第24話 エンリケとの再会
その後、やってくる者は変わり、人数が増えたりしたが内容的にはそう大した変化がなかったため追い返すこと2度、既に昼は過ぎておりいい加減相手をするのも面倒になってきた。
「なぜこうも上から目線なのだろうな」
「クルーズ商会が大きすぎるが故なのかもしれませんね。彼らにとって取引とはしてあげるものと言う意識が根づいているように感じます」
「そう言われてみるとそうかもしれないな」
「いや、お前らがそれを言うのかよ」
ラミルの言葉は聞き流したがマーカスの言葉がすんなりと胸に落ちていく。競合する商会がないが故に傲慢になってしまったという訳か。これは人にも言えることかもしれない。私も気をつけねばな。
「しかし大丈夫か、ラミル? 胃なんか押さえてどうした?」
「どうしてそんな平然としてられるんだよ。おかしいだろ」
「ふむ、食あたりか? 可哀想に。昼もあまり食べられなかったようだしな」
「違うわ!」
「冗談だよ、冗談」
私とマーカスがクルーズ商会の使いの者たちを散々に扱って追い返して行くところをラミルは近くで見ていた訳だが、結構なストレスがかかっているようだ。
このままラミルの体調を崩してしまっては本末転倒だし、時間ももったいないからそろそろ潮時だろう。まあこちらが考える両者の立場は十分に伝えたはずだから後は直接話して詰めるしかないだろうな。
しかし早く来ないかと思うときほど来ないもので、宿の従業員が再びクルーズ商会の使いが来たことを伝えてきたのはそろそろ夕方に差し掛かろうかという時間だった。
次は誘いに乗ると伝えてほっとしていたはずのラミルの顔色が次第に青くなっていき再び胃を押さえ始めていたのでぎりぎりのタイミングだったかもしれない。私もマーカスも絶対に来るから安心しろと言ってやったんだがな。変なところで心配性な奴だ。
身なりを整え3人で使いの待つ宿の受付付近の待合席へと向かう。最初に目に入ってきたのは前回追い返した外渉部門の統括をしているという40代と思われる中年太りの男だ。
懇切丁寧にクルーズ商会との取引の利点を説明してもらったので、こちらもお返しにこちらとの取引の利点を懇切丁寧に説明して差し上げたら顔を赤くして帰っていった。自らの無知を恥じる心を持つ統括なので部下もさぞ働きやすいことだろう。
その奥にいるのは見たことがない……いや違うな。今世では初めてだが白髪をオールバックにしてモノクルをかけた、マーカスにどことなく似た印象を受けるその男のことを私は知っている。あいつがいるということは当然……
思わず手に力が入り、足どりが速くなる。そして手前の男の背に隠れるようにして背の低い少年の姿が目に入った。そのエンジェルリングの浮かんだ藍色の髪を眉の上できれいに切りそろえ、トレードマークともいえる丸眼鏡をかけたその姿は7年後の面影を確かに残している。
私たちが来たことに気づいたらしいその少年が柔和な笑みを浮かべる。エンリケだ。間違いようもない。
ギリッと歯が鳴る。私の中のワタシがあの裏切り者をくびり殺してしまえと叫ぶ。心の中が黒く、黒く染まっていく……
「なんだぁ、あのガキは?」
しかし私の心が染まってしまうその前に聞こえたラミルの声で正気を取り戻す。あれだけ恐れていたクルーズ商会の商会長の息子をそんな風に呼んでしまうラミルの迂闊さに小さく笑った。
そうだ、裏切り者のエンリケと言えど今はクリスを救うために使える有用な駒なのだ。むざむざ減らす必要はない。
ふっと力を抜き、息を吐く。そして立ち止まって後ろを振り返り、大切なことを思い出させてくれたラミルをにやりとした笑みを浮かべながら見上げた。
「あのガキはエンリケと言う。クルーズ商会の商会長の息子で将来はクルーズ商会を受け継ぐ予定らしいぞ」
「げっ!」
「ラミルはすごいな。クルーズ商会の次期商会長をガキ呼ばわりとは……いやはやさすが疫病の治療薬を作った薬師だ」
「うっ、胃が……」
「冗談だ。今はただの親の使いのガキに過ぎん。気にせず堂々としていろ」
バシッとラミルの腹を叩き発破をかけてから振り返り待っているクルーズ商会の面々の元へと向かう。咳き込むような音が背後から聞こえてくるがしばらくすれば落ち着くだろう。
エンリケがやってきたということはあちらも本気で交渉をする腹積もりを決めたという事だ。ちょうど良いタイミングだったな。
最高の笑顔を顔に張り付け3人の前に立ち、優雅にスカートを軽く持ち上げて膝を軽く曲げて一礼する。
「シエラ・トレメインと申します」
エンリケは挨拶する私の姿に驚きを隠せていなかった。今まで散々にあしらって追い返した従業員たちから悪評を聞いていたんだろう。おそらく成長したエンリケであればこの程度のことで動揺を顔に表すことはなかったんだろうが幼いころから英才教育を受けたとはいえまだまだ子供だということか。
固まっていたエンリケに「坊ちゃま」と傍らに立つエンリケ付きの執事ナイゼルが小声で促し、そしてハッとしたエンリケが取り繕うような笑顔を浮かべながら私に対して礼をした。
「失礼しました。クルーズ商会の商会長の息子でエンリケと言います。今回はシエラ様方を当商会にご招待し、ぜひとも商談をさせていただきたいという父の意向を伝えるためにやってきました。父の書状も預かっています」
「こちらです」
ナイゼルが取り出した手紙をマーカスが受け取り、一言断ってからそれを開けて文面を追っていく。しばらく待っていると読み終えたマーカスがゆっくりと首を縦に振った。問題はないようだな。
「わかりました。伺わせていただきます」
「ありがとうございます。表に馬車を待たせていますので準備が済みましたらこちらのナイゼルにお声がけください。僕は先に戻って父へと知らせてきます」
困難だと思っていたことをあっさりとこちらが快諾したことが嬉しかったのか笑顔を浮かべこちらに礼をすると軽い足取りでエンリケは去っていった。それを見送り私たちも一度部屋に戻ると商談のため用意しておいた治療薬などを携え、そして宿の外に止まっていた馬車へと乗り込んだ。
用意された馬車はクルーズ商会の印が所々に施されたしっかりした造りの物で、最高級とは言わないまでもただの商談相手を招待するためのものと考えればかなりグレードの高いものだ。
と言うより普通は商談相手をわざわざ迎えに行くということはないんだろうがな。それだけ治療薬が欲しいという気持ちの現れだろう。
ゆったりとした椅子へと腰掛け、どこか落ち着かず座り心地悪そうにしているラミルの緊張をほぐすために適当に会話を交わしていると馬車が止まり扉が開いた。マーカスの手を借り馬車から降り、ナイゼルの案内に従ってクルーズ商会の本店を進んでいく。
受付のホールを越えた本店内部の廊下には緋色の絨毯が敷かれ、所々に見事な風景画が掛けられている。写実的でありながらもその場の雰囲気や気持ちが溶かされて描きこまれているかのような温かみのある作品だ。確か数代前の商会長が惚れ込んでパトロンとなった作家の絵だったか?
いつか聞いたそんな話を思い出しつつ歩き3階まで上ると、その奥にある一室の前でナイゼルが立ち止まった。
ここに来るまでに見かけた部屋の扉とは格の違う嵐の海原を渡る巨大な船が彫られた黒塗りの両開きの扉が異彩を放ち、その扉の前に立つ2人の人物の鋭い視線が私たちを貫いた。
ナイゼルがドアをノックし少しのやり取りの後、部屋の中へと案内される。
部屋へと歩を進めつつそれとなくこちらを見る2人を観察する。鍛えられた体に子供の私を見ても全く緩まないその眼差し。その腰に携えられた商人には不似合いな剣と杖は使い込まれたものだ。腕の立つ護衛といったところか、表向きは。
とは言え今はどうでも良いそいつらのことは放置し、意識をこちらを歓迎するように両手を広げて待っている痩身の男へと向ける。エンリケと同じ藍色の髪に元から細い目をさらに細めて笑顔を作っている狐顔の男、クルーズ商会の商会長マルコへと。
「ようこそいらっしゃいました。シエラ・トレメイン嬢、そしてラミル殿、マーカス殿」
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「……は持ったし準備は万端だな」
(╹ω╹) 「あれっ、お嬢様どうしたんですか? 真っ白なドレスなんて着て」
(●人●) 「これは由緒正しき正装なんだぞ。なんでも祈りが通じるらしい」
(╹ω╹) 「えっと、その手に持った釘とかなづちが不穏なんですけど」
(●人●) 「ドキドキ、ワクワクだな。さすがマーカスは物知りだな」
(╹ω╹) 「マーカスさーん! なんか違いませんかー!」