった。そして馬車の扉が開き、マーカスに手を取られて馬車から降りる。
そこはスカーレット城の内部へと入るための城門の前だった。門の反対側には中央にある大理石の白い花から水が溢れる噴水があり、その周囲を囲むようにして色とりどりの花々がきれいに咲き並んでいる。敷き詰められた正方形の石畳を歩けばコツコツと音が鳴り、そして兵士の守るその奥の扉には絡み合う蔦と一輪の薔薇というスカーレット家の紋章が刻まれていた。
ああ、帰ってきたのだ。私はここに。
つーっと何かが頬を伝っていった。
「お嬢様?」
「いえ、何でもありません。あまりに素晴らしかったもので」
差し出されたハンカチを受け取り涙を拭き取る。幼い頃からの付き合いであるマーカスにはそれだけではないとわかっているはずだが、それでもそれ以上は何も聞いてこなかった。本当に良い従者だ。
案内役のメイドの後について城の中を進んでいく。何もかもが記憶にあった通りの姿でありとても懐かしい。案内してくれているメイドの名前も知っている。すれ違う執事の名前も。通り過ぎた部屋に何があるのかも覚えているし、どこに案内されるのかもわかっていた。
「こちらでしばらくお待ちください」
そうして案内されたのは予想通り謁見室の手前にある小部屋だ。テーブルには軽くつまめるクッキーなどが並んでおり、部屋にいるメイドに声をかければ飲み物も用意してもらえるはずだ。
「シエラ様、マーカスさん。た、助かった」
そう声をかけて近づいてきたのはラミルだ。その動きはクルーズ商会を訪問した時よりもはるかにぎこちない。気慣れていないことが丸わかりな黒の礼服を着ているせいも多少はあるだろうが、明らかに領主と会うということに緊張しているのだ。
「ラミルさん、落ち着いてください。緊張しても良いことはありませんよ。罰するなら登城させるなんてことはないのですから安心してください」
「うおっ、すげー違和感だな」
「何か言いましたか?」
余計なことを言おうとしたラミルを凄んで睨むとぶんぶんと首を横に振って否定を示していた。口は災いのもとと言うからな。ラミルも賢くなったものだ。
メイドにお茶を用意してもらいしばらくくつろいでいると扉が開き2人の人物が中へと入ってきた。マルコとエンリケだ。お互いに呼ばれているであろうことは簡単に予想がつくこともあってマルコも私も特に表情を変えずに軽く頭を下げて挨拶するに止めた。なぜかエンリケがこちらを見て嬉しそうな顔をしている。面倒なことにならなければ良いが。
「皆様お集まりですので謁見室へとご案内させていただきます」
再びメイドに案内され謁見室へと入る。広いホールの中央に敷かれた金縁の赤い絨毯の上を歩き、指示された場所で止まり片膝をついて待つ。視線の先の絨毯には金色のバラの刺繍が施され、その先には階段が2段有りその奥に領主とその夫人が座るための椅子が並べられていた。
そういえば小さい頃のクリスはあの椅子に座って謁見する父親と母親をこっそりと覗くのが好きだったな。そんなことをふと思い出し笑みが浮かぶ。
「領主様がいらっしゃいます。頭をお下げください」
指示に従い私たちは頭を下げ床へと視線を向ける。こつこつと歩く足音が徐々に近づき、そして椅子へと座る音が聞こえた。
「皆、頭を上げてくれ。君たちはこの街を、スカーレット家を救ってくれた恩人だ。恩人に頭を下げさせ続けるほど私は偉くはないし不義理でもないつもりだ」
そんな軽い口調の言葉に従い顔を上げる。燃えるような赤い髪を短くそろえ、柔らかな笑みでこちらを見つめているのはクリスの父親、スカーレット領の領主、エクスハティオ・ゼム・スカーレット侯爵だ。
その体躯は決して大きなものではない。対応も柔らかなものだが、それでもなおこちらを圧倒する何かをエクスハティオは感じさせた。
それとは別に私はその姿に安堵していた。久しぶりに会えたということだけではない。エクスハティオの表情が運命が変わったことを示していたからだ。
「クルーズ商会のマルコ、エンリケ」
「「はい」」
「君たちが無償で治療薬を配ってくれたおかげで多くの領民が救われた。彼らに代わって礼を言おう」
「「もったいないお言葉です」」
マルコとエンリケが練習でもしたかのようにそろって返事をして頭を下げた。それを満足そうにうなずいて見ていたエクスハティオの視線が動きラミルへと向かう。ビクリとラミルの体が震えた。
「薬師ラミル」
「は、はい!」
「ふふっ、そんなに緊張しなくて良い。君が治療薬を初めに作ってくれたおかげでこの疫病をこの程度で抑えることが出来た。感謝する」
「もったいないお言葉でしゅ」
顔を真っ赤にしてブルブルと震えながらラミルがなんとか返した。まあ頑張ったほうだろう。エクスハティオも笑っているし、その程度を気にするような性格ではないことは良く知っている。
そして最後にエクスハティオの視線がこちらへと向き、私とエクスハティオ、お互いの目が合った。
「異国からの旅人シエラ・トレメイン、及びその従者マーカス」
「「はい」」
「君たちのおかげで疫病を治療することが出来るようになった。もし君たちがこの街へと来なければ被害は甚大なものになっていただろう。感謝する」
「「もったいないお言葉です」」
エクスハティオのそんな感謝の言葉を聞き、本当に良かったと心の中で考えながら私は頭を下げるのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「最近アレックスの態度がおかしいと思うんだがどう思う?」
(╹ω╹) 「それ、本人に聞くことですか?」
(●人●) 「本人に聞くのが最も早くて正確だろ」
(╹ω╹) 「まあ、確かにそうですけど。でも特に変わったことはないと思いますよ」
(●人●) 「そんなはずはない。最近私を呼ぶときにお嬢様ww とついているではないか」
(╹ω╹) 「なんですかそれ! そんなはずがないですよ。お嬢様ww あれっ、何だこれww」
(●人●) 「……申し開きはあるか?」
(╹ω╹) 「僕のせいじゃないですww」
(●人●) 「新手の病かもしれんな。殴れば治るだろう。アレックスのために心を鬼にして治療してやるww」
(╹ω╹) 「………」
(●人●) 「………」
(╹ω╹) 「とりあえず、マーカスさんに相談しましょうww」
(●人●) 「そうだなww」