第20話 街の薬師ラミル
翌日、私とマーカスは街へと繰り出し大通りから外れた曲がりくねった路地を進んでいた。6度経験したと言ってもクリスとしての記憶は10年も前のことであるし、クリス自身領都とは言え気軽に歩き回れる身分でもなかったのでそこまで詳しくはない。だがこの道は覚えていた。
「本当にこちらでよろしいのでしょうか」
「ああ、大丈夫だ。もうすぐだな」
マーカスが少し不安そうにしているのはおそらくそろそろ道の記憶が難しくなってきたからだろう。キョロキョロと周りを見ながら歩いていたのでここまでの道は覚えているんだろう。
コーラルは領都だけあって古い街であるため大通りは別として路地裏は入り組んでいて非常にわかりにくい。初めて来たそんな街の道をここまで覚えているとはさすがだな。
私たちが向かっているのは細い路地にある1軒の薬屋だ。最近独立したばかりの20代後半の男が1人で切り盛りしている。この時期ならまだ間に合っているはずなんだが……
「あった。あそこだ」
角を曲がりその先にあった薬屋を指差す。周りには他に店などなくぽつんと薬屋だけがあるので非常に目立っている。入口のドアも空いているしまだ大丈夫そうだ。ほっと胸をなで下ろす。
「ではマーカス。すまないが頼んだ」
「かしこまりました」
マーカスが私の前に立ち店へと入っていく。続いて入った私の目に飛び込んできたのは商売していると思えないほど荒れた店内だった。棚に並んだ薬類は補充、整理がされていないことが丸わかりなほど乱雑であり、店内もどこか埃っぽい。そして店員もいない。先に入ったマーカスはハンカチで口を抑えながら顔をしかめている。
マーカスがちらりとこちらを見て本当によろしいですかと視線で確認をしてきたのでコクりとうなずいて返す。マーカスがハンカチをしまいそしてカウンターに置いてあったベルを鳴らした。チリンと甲高い音が店内へと響く。
しばらく何も起こらずもう一度鳴らしたほうが良いかと考え始めたその時、店の奥の方からこちらへとやってくる足音が聞こえ始めた。そしてふらふらとした足取りで男が顔を出した。
「何か用か?」
こちらを見るなりそう言い放った男の顔は一言で表すならひどいものだった。髪はざんばらで髭は伸び放題、頬はこけ、目の下には何日も眠れていないことがわかるほどの深いクマが浮かんでいる。とても20代には見えない。
マーカスも内心驚いているのだろうがそれを表情に出すことはせず男へと話しかける。
「疫病に効く薬を……」
「…ぇよ」
「えっ?」
「ねえんだよ。そんなもんここにはねえ! 嘘だと思うなら店の薬なんでももって行きやがれ!」
男が自分の髪をかきむしりながら絶叫する。その声には絶望が多分に含まれていた。男が怒っているのは私たちに対してではない。無力な自分に対してだ。
何か言おうとしたマーカスを手で制し一歩前へと出る。私の姿では信頼されず話し合いなどできないだろうと思ってマーカスに頼んだんだがな。もはや姿など男にとって関係はあるまい。
男は頭を抱えたまま俯き涙を流していた。そこへ無造作に近づきその耳元で囁く。
「恋人を救いたいか?」
「!」
「お嬢様!」
男が私の首を掴んで持ち上げる。マーカスが慌てた声をあげたがこの程度の力では私の首を絞めることなど出来るはずもない。プラプラと体を揺らしつつ私を射殺さんばかりに睨みつける男へ向けてニヤリと笑う。
「ほう、まだ諦めていないようだな」
「お前に、お前に何がわかる!」
私の首を両手で締めつけている男をマーカスが止めようと動いたのに気づき、それを宙に浮いたまま仕草だけでやめさせる。マーカスは不服そうだが今は話し合いの最中だからな。余計な横槍は必要ない。
男の腕には血管が浮かび上がり赤く染まった顔からもその怒りの深さが計り知れる。だがそれ以前に私は男の心情を理解しているのだ。
この男の名前はラミル。つい1年ほど前に独立して自分の薬屋を始め、そして開店からちょうど1年になる10日後に恋人に結婚の申し込みをしようとしていた。
しかし現在その恋人は疫病にかかり床に伏せっている。それをどうにかしようと連日寝もせずに疫病に効く薬を研究しているのだ。しかしその薬が完成することはない。そしてその恋人は10日後に息を引き取る。奇しくもラミルが結婚を申し込もうとしたその日に。
そしてラミルも同じ日に自ら命を絶つのだ。自らの深い絶望を書き残した研究ノートを胸に抱いたまま。
疫病の蔓延したこの領都ではもしかするとありふれたことだったのかもしれない。しかしラミルの絶望は、努力はしっかりとクリスへと届いていた。ラミルの店を見るために無理を言って街へと出るほどにその心へ深く刺さっていたのだ。
黒く染まったそのノートのことをクリスが忘れることはなかった。だからこそ自らを律し続け、それが行き過ぎて努力を怠る者を見下すようになってしまったのだがな。
怒りに震えつつも涙を流しながらこちらを見るラミルを見つめ返す。こいつは私と同じだ。どうしても助けたい人がいるのに助けられない。自らのすべてを尽くし、神に祈り、それでも何も変わらない。怒りに震える拳をぶつける先が見つからないのだ。
求めているのは救い。
奇跡でも良い、何なら自分が身代わりになっても良いから大切な人を救いたい。それだけなのだ。
ラミルへと優しく微笑む。もう大丈夫だ。そんな絶望しかない未来は私が壊してやるから。
ラミルの手から力が抜け、そこからするりと抜けた私は地面へと降り立った。ラミルは先程まで私の首を絞めていた両手で顔を覆い嗚咽をあげながら床へと泣き崩れている。そんなラミルの姿を見ながらゆっくりと語りかける。
「救って欲しいか?」
「……」
「未来を変えたいか?」
「……」
「大切な人を、恋人を救いたいか?」
ラミルの嗚咽はゆっくりと収まっていき、そしてその顔から両手が外れ、意志を持った2つの瞳が私を貫いた。その視線にニヤリと笑い返し手を差し伸べる。
「なら手を取れ。私がお前を救ってやろう。お前の恋人と一緒にな」
差し出されたその手を、私の5歳の体の小さくか弱いその手をラミルは迷うことなく掴んだ。その手は絶対に離さないとばかりに力が込められていた。
ふふっ、そうでなくてはな。
「では始めようか。この疫病を駆逐する薬作りをな」
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「ネタが尽きた!」
(╹ω╹) 「うわっ、いきなりなんですか?」
(●人●) 「だからネタが尽きたと言っているのだ」
(╹ω╹) 「ネタってこの後書きのですか? なら普通に質問コーナーをすれば良いんじゃ……」
(●人●) 「そんなもの誰が望んでいると言うのだ! まともな後書きを期待している読者など、ここを今でも読んでいる時点でいるはずないだろうが!」
(╹ω╹) 「えー!」
(●人●) 「シエラぱーんち。そこは、な、なんだってー! と言うところだろうが! ほらっ、ダンとヘレンも連れてきてやるからやり直せ! せーの!」
ΩΩΩ 「な、なんだってー!!」
(●人●) 「よし、帰っていいぞ」