第29話 疫病の調査
クルーズ商会が用意したリストの薬師へと治療薬の作成方法を教えるのはスムーズに進んだ。私のような子供から教わるのに反発する者がいることも想定していたのだが、妙に恭しい態度で接してきたし私の言葉を疑うようなこともなかった。おそらくクルーズ商会から事前になにがしかの連絡がいっていたのだろう。
さすが手紙に「好意はありがたいですが風通しを良くする作業は商会の傘下の者で行うので結構です。もし悪いと感じられたらこちらにお知らせください」と馬鹿丁寧に書いてあっただけはあるな。愚物かと思ったが保険を含ませ多少ウィットの利いた返しが出来る程度ではあったようだ。
いくら厳しく律したと言っても末端の者が暴走することはあるからな。そのことも良く知っているのだろう。
スカーレット領で随一の商会の商会長をしているだけのことはあるようだ。
そんなこんなで順調に治療薬は製造されていき、それが広がることによって疫病に関しても落ち着きを見せ始めていた。通りを歩く街の人々も増え、その表情もどこか明るい。街に漂っていた重苦しい空気は薄らいでいき、このまま進めば近いうちに街の封鎖も解かれるだろう。
薬師たちへの治療薬の作成方法の伝授も終え、ラミルとレーテルも既に宿から自分たちの店へと拠を移しており今は治療薬の製造に精を出しているようだ。ラミルに関しては協力の対価と婚約祝いと言うことでユリミールの花を無償提供しているからな。作れば作っただけ他の薬師よりも儲かるのだ。
きっとレーテルとの幸せな結婚生活を夢見て頑張っているのだろう。レーテルも案外良い性格をしているからな。ラミルの体調を考慮しながら最大限の儲けられるよううまくコントロールしてくれるはずだ。
そして私はと言えば治療薬の作成はもうしていない。作り方が広がった今なら私自身が造らなくても十分な量が供給されるからな。その代わりに私はヘレンとアレックスを伴って街を案内されながら歩いていた。
「シエラちゃん、こっちこっち」
「馬鹿! シエラ様って言えって!」
「えー」
「別に気にするな。呼び方で怒るほど狭量ではない」
「ねえ、お兄ちゃん。きょーりょーって何?」
「きょーりょーってのはあれだよ、ほらっ、わかるだろ」
兄としての威厳を見せたいのか、知らないのに虚勢を張る姿がおかしくて少し笑う。今、私たちを目的の場所へと案内してくれているのはヘレンが餌付け……ではなく、料理を対価に疫病の調査などをしてもらっていた浮浪児たちのリーダー的な存在であるリックとイリスの兄妹だ。
リックは年の頃13歳ぐらいだろうか。ヘレンによると最初は警戒心が強くどこか斜に構えたところがあったようだが、疫病の情報と引き換えに食事を出すという約束を守るヘレンとダンに心許すようになったらしい。まあ先に妹のイリスが懐いてしまったからということも大きいようだが。
イリスは7歳くらいだ。見た目は私とほぼ変わらない。浮浪児にしては珍しく2人は血の繋がった兄妹らしく少々埃にまみれ薄汚れてはいるがブラウンの髪に青い目という似通った部分もある。まあ顔立ちはそれほど似ていないが。
「狭量とは心が狭いことを言うんですよ」
「アレックス君は物知りだねぇ。すごいね、お兄ちゃん」
「凄くねぇし、俺だって知ってたし」
「あんたたち、その辺にしておきなよ。そろそろ目的の場所じゃないの?」
「あっ、うん。こっちー」
アレックスに対抗意識をむき出しのリックが脱線していきそうなところをヘレンが締めて本来の目的である案内にイリスが戻った。リックはアレックスを忌々しそうに見ているが当のアレックスは困惑気味だ。あまり同年代の友人と接したことがないからな。まあ私も人のことを言える立場ではないが。
そんなことを考えながら進んでたどり着いたのは1軒の家だ。取り立てて周りと変わっているようなところはない。
「では行ってくる。少し待っていてくれ」
「頑張ってね、シエラちゃん」
「ああ」
イリスの応援に手を振って応え、アレックスと共に家の中へと入って行く。そこにはベッドに寝込んだままの痩せた男がいた。疫病に関しては治っているはずだがさすがに体力が回復するまでには数週間はかかるだろうな。
「あんたらがあの子供たちが言っていた治療薬を作ってくれた旅人か?」
「そうですね、シエラと申します。とりあえず疫病が落ち着いてきましたので今は原因の調査を行っています。少々お体が辛いかもしれませんがご協力いただけませんか?」
「ああ。あんたらが来なければ失っていたはずの命だ。なんでも聞いてくれ」
「では、あなたがこの疫病にかかる以前に……」
男にいくつか質問をし、その答えを紙へと書いていく。あまり長時間話すことはまだ難しそうだったのである程度の聞き取りが終わったら感謝を伝えて辞去した。確証まではいかないが収穫はあった。
「ふむ、やはりあの酒場か」
「そうですね。人が集まる場所ですから不思議ではないんですけど」
男の他にも疫病の症状が重かった、まあ早い段階で疫病にかかっていたと思われる患者たちに話を聞いて回ったところ、その中の多くの者に共通していたのが1軒の酒場の常連客というものだった。
「酒場の主人にも話を聞いてみたいところだったが……」
「亡くなっていますから仕方がありませんね」
2人してはぁっとため息を吐く。今までの話を聞いたところでは十中八九その酒場がこの疫病の感染元であったはずだ。しかしそうなると誰がこの疫病に最初にかかっていたかはわからないということになる。
この疫病は元々スカーレット領にはなかった病気だ。つまりこの街に来た外部の人または物から感染が広がったはずである。酒場の主人が生きていれば見かけない客がいなかったかなど情報を拾える可能性もあったんだがな。
「まあ仕方がない。他の可能性もあるしな。とりあえず調査を続けるぞ」
「はい!」
アレックスを伴って家から出て、リックとイリスに次の場所へと案内してくれるように頼んだ。先行する2人を見ながら思考を巡らせる。
実際、今まで6度のクリスとの人生においてここまではっきりと感染元と思われる場所を特定できたことはなかった。調査が始まった頃には死者も多く特定のしようもなかったというのが正直なところだろう。
それを思えばここまで特定できたことは喜ぶべきことなのだが、出来ることなら感染元を特定したかった。同じようなことが他で起こらないとも限らないしな。
その後も調査を続けたが結局結論が出ることはなかった。そしてクルーズ商会との商談からちょうど20日後、コーラルの街の封鎖が解かれ、そして私はスカーレット城へ登城するようにと宿へやって来た使者から言いつかったのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「と言う訳で予告どおり今回は質問コーナーをしようと思う」
(╹ω╹) 「どれだけの人に伝わっていたのかわかりませんけどね」
(●人●) 「私の完璧な尻文字が伝わらなかったとでも?」
(╹ω╹) 「ジェスチャーじゃ……いえ、何でもないです。ええっと、質問ですがこのコーナーって結局何なのかという質問が……」
(●人●) 「至高の後書きを目指す私と究極の後書きを目指すアレックスのガチバトルだな」
(╹ω╹) 「えっ!?」
(●人●) 「では行くぞ。ガン○ムファイト、レディーゴー!」
(╹ω╹) 「ぶへっ!」
(●人●) 「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった」