第23話 治療薬の売り込み
コーラルの街あるクルーズ商会の本店はスカーレット領で最大の商会ということもあり店というよりは巨大な屋敷といった風貌をしている。もちろん店舗部分が無いわけではない。
3階建てのその建物の1階部分には生活用品、武器、防具、魔道具、衣服、食料品などに区分けされたクルーズ商会直営の店が営まれておりその品揃えは外から見ただけでも他の店舗とは一線を画している。まあ客のほぼいない今の状況では寒々しいだけだがな。
しかしそれらはこの本店でもほんの一部に過ぎない。もちろん商品を取り置く倉庫などになっている部分もあるだろうがこの建物の最大の目的は各地に支店を置く巨大なクルーズ商会の舵取りだろう。
各地の支店から情報の収集し、流行や需要などの変化を把握して最大限の利益を上げる。そのための意思決定が行われているのだ。まあコーラルが封鎖された現在どの程度動いているのかはわからないが。
建物1階の中央にある店舗ではない入口の前に3人で立ち止まる。マーカスとラミルの視線が私に集まり、私が無言でうなずくとマーカスがにこやかに笑い先頭を切ってその入口へと入っていった。その後に私とラミルが続く。
入ったその部屋は1階から3階までが吹き抜けになった広々としたホールであったが、魔道具による明かりだけでなく、窓から入る日差しにより自然な温かみを感じさせていた。周囲には来客をもてなすためか革張りのソファーが所々に置かれており、鉢に植えられた草木の緑が癒しを与えるだけでなくさりげなく視線を遮る役目も果たしている。
そして入口からまっすぐ進んだ突き当たりにはクルーズ商会の印でもある大海原を行く船の紋様が彫られた艶のあるカウンターがあり、その奥にいた2人の女性がこちらに向かって頭を下げている。
マーカスに続いてそちらへと向かおうとし、ラミルが圧倒されたまま心を手放しかけていることに気づき軽く足を踏む。悲鳴を上げてピョンピョンと跳ねているが大げさなやつだ。
「いらっしゃいませ。どのようなご要件でしょうか?」
「突然の訪問、申し訳ございません。私はマーカスと申します。こちらにいらっしゃるシエラ様の執事をしております。そしてこちらはこの街で薬師をしているラミル氏です。疫病に関する治療薬について是非とも商会長とお話させていただければと思うのですが」
「申し訳ございません。面会のご予約がない方とは商会長はお会いになりません」
申し訳なさそうな顔をしながらもこちらの要求をきっぱりと受付の女性は断った。まあ当たり前だな。
伝手も実績もない、しかも面会の予約もせずにいきなりやってくるような非常識な輩を排除する役目も彼女たちの仕事には当然含まれているんだろう。
よく見ると2人のいる奥にはわかりにくくなっているが扉があり、おそらくその奥には荒事対応するための人員が待機していそうだ。まあ暴れるつもりはないので出番はないがな。
「ふむ、そうでしたか。それは残念ですね。お嬢様、申し訳ありません。かの有名なクルーズ商会でしたら従業員の方も目鼻の利く者を置いていると思ったのですが……見込み違いだったようです」
「そうですね。ラミルさんの名前を聞いて断るのですから危機意識だけでなく情報収集能力も低そうです。では別の商会へと行きましょう。次に大きな商会はどこだったかしら?」
「いくつか候補がございますので一旦宿へ戻って相談いたしましょう」
「えっ、あのっ!」
ぽかんとした顔をしながら声を上げた受付の女性に構わず、踵を返して店を後にする。ラミルも同じような顔をしているが……そういえば詳しい説明はしていなかったな。
宿の部屋へと戻り、アレックスに魔法で洗浄してもらってから服を着替える。着替えを持っていなかったラミルはダンの服を借りたが体格が違いすぎて全くもって似合っていない。まあヘレンが洗濯しているし、アレックスがいれば乾かすために魔法も使えるのでしばらくの辛抱だ。
「で、どういうことなんだ? クルーズ商会と交渉を行うんじゃなかったのかよ」
若干不機嫌そうなラミルの言葉にマーカスと顔を見合わせ笑いながらお互いに譲り合う。私たちのそんなやりとりにラミルの機嫌がさらに悪くなっていくのを感じて仕方なく事情の説明を始めた。
「もちろんクルーズ商会とは交渉を行うさ。だが疫病の治療薬という最大の切り札があったとしても巨大な商会という化物相手には手札がいくらあっても良いんだ。だからさっきは断られるためにわざと突然訪問したんだ」
「付け加えますとこちらとしてはわざわざクルーズ商会を訪問してあげたのに、取り次ぐこともせず断られたという実績を作った訳です。治療薬は今のこの街にとってはどのような金銀宝石にも勝る価値があるのですがね。私としては取り次がれてしまうのではないかと予想していたのですが」
「まあどちらでも構わんさ。最終的な目的さえ達することが出来ればな」
「うん……よくわからんがとりあえず予定通りってことで良いんだよな」
ラミルの発言にマーカスと思わず顔を見合せ、そしてラミルを見る。私たちから向けられる視線にラミルの挙動が怪しくなる。
なんというかこいつはアレだな。薬関係以外のことについてはほとんど頭が働かないのかもしれない。一応わかるように説明したつもりなんだが……やはり交渉の場では黙って座っている役目しか任せられなさそうだ。
あの研究ノートから想像していた恋人を救うために命を削り、そして死んでいった、頭が良く一途で純粋な人物という像とは似ても似つかないな。
はぁ、と思わずため息を吐くと同時にマーカスもため息をついていた。それがおかしくて少し笑う。
「まあそうだ。最悪の事態としてはこのままクルーズ商会と没交渉になることだが、あの様子なら……」
コンコンコンと部屋をノックする音が響いた。そして宿の従業員の声が扉越しに聞こえてきた。
「失礼いたします。シエラ様。クルーズ商会の方がいらっしゃっていますがどうなさいますか?」
「わかりました。すぐに向かいますのでしばらく待っていただくようお伝えください」
「かしこまりました」
離れていく足音を聞きながらニヤリとした笑みを浮かべる。マーカスも同じように笑っている。ラミルはよくわからないような顔をしているが……まあどうでも良いか。
「さてどんな話になったのか聞きに行こうか?」
3人で部屋を出る。さて、本格的な交渉の始まりだ。そう意気込んでクルーズ商会からの使いの話を聞いたが、色々ともったいぶった言い方をしていたが端的に言ってしまえば特別に商会長と商談させてやるから来いということだった。もちろんそんな命令口調ではないのだが丁寧な言葉の中にも上から物を言っていることが端々に感じられるのだ。
どうやら立場がわかっていないようだな。まあ好都合だが。
「わざわざ来ていただいて申し訳ありませんがお断りさせていただきます」
「クルーズ商会の商会長と直接商談が出来るのですよ。こんな幸運はまず……」
使いの男の言葉を遮るようにマーカスが私の前に立ちふさがる。そして男を馬鹿にするように深い溜息を吐いた。
「本当にクルーズ商会の従業員はろくな者がいませんね。商会長と話せて幸運? 今のこの街の状況さえ把握できていないのではないですか? 一応お教えしておきますが現在このコーラルの街では従来の薬の効かない疫病が蔓延しているのですよ」
「そんなことは知っている!」
「はぁ。それを知っていてどうしてその言葉が出るのですかね。はたして幸運なのはどちらなのか、そのあたりの認識から改めてはいかがでしょうか?」
「マーカス、だめよ。きっとお使いしか出来ない者が来てしまったのでしょう。そんな方に難しい判断を求めるのは酷というものです。すみませんがもし来ていただくのでしたら今度はきちんと話すことのできる方を連れてきて頂けませんか?」
「シエラ様、覚えきれずに忘れてしまうかもしれませんので手紙をお渡ししてはいかがでしょうか?」
「それは良い考えね。少しお待ち頂けますか? 今手紙を書いてまいりますので」
「結構だ!」
せっかく手紙を書いてやろうとしたのに使いの男は苛立たしげに声を荒らげると宿を出て行ってしまった。短慮なことだ。疫病が蔓延しているからな。その対応のために忙しくてイライラしていたんだろう。
「なんつーか。お前らって性格悪いよな」
「何を言っているんだ。私とマーカスほど相手を思いやっている者はいないぞ」
「その通りです。他人の欠点を指摘するのは非常に心苦しいのですが、それを知ってこそ人は成長するのです。きっと先ほどの彼も今頃は感動にむせび泣いていることでしょう」
マーカスと2人でうんうんとうなずきあい、そんな私たちを呆れた目で見ているラミルを連れて部屋へと戻る。
さてあと何度で立場を理解するのか楽しみだな。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「素直に売り込むと思ったか? それは嘘だ!」
(╹ω╹) 「ナ、ナンダッテー」
(●人●) 「なぜ片言なのだ?」
(╹ω╹) 「いえ、そろそろこのパターンも飽きられるんじゃないかと思いまして」
(●人●) 「ふむ、それも確かだな。では趣向を変えるか」
(╹ω╹) 「えっと、嫌な予感がするんですけど……」
(●人●) 「や~い、お前……」
(╹ω╹) 「ストーップ! お嬢様、何を言うつもりですか?」
(●人●) 「いや、趣向を変えて煽るスタイルにしようかと。ト○ロでも使われた気になる者の気を引くための定番手法だぞ」
(╹ω╹) 「やめてください」