第19話 領都コーラル
翌日ラクスルの町で報奨金を受け取り、町の少々お高い宿で1泊して英気を養い再び旅を続けた。その旅路はお世辞にも順調とは言えないものだった。
通る予定だった道が落石のために塞がれ遠回りをすることになったり、馬車の車軸が折れて修理に時間がかかったりした。盗賊にもさらに1度襲われ、まあこの盗賊たちも捕まえて報奨金をもらったわけだが、そんなこんなで余裕を見ていたはずの日程はいつの間にやらギリギリになってしまった。
とは言え今日の夕方にはスカーレット領の領都コーラルへと到着できるのだ。まだ十分にクリスを救うには間に合うはずだ。
人通りの全くない街道を御者をしている2人の背中越しにちらちらと眺めつつ心の中で湧き上がる焦りを抑える。ここで焦ってもどうにもならないことはわかっているんだがな。
私の視線を感じたのかアレックスがこちらを振り返った。その表情は不安そうだ。
「お嬢様、本当に行くんですよね?」
「ああ」
「でも疫病が蔓延し始めているって噂が……」
「行くと言っている!」
自分でも思いがけないほど大きな声が出て、それをまともに聞いたアレックスがビクリと体を震わせた。その姿を見て一瞬で心が冷える。何をしているんだ私は。
「すまない、アレックス」
「いえ、気にしないでください」
気まずい沈黙が辺りを支配する。
ダンとヘレンが心配そうに私のことを見ている。こちらを向いてはいないがマーカスも同じ気持ちだろう。その原因はアレックスが言ったように前に寄った町で聞いた疫病の噂のせいだ。
症状としては風邪と同じで高熱と咳、そして喉の痛みなのだが既存の薬や魔法では治療が出来ず罹患したものは徐々に衰弱していき既に死者も出ているという。
この噂のせいで普段なら賑わっているコーラルへの街道には我々の馬車以外見ることは出来ない。皆が不安になるのも当然なのだ。
そしてこの噂が真実なのを私は十分すぎるほどよく知っている。なぜならクリスの母親の命を奪ったのが後にコーラル熱と呼ばれるこの疫病なのだから。そしてそれを防ぐために私はやってきたのだから。
目を閉じ、ふぅと息を吐き心を落ち着ける。私がしっかりしなくては救えるものも救えない。皆を危険に巻き込むとわかっていて、それでもついて行くと言ってくれた皆を連れてきたのだ。皆をそしてクリスを守るためにも私は絶対に成し遂げてみせる。
目を開け、ゆっくりと1人1人と目を合わす。
「三大侯爵の1つスカーレット家へと恩を売る最高の舞台だ。そのための準備も全て整っている。皆の心配もわかる。でも私を信じろ」
頭は下げない。私がしているのは主人としての命令。お願いを聞いてくれただけなどという逃げ場など必要ない。これから起こることは全て私の責任なのだ。
皆の顔つきが変わっていく。不安が無くなることはないだろうが私の覚悟は伝わったようだ。そしてお互いの顔を見合わせそして声を合わせて言った。
「「「はい!」」」
「覚悟は決まったようですな。それでは少々速度を上げますぞ」
マーカスが馬たちの手綱を操作し荷馬車が少しだけ速度を上げる。ガタゴトと音を鳴らしながらコーラルへ向けて無人の街道を私たちを乗せた荷馬車はひた走っていくのだった。
門番をしている兵士に本当に街へと入るのか何度も確認されたがなんとか何事もなく街へと入ることが出来た。その際にもし一度街へと入ってしまえば疫病が終息するまで街の外へと出ることは出来ないとかなりきつく注意された。コーラルから逃げてくる者がいなかったので半ば予想していたことだがこの辺りはクリスは知らなかった情報だな。
スカーレット領の領都であるコーラルは『赤』のスカーレット家のお膝元ということもあり、統一感のある赤い屋根の家が立ち並んだ街並みだ。領都であるので様々な物資や人が行きかい賑わいを見せているはずの中央の大通りを馬車で進んでいくが人々の表情は暗くどこか怯えているように見える。
今までにないほどの大きな街であるからこそ空虚さが際立ち、いやがうえにも非常事態であることを感じさせた。
「お嬢様、まずはどこへ向かいましょうか?」
「まずは宿だ。時間も遅いし今日はもう休もう。本格的に動くのは明日からだな」
「わかりました」
街の外へ出ることを禁止されているので宿が取れるか少々心配だったが門番にお勧めしてもらった宿にはしっかりと空きがあった。宿代についてもスカーレット家から補助金が出ているらしくほぼ食事代のみで宿泊することが出来るようだ。
まあそうしなければ街から出せと暴動が起きていただろうしな。それでも不平不満は溜まっているだろうが。
宿の部屋に入り一息つく。と、その前に……
「アレックス、頼む」
「はい」
旅の途中で様々な用途に使っていた大きめの桶を床へと置き、その中心に立ってアレックスへと合図を送る。アレックスが描いた魔法陣は【水の五式】。対象者を水の中に閉じ込めて溺れさせるというある種凶悪な魔法である。とは言え使い方次第では非常に便利な魔法にもなるんだがな。
魔法が発動され水の中へと取り込まれた私は息を止めながら服ごと体を洗っていく。そして一通り終わったところで合図を出しアレックスが魔法の発動をやめると水は力を失い桶へと落ちていった。
マーカスが差し出したタオルを受け取りそれで体を拭いていく。
私に続いてマーカスが、ダンが、ヘレンが、そして最後にアレックスが同様に【水の五式】を使って体を清めていく。
「面倒だと思うが外から戻ったら必ずこうしてくれ。アレックスには負担をかけることになるがよろしく頼む」
「「「「わかりました」」」」
「あとの注意としては街の外でも言ったが外出時は必ずあて布を口と鼻にしてくれ。基本料理はダンが自分の道具を使い行うこと。宿との交渉はマーカスとダンに任せる。皆の力が必要な時だ。疫病になんかかかる暇はないからな」
にやりとした笑みを浮かべてそう冗談めかして言うと皆の表情が幾分か柔らかくなった。少々予定より遅れてしまっているので時間との勝負になるのは本当だが、大切な仲間を疫病になんてかからせるつもりはない。
私が皆にした注意はクリスとの人生においてこのコーラル熱が終息後にまとめられた報告書を読み解いた結果導き出されたものだ。つまりクリスの母親を、そして幾多の領民の屍を礎にしている。今回はそうはさせないがな。
「さて動くぞ。馬鹿げた疫病を打ち払い、望む未来を掴むために!」
「「「「はい!」」」」
頼もしい返事を聞きそれに頷き返す。そして私は窓の外、暮れ行く夕日に赤く染まったスカーレット城へ視線をやり、そこに居るであろうクリスへと思いを馳せるのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「いきなり人の身体情報を聞くのはどうかと思うぞ」
(╹ω╹) 「はい、すみませんでした」
(●人●) 「まあ、私のことを知りたいと言うアレックスの気持ちはわからんではないが」
(╹ω╹) 「えっ、まさか……」
(●人●) 「ロリコンのお前からしたら永遠の5歳である私は理想の相手だろうしな」
(╹ω╹) 「違います! いえ、全く違うってわけじゃないですけど。誰でも良いってわけじゃなくて……」
(●人●) 「大丈夫だ。私はわかっているからな。そうだ。お前にこの言葉を贈ろう。イエスロリータ。ノータッチ」
(╹ω╹) 「全然わかってないじゃないですか!?」