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シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む  作者: ジルコ
第一章 シンデレラになった化け物は悪役令嬢と再会する
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第27話 憂鬱な取引

 くそ生意気な小娘どもが出て行き、息子とその執事だけが残った執務室で盛大に舌打ちする。完全にしてやられた。お飾りかと思えばとんだ化け物ではないか。


 確かに現在のこの街の状況を考えれば疫病に効く治療薬はどんな金銀財宝よりも価値がある。そしてその需要は現在疫病にかかってしまっている者だけでなく、これからかかってしまうかもしれない者、つまり街の住人全てからあるのだ。

 それを手に入れクルーズ商会を飛躍させる予定がどこで狂ったのだ?





 この街に蔓延している疫病の治療薬が出来たかもしれないという報告を受け、私は歓喜に打ち震えた。リスクを冒す必要が無くなり、それどころか商機が巡ってきたのだから当たり前だ。

 確証が取れ次第、治療薬を作った薬師を商会に取り込むように私は指示を出していた。そして今日、実際にその薬師が商会を訪れたのに追い返したと聞いた時は報告に来た部下を怒鳴りつけてすぐに連れてくるように命じた。

 追い返してしまったのは失態ではあるが取り返しはつく。そう考えていた。


 しかし待てども待てどもその薬師はやってこなかった。連れてくるように命じた部下を呼びつけ話を聞いてみるとどうやら薬師に入れ知恵しているよそ者がいるらしく、しかもそのうちの1人は10にも満たない小娘だと言うではないか。そんな馬鹿な報告をした部下を追い返した後、エンリケを家から連れてくるようにと別の部下へと指示を出す。


 入れ知恵をしている者がいて、こうも頑なに交渉を拒否していることを考えれば狙いは明白だ。自らの価値を吊り上げるつもりなのだろう。

 他の領ならいざ知らずこのスカーレット領においてクルーズ商会と比肩しうる商会など存在しない。つまり最も利を引き出せると理解しているんだろう。小癪な奴らだが正しくもある


 手紙を書きながらしばらく過ごし、コンコンコンと言うノックの音に顔を上げ入室を許可するとエンリケが執事のナイゼルを連れて入ってきた。


「父様。お呼びと聞きましたが、どうされましたか?」

「お前に頼みたい仕事がある。クルーズ商会にとって非常に大事な商談相手をここに招待して欲しい」

「招待ですか? それほどの取引と言うことですね」

「そうだな、事情を説明しよう」


 部下からの報告をエンリケに伝えていく。エンリケは特に口を挟むことなく首をときおり縦にふり、相づちをうちながら話を聞いていた。


「話はわかりました。その薬師たちを丁重にもてなしここに連れてくれば良いということですね」

「そうだ」

「父様。下級貴族用の商会の馬車の貸し出し許可と父様に一筆したためていただきたいのですが。あと、その者たちと直接交渉した従業員に話を聞きたいのですがよろしいでしょうか?」

「手紙はすでに用意した。他の許可も問題ない」

「さすが父様ですね。ありがとうございます。期待に応えられるよう頑張ってきます」


 笑顔でこちらに礼をし、エンリケが去っていく。やはりあの子は違う。他の兄弟とも、そして私とも。


 10歳にして直前に聞いた情報からあれだけの対応が思いつくものなのか。エンリケよりも年上の兄弟もいるが同じ判断が出来るとは思えない。私が10歳の時にエンリケのように振る舞えたかと言われればそうではないと断言できるので他の兄弟が劣っているとは口が裂けても言えない。あの子が特別なのだ。


 未熟な部分もあるがそれはまだ子供なので仕方ない。経験を積み成長したあの子がこのクルーズ商会を取り仕切るようになればクルーズ商会はカラトリアで一番の、いやこの大陸一の商会になることも夢物語ではないと思っている。

 今回の疫病騒ぎはとんだ災難だと思ったが治療薬が出来た今では将来より良い状態でエンリケに商会を渡すための絶好の機会に変わった。


 私の代は飛躍する時代の礎になれば良い。そう思っていたのに……


 なんなのだ、あの小娘は。交渉は途中までうまくいっていた。何も治療薬を開発した薬師をないがしろに扱う気はない。まずは十分な報酬を与え、そしてクルーズ商会に取り込むつもりだった。そうすれば名実ともにこの疫病を解決に導いた栄誉は全てクルーズ商会のものになる。

 クルーズ商会への帰属を希望しなかったとしてもそれなりの口止め料を払えば何とかなるだろうと思っていた。言外に身を超えた欲は破滅に繋がると伝えればこの街の商人であれば手を引くとそう考えていたのだ。


 その計画が狂ったのは言うまでもなく極秘のはずの街からの脱出計画について知られていたからだ。スカーレット夫人の疫病に関してもそれなりに機密性の高い情報ではあるが勤めている使用人は多いため漏れることもあるだろう。しかし脱出計画に関しては漏れるはずのないものだった。

 この計画に関わっているのは私が全幅の信頼を置く部下のみ。代々クルーズ商会に仕えてきた忠義者ばかりなのだ。彼らが情報を漏らすとは思えない。が、漏れているのはその言葉から確実だった。


 その後の交渉は相手の良いようにやられたとしか言いようがない。たかが旅人と一介の薬師相手の交渉と考えていた我々には交渉を有利に進めるための手札があまりにもなかった。

 救いとしてはこちらが約束を守っている限りはこちらの益に関して口出しするつもりがないということか。


 疫病の治療薬をもたらしたという栄誉は惜しいがそれがなかったとしても恩を売ることは出来る。スカーレット夫人に関して治療薬を届けるということも問題はない。領主様に最大の恩を売るために届けないという選択肢はないからな。

 もし治療薬が効かなかったとしても最悪私の首1つでどうにかなるだろう。エンリケには嘘を教えたが、私はもともと街を出るつもりはない。商会長である私が逃げ出せば本店とは言えおかしな動きをする可能性は高い。治療薬が出来なければエンリケに未来を託し、この街で終わらせるつもりの命だったのだ。


 自分の命など惜しくないと言えば嘘になるが、クルーズ商会の、エンリケのためならば仕方がないと割り切ることも出来るだろう。歴代の商会長がそうしてきたように生かすべきはクルーズ商会なのだ。

 あの自信からしてそうはならないとは思うが。


 まあ良い。相手には自分の命を惜しむ扱いやすい小物と思わせることも出来たはずだ。小物らしくわざとらしい脅しもかけたがすぐにどうこうするつもりはない。現状では商会に利益をもたらす存在であるし、裏切り者の特定も終わっていないのだ。

 先に小娘どもにちょっかいを掛ければそちらがどう動くかわかったものではない。手を出すにしても裏切り者の特定と小娘どもを十分に調査した後だ。


 まずはこの機会を最大限に生かすために動くしかないな。


「エンリケ」

「………」

「エンリケ!」

「は、はい。何でしょう、父様」


 小娘が出ていった扉をじっと見つめながら思考をどこかに飛ばしていたエンリケへと声をかける。


「さてエンリケ。今後我がクルーズ商会はどのように動くべきだと思う?」

「ええっと……そうですね。シエラ嬢の言葉を信じれば原材料の1つを押さえられていますし、治療薬を作成できる薬師を独占できないので値を吊り上げるのは無理だと思います。むしろ最低額で販売するようにして街に対する貢献度を増やすべきではないかと思います。どうでしょうか?」

「考え方は良いがもう少し踏み込んだ方が良いだろうな」

「もう少しですか?」

「治療薬は無償で配布する。もちろんラミルとか言う薬師が持ち込んだ治療薬については相応の値段で買い取るし、原材料の仕入れについての支払いもあるから赤字にはなるがな。しかし治療薬を販売したのがクルーズ商会のみと言うのが今回我々が取れる最大の利だ。目先の小さな損失など考える必要はない」

「わかりました。ああ、だからシエラ嬢も……」


 嬉しそうにあの小娘のことをシエラ嬢と言うエンリケの言葉に顔をしかめる。

 エンリケにとって同年代のみならず多少年上であったとしても認めるべき存在は今までいなかった。群を抜いて優秀なのだから仕方がない。しかし今回、年下の理解できない存在を見てしまったがためにエンリケの心にそれが深く刺さってしまった。

 あの小娘がクルーズ商会に与えた損害で最も大きいものは治療薬に関してではなく、もしかしたらエンリケに与えた影響かもしれない。会わせるべきではなかったと後悔してももう遅いが。


 エンリケを屋敷へと帰し、護衛のラッセルとキンブリーを連れて3階の物置の奥に隠された小部屋へと入る。この小部屋の存在自体知っている者は限られているし、その構造、そして特殊な魔道具により盗聴などを完全に防ぐことが出来るはずの部屋だ。漏れるはずのない情報が漏れている時点で完璧とはとても言えないがな。

 窓もなくどこか空気が濁ったようにも感じるその部屋の椅子へと腰掛け、深いため息をつくと目の前に立つ2人へと目を向ける。


「エンリケを脱出させる計画は中止だ。その代わりに仕事を任せたい」

「小娘たち一行を消すということか?」


 ラッセルが淡々とした口調で言い、キンブリーがにやついた顔でこちらを見てくるが首を横に振ってそれを否定する。

 この2人は腕が立つ。ラッセルの剣技は領兵どころか近衛騎士に匹敵するほどのものであるし、キンブリーの魔法も今まで私が見たことのある魔法使いの中でも上位に入るだろう。対価さえしっかりと払えばどんなことにも使える便利な駒ではある。多少血の気が多いのが欠点ではあるが。


「調査だ。その手の者を使って調べてさせてくれ。こちらは別方向から探ってみる。くれぐれも手を出してくれるなよ」

「ちえっ。せっかくあの生意気そうなガキの悲鳴が聞けるかと思ったのによ。ああいう自分は賢いと勘違いしたガキが痛めつけられて声も上げられなくなって、ただ絶望に染まる姿は最高なのにな」

「大切なものを目の前で壊され泣きわめく方が俺は好きだ」

「相変わらず趣味が悪いな」

「それはお前だ」


 目の前で不毛なやり取りをする2人を見ながら再びため息を漏らす。私からすれば2人とも悪趣味極まりない。あの小娘に思うところがない訳ではないが、少なくとも害を与えて楽しむことは私には出来ないだろう。商人の私とは根本的に違うのだ。


「そのぐらいにしてくれ。お前たちが直接依頼に行けば調査するチンピラが馬鹿な暴走をすることもないだろう。いつか時が来ればあの小娘をお前たちの好きに……」


 ドゴォォン!


「な、なんだ!」


 私の言葉を遮るようにして響いた物音と振動に思わず声を上げる。弛緩した雰囲気を一瞬で消したラッセルとキンブリーが周囲の安全を確認する。とりあえず物置部屋は問題はないようだな。

 そして部屋から出て、音のした方へと3人で歩いていく。音がしたのは私の執務室の方向だ。確認しないわけにはいかない。

 薄暗い廊下を慎重に進んでいくと奥から足音が近づいてきた。そして暗闇から1人の男が姿を現す。


「ご無事でしたか、商会長!」

「お前か。どうしたんだ。大きな音が聞こえたが」

「そうです! 商会長の執務室が!」


 夜間警備を担当している部下の案内に従い私の執務室へと入る。そしてそこに広がっていた光景に私は言葉を失った。


 歴代の商会長たちが粋を凝らしたクルーズ商会の歴史とも言うべきその部屋の壁には大穴が開いており、私の執務机は真ん中から真っ二つに折れて残骸を晒していた。床には机に載っていたであろうインクがこぼれて落ちて黒いしみを作っており、それはどこか血だまりを連想させた。

 不吉なその光景に体に寒気が走る。


「これを」


 部屋を探っていたキンブリーが何の変哲もないナイフと2つに折りたたまれた1枚の紙を持ってくる。紙に穴が開いているところを見るとナイフで刺されていたんだろう。紙に目を向け書かれた文章を追っていく。そしてその文を読み終わった私は震える声でキンブリーとラッセルに告げた。


「あの娘への調査は中止だ。接触も禁止する」

「ここまでされて何もしないなんてクル……」

「中止だと言ったら、中止だ!」


 何かを言おうとしたラッセルの言葉を強引に遮る。あの小娘たちには下手に触れてはいけなかったのだ。

 厳重に警備されている商会へと騒ぎを起こさずに侵入し、ここまで部屋を破壊するなど普通ありえない。しかしそれは実際に起こった。その事実が手紙の内容が紛れもなく真実だと裏付けているのだ。

 手が震え、手紙がはらりと床へと落ちた。吹き込んできた夜風がその手紙を揺らしていく。


(風通しが悪いようだったので直しておいた。費用はタダにしておいてやる。もし商会全ての風通しを良くしたいのなら来てくれ。その時は今回のように中途半端ではなく徹底的に風通しの良い建物へと変えてやろう。お前とお前の家族の首がこの街のどこからでも見えるように。なあ、親切だろ?)

この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。


【お嬢様と従者による華麗なる後書き】


(●人●) 「アレックス、私は怒っている。なぜだかわかるか?」

(╹ω╹) 「ええっと……はっ! もしかしてお嬢様が密かに注文していたパイルバンカーを返品したからですか?」

(●人●) 「来ない来ないと思っていたがお前の仕業だったのか……」

(╹ω╹) 「うわっ、藪ヘビだった! あっ、でも違うなら何で怒っているんですか?」

(●人●) 「今日の本編を見てみろ」

(╹ω╹) 「ふむふむ、マルコさん視点ですね。お嬢様の理不尽さがよくわかります」

(●人●) 「気づかないか?」

(╹ω╹) 「何にですか?」

(●人●) 「この話が今までで最も長いのだ! 冴えない親父視点なのに。どういうことだ」

(╹ω╹) 「そんなこと言われても……」

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わりとゆるゆるな現代ダンジョンマスター物です。殺伐とはほぼ縁のないボケとツッコミのあるダンジョンの日常を描いています。

「攻略できない初心者ダンジョン」
https://ncode.syosetu.com/n4296fq/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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