第21話 治療薬の約束
「本当にあるのかそんな薬が?」
「なければお前を救うことが出来んだろう」
「ならすぐにくれ!」
「ないぞ」
「どういうことなんだ!」
ラミルが今にも掴みかかりそうな勢いで顔を近づけてくる。本当に余裕がないな。順に話すべきなんだがこれでは進む話も進まない。
どうすべきかと考えているといつの間にやらマーカスがラミルのそばにおり、そしていきなりラミルの頬を張った。パンっと言う良い音が響き、時が止まる。
「お嬢様、やはり私としてはこの男は信用なりません。救うと言っているお嬢様に対して危害を加え、さらにはその余裕のなさ。いくらお嬢様が選んだとは言えこんな、しかも腕が確かかもわからぬやからに我々の命を任せるなど承服致しかねます」
「我々の命? どういうことだ?」
「やはり知らないのか。この街は封鎖されているんだよ。疫病を広げないようにな。入ることはできるが出ることはできない。まあそれを承知で我々は街に入ったわけだがな」
ラミルがこちらを見て言葉を失っている。やはりそんなことも知らなかったか。確かに研究ノートを見る限り恋人が疫病にかかったとわかってからは食事も睡眠も削って研究していたようだからそれも当たり前かもしれないな。
マーカスへと視線をやると肩をすくめてこちらへと微笑を返してきた。やはり先ほどまでの態度は演技だったらしい。まあ半ば本心なのかもしれないが私はラミル以外に今回のことを託すつもりはない。この疫病に対してここまで真剣に研究をした薬師など領都にはいないと知っているのだから。
「さて順を追って話そう。私は疫病の治療薬の作り方を知っている。そしてその材料も十分に持っている。つまり残るはその治療薬を実際に作って患者に処方するだけだ」
「そこまで準備が整っているなら自分でやれば良いんじゃないか?」
「ちゃんと聞け。私は知っていると言ったんだ。作ったことはない。そしてこの街の住人に知人はいないし、もちろん信頼もない。どこの誰だかも知れない者の作った効果も不確かな薬など誰が使うか。そうも言っていられなくなった時には大量の死者が出ているだろうよ。その中にはお前の恋人も含まれるだろうな」
「ぐっ」
落ち着いたかと思ったがまだ少々甘かったようなので少々きつい言葉で釘を刺しておく。また話を聞かなくなっても面倒だしな。
ラミルの言う通り、おそらく薬については私でも作ることはできるだろう。クリスとの6度の人生において何度もクリスが作る様子を見て来たのだから出来ないということはないはずだ。だが作れたからといって万事解決するほど事態は簡単ではないのだ。
「それに……お前は自身の手で作り出した薬で恋人を助けたくないのか?」
その言葉にラミルの目が見開かれ、そして意思のこもった力強い瞳に変わったことに満足し笑みを浮かべる。そうだ、それで良い。
「作り方を教えてくれ。俺の命に代えても必ず成功させてやる」
「馬鹿が。お前も生きることが教える条件だ」
改めて差し出されたラミルの手を握り返す。先程までとは違いその力強い手からはラミルの情熱が伝わって来るようだった。
とりあえず材料を取ってくるからそれまで寝ておけと伝えて店をあとにし、そしてマーカスとともに宿へと戻る。とりあえず薬を作る場所と人の確保はどうにかなった。後はこれをどうやって街中に広げていくかということになるんだが……
「お嬢様、本当に彼でよろしかったのですか?」
「んっ? あぁ、やはりあの言葉は半分本気だったのか?」
「そうですね。半分というよりは8割本気です」
「ふはっ、それはひどい評価だな」
しれっとした顔で毒を吐くマーカスの態度に笑いが漏れる。まあマーカスは私の身を案じてくれたのだし、私の意見を優先してくれたのだと考えると嬉しくもある。その上で私の意向に対してこのような言葉が出るということはかなりラミルは嫌われたようだな。
別にこのままでもマーカスは私の決定に従ってくれはするだろうが多少なりとも納得のいく説明が必要か。仕方ない。
「ラミルを選んだ理由はいくつかある。あいつがこの街で最も真剣に疫病に対する薬を研究しているだろうからというのは大きな理由ではあるがそれだけじゃない。その度合いは違うにしても今の状況で真剣に研究を行っていない薬師などいないだろうからな」
「そうですな。自分の命もかかっていますから当然です」
マーカスの言う通りだ。ラミルほどではないにしろ研究は行われている。もっと大人数の薬師が勤めている大きな薬屋もあるし、むしろ生産性だけを考えるのであればそちらを選択した方が良いだろう。しかし……
「まず大手の薬屋は却下だ。我々が薬の作り方を知っていると言っても聞いてくれる可能性は低いし、聞いてくれたとしても疫病の終息後に手柄を横取りされる可能性も高い。こちらは街の外、というか他国から来た旅人だしな。どちらが信頼されるかは明らかだろう」
「その点、店を始めたばかりの彼ならばそこまでの信頼は勝ち得ていないと? それはいささか見込みが甘くありませんか?」
「そうではない。今のラミルにとっては病に臥せっている恋人を救うことだけが望みだ。私の教えた薬で本当に救うことが出来ればあいつは大きな恩を感じる。それは後の裏切りを防ぐ大きな枷になるはずだ。確実とは言えないがな」
眉を寄せ思案するマーカスを見ながら苦笑する。私のその考え自体が甘いとマーカスは思っているのだろう。しかし人の心の移ろいやすさなど私は十分すぎるほどに知っている。多大な恩があったとしても裏切る者は裏切るのだ。
だから私は保険をかける。そのために利用できる者は利用する。
クリスを利用し、皇太子であるレオンハルトとの知己を得て交友を結び、そして最後には助言を装い結局はクリスを裏切った幼馴染であったとしても、引き裂いてやりたい気持ちを抑えて今度は逆に利用してやろうじゃないか。
「ふふっ、待っていろよ。エンリケ」
そう小さく呟きながら視線を斜め前方へと向ける。この街で最も大きな商会であるエンリケの生家、クルーズ商会の巨大な店舗を眺めてぺろりと私は舌なめずりをした。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「ネタが尽きたと言ったな。あれは嘘だ!」
(╹ω╹) 「な、なんだってー!!」
(●人●) 「よし。だいぶ慣れてきたようだな」
(╹ω╹) 「いや、あれだけ練習させられれば嫌でも慣れますって」
(●人●) 「馬鹿野郎!」
(╹ω╹) 「ゲファ何するんですか!」
(●人●) 「ふんっ、回復だけは早くなったようだか何もわかっていないな」
(╹ω╹) 「何がですか!?」
(●人●) 「師いわく。考えるな感じろ。そう言うことだ」
(╹ω╹) 「それ、関係ないですよね」
(●人●) 「当然だろ」