第25話 治療薬を巡る思惑
「従業員が大変失礼な態度を取ってしまったようで申し訳ございません。申し遅れましたがクルーズ商会の商会長をしておりますマルコと申します。以後お見知りおきを」
「お目にかかれて光栄です、マルコ様。シエラ・トレメインと申します。ゆっくりと交友を深めたいところですが状況が状況ですのでさっそく商談に移らせていただければと思うのですが」
「……そうですな。ではこちらへどうぞ」
マルコはほんのわずかな間を空け、そしてすぐに何事もなかったかのように振る舞うと部屋の中央に用意された6人がけのテーブルへ座るように促してきた。くくっ、と心の中で笑う。こちらもなかなか来なかったことを謝るとでも思っていたのだろうか。
私のことを聞いていたからか1つの椅子だけ背の高い別のものだが、そのデザインは他の椅子や机とマッチしており違和感はない。同一の職人によるものなのだろう。
椅子に座るついでに部屋をそれとなく見渡す。奥にある執務机やその背後に並んだ書棚など実務的なものが並んでおり、それ以外のものとなると花を生ける花瓶程度しか一見ないように思える。しかし実際は違う。
この部屋にある全てのものが一流の職人が細部までこだわって作り上げた芸術作品なのだ。いやものだけではない。この部屋の床、壁、天井に至るまで贅を尽くしこだわり抜いているのだ。さすがにクリスの部屋もここまでのものではなかったな。
3対3で座るように配置された席の一番奥へと私が座り、その隣にラミル、そしてマーカスと続く。反対の私の対面にはマルコが、そしてその横にエンリケ、ナイゼルが続いて席へと座った。
全員が座ったのを確認しマーカスへと視線を送る。マーカスがうなずき、持ってきた治療薬を机の上に置き話し始める。
「では始めさせていただきます。今回我々が提示する商品は現在この街で蔓延している謎の疫病に対する治療薬になります。実物がこちらですね。現状としましては最初に投薬した1名が全快、その後に投薬した13名は症状が改善に向かっている最中です」
マーカスの言葉にマルコたちがうなずく。この情報は知っているだろうな。わざわざ孤児を大量に動員して疫病にかかった者を探したりしたのは我々の動きを把握してもらうと言う意味合いもあったからな。
ちなみに全快した1名というのはラミルの恋人のことだ。とは言え長く臥せっていたため体力はまだまだ回復できておらず、今は私たちが泊まる宿に来てもらってダンやヘレンに世話をしてもらっているが。
「現在この治療薬の作成方法を知っているのは2人。ここにいるシエラ様とラミル氏だけです。まあ元々はシエラ様がラミル氏に教えたのですがね。ここまではよろしいでしょうか?」
「そうですな」
鷹揚にうなずくマルコは自分のかぶった仮面が外れかかっていることに気づいているのだろうか。おそらくマーカスの話を聞くうちに頭の中でどれだけの利益を得ることが出来るかの方に思考が行ってしまっているように感じる。
まあこれだけ大きな商会の商会長ともなれば直接商談を行うなど滅多になく、久しぶりだろうから仕方がないのかもしれないが。
マーカスの目がマルコを見てぴくりと動いたところを見るとマーカスもおそらく気づいているのだろう。ほんの少し声色に喜色が混ぜマーカスが言葉を続ける。
「我々が提示できる物は3つあります。1つ目は作成済みの治療薬自体。2つ目はその治療薬の作成方法……」
「作成方法を教えてくれるんですか!?」
マーカスの言葉を遮り、興奮したエンリケが椅子から立ち上がって聞いてきた。本来ならば話を遮ったことを諌めるべきマルコは特に何も言わずにこちらを見ている。マルコ自身が聞きたいことでもあったのでちょうど良いと思ったのだろう。
「坊ちゃま」
「あっ、申し訳ありません」
ナイゼルに注意され、エンリケが頭を下げて椅子へと座った。しかしその瞳には答えが知りたいと明確に書かれていた。こちらを見たマーカスに首を縦に振って応える。
「はい、その通りです。こちらには治療薬の作成方法をお教えする用意があります。そして最後は現在疫病にかかっている患者のリストです。まあリストについてはクルーズ商会様の方が詳しいかもしれませんが」
「どれも魅力的な提案ですな。その治療薬が本当に効くのであれば」
「あぁ!」
マルコの挑発的な言葉に反射的に言い返そうとしたラミルの肩を掴んで止める。あれだけクルーズ商会を怖がっていたくせに薬のことになるとこういう反応をするこいつは馬鹿だ。
本当に薬のことばかり考えて、自分の仕事に誇りを持っている薬馬鹿だよお前は。
しかし私はそんなお前のことが好きだがな。
「こちらとしては効果を確認した上で提示したつもりですが」
「しかしそれはあなた方が独自に行ったことでしょう。我々の商会として商品を扱うからには実は効きませんでしたではすまされないのですよ。信用に傷がつくことは我々にとって最も避けなければならないことですので。それにもし効果があったとしても後々副作用が無いとは言い切れないのでは?」
「それは……」
ラミルが言葉を詰まらせる。確かにマルコの言っていることにも一理あるからな。
私自身はこの薬に後々出てくるような副作用など無いことを知っている。しかしそれを証明する手段などない。クリスとして見たなんて言えるはずないしな。
ただマルコの言葉はこの商談を拒否する意図で発せられたものではないこともわかっている。そもそも効果を疑っているのであればわざわざ私たちを招く必要などないのだからな。
こちらが無言であることで主導権を握ったと思ったのかマルコが笑みを浮かべた。
「とは言え街の危機であることは確か。この街の商人として、なにより敬愛すべきスカーレット家を助けるためにも我々もリスクを取りましょう。しかしそれを最小限にしたいという気持ちはわかっていただきたいのです」
真剣な表情で訴える姿は確かに様になっている。事情を知らない者が見れば騙されるかもしれない。見直したとでも言いそうな顔でマルコを見ているラミルのように。
しかし私からすればどの口がそんなことを言っているのかと吐き捨てたい気分だ。スカーレット家を助ける? そんな気は微塵もないくせに。自らの安全と利益を最優先に考え、スカーレット家を見捨てるつもりだったくせに。
「ではどのような条件をご提示いただけますか?」
思いのほか硬い声が出たことに自分自身で驚く。感情が漏れないように注意しすぎたようだ。そんな私の態度に隠しきれない笑みをマルコが浮かべる。
「まず現在ラミル殿が作られた治療薬を全て売ってもらいたい。それを使用して我々の商会独自で効果があるのかを確かめさせてもらう。また同時に治療薬の作成方法を商会所属の薬師に教えて本当に作成できるのかを確認しよう。効果が確認でき次第人を動員して量産体制に入る。もちろん最初に売ってもらう治療薬についてもそれなりの金を払うし、効果があるとわかれば十分な対価を用意するつもりだ」
金についてはこのくらいだなと言って提示された金額はラミルが息を飲むほどのもので、確かに原材料費から考えれば十分すぎるほどの金額だ。治療薬の作成方法を教える対価の金額も数年は遊んで暮らせる程度の金額ではある。
だが……
「話になりませんね」
「なんだと?」
私の反応が予想外だったのかマルコが睨みつけるように私を見た。ははっ、もはや仮面をかぶるつもりもないらしい。どうせなら最初からそうすれば話はもっと早く進んだだろうに。
「私は金銭を求めていません。私が望むのはある病気の治療方法を知ること。そのためにスカーレット家の窮地を救い恩を売ることが最も重要なのです。あなたのやり方ではそれはなし得ません」
「そんなことはない。私が一言領主様に伝えれば……」
「逆に言えば伝えなければわからないということですよね。こちらはよそ者ですし、伝手もありませんしね」
それに全ての情報を聞き出した上で物理的に排除するという手もあるしな。くしくも疫病が蔓延しているのだ。旅人の1人や2人いなくなったとしても大きな問題にはなるまい。
誰にもどんな薬でも治せなかった疫病の治療薬を作ったという名声のためならば、この男はその程度のことはやってのけるだろう。それだけの価値がこの薬にはある。
「私が求めるのはこの治療薬をもたらしたのが私だと広めること。そして現在疫病にかかっていらっしゃるメリッサ様へといち早く治療薬を届けること。その2つだけです」
「どこでその情報を知った!? いや、それは良いとして……そんなこと出来るはずないだろう。もし奥方様に薬を投与し何かあればお前だけでなく私の首も飛ぶのだぞ」
「先ほど、この街の商人として、なにより敬愛すべきスカーレット家を助けるためにも我々もリスクを取ると仰ったのは誰でしたでしょうか。メリッサ様を助けるということは正にスカーレット家を助けるということに他ならないのではありませんか?」
「いや、しかし……」
反論しようとしたマルコへと手を差し出して無理やり言葉を止める。こいつがどんな言葉を紡ごうとも私の主張は変わらない。
わざわざクルーズ商会を選んだのはスカーレット家に最も近い商会だから。あと10日後に命を落としてしまうクリスの母であるメリッサへと治療薬を届け、そして服用してもらうには、薬を疫病にかかってしまった街の人々に治療薬を広げるにはこの商会の看板が必要だったからだ。
さて嘘にまみれた言葉を聞くのもそろそろ面倒になってきたところだ。一気に首を絞めてやろう。
「では私の要望を聞きたくなるお話をさせてもらいましょう。20日後の深夜、北門。警備兵の巡回……この言葉に心当たりはありませんか?」
「「なっ!?」」
マルコとエンリケが声をそろえて驚き、目を見開いて私を直視する。ナイゼルだけは意味がわからないようで驚く2人をいぶかしげに見つめていた。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
_(。_°/ 「………」
(●人●) 「すごい効果だ。さすがはマーカスだな」
(╹ω╹) 「ええっと……」
(●人●) 「んっ、どうした?」
(╹ω╹) 「いえ、確かに効果はあるでしょうけどこれは違う気がするんですが」
(●人●) 「何を言っているんだ。憎い相手に釘を打ち込むことで復讐する。どこも間違っていないぞ」
(╹ω╹) 「いや、それなら白いドレスとか着る意味がありませんよね。用意した人形も使ってませんし」
(●人●) 「まあ、細かいことは気にするな」
(╹ω╹) 「お嬢様がそれで良いなら良いですけど。とりあえず返り血を落としますから帰りましょう」
_(。_°/ 「………」
_(。_°/ 「犯人はヤス……」